「マスター。メー君知らない?」
「え?」
 またなんかやったのか。そしてまた追いかけているのか。
 そんな風に振り向いたけれど、意外にも。
 磨智が持っているのはいまだ袖が通されないふりふりではなく、湯気をたてるお鍋。

よにん暮らし その7

「その顔は知らない顔だねぇ。じゃあいいや。マスター。はいあーん」
「へ?」
 いやいきなり。あーん言われても!
 かわいい笑顔で言われても、開けられないよ!?
「…そのお鍋の中身はなに?」
「お米だね」
「お米…」
 お米はいい。大好きだ。
 けれどなんだろうその笑顔。とてもいい笑顔なのに見ていると不安になるの。
 っていうか、ふたを開けて見えるお米が、さあ。
「……なんかピンクいけど」
「うん、苺が入ってるの」
「苺」
「山の方ではまだ生えてるところがあってね。集めてきたの。えらい? えらい?」
「………。
 えらいけどさあ」
 なぜ入れたし苺をお米に。
 生えてるのもまず不思議だけどお米にインすることに比べると不思議じゃない。朝町だし。
 思わず一歩後ろに下がる。
 背中が壁についた。
 …ち、逃げられないでやんの。
「微妙な顔してるね、マスター」
「そりゃするでしょうよ私じゃなくても」
「まあ、私もレシピを見た時はうわってなったよ。
 でも、私、やばいものを緋那やマスターに食べさせたりしないよ?」
 いやまあ、そう言われてみればそうかもしれない。
「味見したけど案外普通だったし。おいしくなるまで頑張ったよ」
 いやそうだとしても、赤いのは緋那で十分というかねぇというか。うん。
 赤いというかピンクくて口に入れるのにためらうっていうかねぇ。
 迷っていると、彼女は軽く目を伏せる。ちょっと罪悪感を感じるけど、口は開けない。
「…まあ、無理やりは、食べさせられないけどね」
「…うん、そうしてくれると」
 嬉しいなと言おうとしたら、しゃもじですくったものを口につっこまれました。
 鬼畜の行いでした。
 ちょっとしょんぼりしてたのはなんですか演技だったのですかもう何も信じない。もしくはやっぱり嫌われてるのかな。
 けどまあ、口にいれたものをはくのは。口にいれたものを、はくわけには………
 …あれ?
「…案外…おいしいんだね?」
「えへん」
 甘酸っぱいは甘酸っぱいけど、くどくはないし。
 まぁ、いける。いける。爽やかな感じ。
 苺苦手な人は食えないだろうけど、私好物だしなあ。
 うん、案外新鮮でいい…かもしれないけど。
「でも。なんでいきなりこんなのを。
 かわいいから?」
 当然の権利として問いかけてみた。
 すると、彼女の顔が変わる。
 いや、にこにこ笑顔はそのままだけれども。
 上機嫌な笑顔に、意地の悪い色が混じる。
「メー君がねぇ」
 ああ、聞かなきゃよかった。
 心の奥底から思ったけど、彼女は続ける。実に微妙な笑顔のまま。
「私の作ったご飯が普通っていうんだよ」
 普通という言葉は厄介ですね。
 ほめ言葉には聞こえないし、んなこと言われたら腹は立つだろうし。
 そうかあ、だからかあ。だから普通じゃない、斬新なご飯を研究しているのかあ――――……
 …なんだかねぇ。
 鍋をテーブルに置いて、皿を広げて。
 にこにこ笑顔でおにぎりにしはじめた磨智を見る。
 楽しそうな笑顔だ。
 楽しそうでいじわるげで、なんにしろテンションが高い感じ。
 …なにをしたいんだろうっていうか、メーは何を思っているのかね。
 いや本当に、私が聞ける義理じゃないけど―――
「ただいま。ところで磨智いる?」
 ―――なんて悩むところになんでこんないいタイミングで帰ってくるかな君は!
 リビングの扉を開いた彼を思わず睨む。
 それにむっとしたような顔をしたメー君は、それでもすぐ磨智に気づく。
 彼女の脇にあるピンクいおにぎりにも気づく。
「おかえり。いいタイミングだね♪」
 とってもいい笑顔とピンクいおにぎりを向けられて、彼の足が一歩下がる。後ろの方に。
 うむ、気持ちはわかるよいたいほど。でもまあ、諦めろ君がまいた種さあ。である。
「普通じゃないご飯を作ってみたんだけど、食べないとか言わないよね」
「……やっぱ昨日の怒ってるのか」
「普通ってさあ。ほめ言葉ではないよね?」
 わあ。すっごく怒ってる。笑顔は笑顔であれだったけど表情を捨てると余計にあれですねええ。
「いや。それは、さあ。その、悪かったと思ってるし」
「し?」
「こうしてお詫びの品とか用意したしそのピンクいのひっこめたりしねぇ!? じりじりよるのやめたりしねぇ!?」
「じゃあとっととよってとっとと食べさせるよ」
 あ。本当にその通りにつっこんだ。
 実にいい拳もといおにぎりだ。さすが地龍は接近戦が強い。光龍はねぇ。どっちかっていうと遠距離の方がいい種族だもんね。(現実逃避)
「どう、おいしい? 普通じゃないおにぎり」
「………いやだからさあ」
「おいしい?」
「元からうまいよ! 言葉のアヤだよ! 言い直せばいいんだろ! お前の飯は安定してうまい!」
 かじりかけのおにぎり潰す勢いで、やけくそっぽく。
 叫ばれた言葉に、磨智の顔が再び変わる。
 真顔になったのは一瞬、とても満足そうな笑顔へと。
「…言葉のアヤなんて言葉知ってたんだねぇ、メー君」
「…お前がそういうことばっかいうから素直にほめたくねーんだよ畜生」
「あはは。男のツンデレは可愛くないよ?」
「可愛くてたまるかツンデレって何だそもそも!」
 きゃいきゃいというかぎゃいきゃい騒ぎ始めた二人を眺めて、にじみまくった汗をぬぐう。
 …あれって。ある意味仲がいいのかなあ。
 特にかける言葉がないので、とりあえず口を動かしてみる。
 少し青臭いおにぎりは、それでもそこそこにおいしかった。

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