君の目に映る世界は何色ですか。
極彩色のこの世界。奇妙白い君の目に、私はどう映っているのでしょう。
綺麗に映れ、散れたなら。それでいいと思うのです。
だからどうか触れないで。
想ってたのを、知らないくせに。
嵐の終わり、咲いた花
光龍の腕の中に抱きとめられた地龍は言葉を失ったまま黙り込む。
今耳にした言葉を信じられないと言わんばかりの顔をして、ただ黙っている。
言葉を忘れたようにそうしていた時間は、短かったのか、長かったのか。
ぽつりと吐き出された言葉は、小さく震えていた。
「……あのね、メー君」
「……うん」
震える声を止めるのでもなく急かすのでもなく、静かに相槌を打つメー。
その声が一層心を乱す。
全然らしくない。
磨智は笑いたくなった。こんな彼はおかしい、と。
こんなにも彼らしくないのだから、やっぱり全部嘘なのかもしれない。
信じたら、期待したら、きっとまた傷つくのに。
胸の中で渦巻く幾億もの警告。
それでも、唇は勝手に言葉を紡ぐ。
「私の方が、先にだったんだよ」
「…かもな」
「分かってるの? すごく…辛いことだって、あったもん」
所々息を詰まらせながらの声は、やはり震えている。
「君、全然気付く気配なんてないし、大体、最初は無視したじゃない。
無視、じゃ足りないよ!? 邪魔だと言いたげに人のこと睨んで!」
磨智は忘れたことはない。
初めて出逢ったあの時の、冷たい琥珀の瞳。
こちらのすべてを否定するかのような、あの瞳。
後にも先にも、あんなにも冷たい顔をした彼は見たことはない。
嫌われているのだと思った。
主人が交配を強制しないのは、それすらできないほど彼に嫌われたからだと、そう思った。
本当はあんな奴じゃないんだ、そう慰める炎龍の言葉で一層悲しかった。
それなら、彼は自分の所為であんなにも冷たい顔をしたのだ。
そう思ったこそ、悪かったと謝って、差し出された花束が嬉しかった。
不器用なそのつくりが、泥にまみれた手が、忘れられないほど―――愛しかった。
過去に沈む意識に反して、言葉が続く。
ぽろぽろと、涙のようにこぼれる。
「…絶対、こうはならないと思って…諦めようと、したのに、君は……」
「あー。…あれだ、その辺は水に流せ」
軽い調子で吐き出された言葉に、磨智は顔をあげて睨みつける。
「だいっ、大体、今更、ムシがよすぎるんだよ!」
激情を吐き出す唇は再び涙で濡れる。
メーはただ静かな表情でそれを見つめる。黙って先を促す。
「君の半端な優しさが大嫌いだった!」
いつになく静かな彼の様子に、磨智の言葉は止まらない。止めることができない。
「優しくても半端で、無神経で鈍くって――――いつだってマスターばかり優先して!
仲間が大事、って、本当なの? そうじゃなきゃマスターが悲しむから、仲良いフリしてるように見える!
何度そう言おうと思ったか、分からない!」
しゃくり上げる声の合間に宿るものは、確かな怒り。
どれだけ見つめても、無意味な仲間以外のものにはなれないと思った。
だから諦めようと決めた。
それなのにそれを邪魔する半端な優しさが嫌いで憎くてしかたなかった。
「けど、本当だったんだもん…
君は、“皆が好き”が本心なんだもん…」
グスグスと鼻を鳴らして、彼の胸に顔をうずめながらの言葉は低く、くぐもっている。
ずっと見ているから分かってしまった。
彼の好意に嘘はない。
だからこそ、一層苦しかった。
「その中の、特別、が、妬まし、かった」
「……そっか」
低く暗く、くぐもった声を厭うことなく、背を撫でるメー。
「マスターのこと嫌いじゃあない、けど、マスターである限り好きにはなれない…
無関心になること決めたら、楽になった…」
告げる言葉はどこまでも本音。
妬ましいと意識などしたくなかった。それでも、彼女の主人は、彼女にとってどうしよもなく妬ましい存在だ。疎ましくもあった。
連れてくるときだけ『婚約者』なんて言ったくせに、その後は放り投げた、すべての元凶だ。
けれど同時に、彼女とすごす日々の中で見つけた心があるのも事実。
だから、もう、本当に分からなかった。
彼女を憎めばいいのか、許せばいいのか、分からなかった。なにもかもが、分からなかった。
過去に沈む間にも、背を撫でる手は止まらない。
おずおずと、不器用な手。
どこまでも優しいその手に、磨智は疑うことをやめたくなる。
嘘でもいい。このまま気付かずにいたい。
こんな手を知っているのはきっと自分だけだから、このままがいい。
「メー君」
磨智は顔を上げる。
見上げた彼は、困ったような表情をしている。これから告げられる言葉を怖がっているようにも見える。
それがおかしくて少しだけ笑えば、なぜか照れたように頬を染めた。
本当に、おかしくて笑いたくなる。
なんで、こんなやつが。こんなにも特別な相手になってしまったのだろう。
「私だって、ずっと、言いたいことがあって、ずっと、言いたかったんだよ…それなのになに自分だけ言いたいこと言ってすっきりしてるのよ…馬鹿ぁ…」
「…お前、この場面で馬鹿って」
笑い飛ばしたいのに、こぼれてくるのは涙ばかりで。
なぜこんなに泣けるのか、自分でも本当に不思議だ。
彼の言ってくれたことがこんなにも嬉しい。
こうしていることがこんなにも胸を満たす。
そんな想いを捨てれると信じていた自分が、本当に不思議で、悲しかった。
―――そう、悲しかった。
彼を想うことが悲しくて。でもあきらめることが悲しくて。
自分は、彼を見るとどうしよもなく悲しいから、逃げ回った。心配してくれている彼らを受け入れられないくらい、悲しかった。
そのことを認めてしまえば、告げるべき言葉は一つしかない。
「だいすき」
彼の顔に落ちていた影が消える。
代わりに、信じられないというような表情をして…それを見つめる磨智にやっと気づいたかのように真っ赤になった。
つい先ほどまでの自分の言動を忘れたように赤い顔をして、慌てたように抱き寄せていた腕を緩め、身を離そうとするメー。
その体にぎゅっと抱きつく。
背伸びして腕をまわして、心のままに告げる。
「大好き、君のことがずっと好きだった」
―――ずっと。
自分の口に出した言葉に、磨智は再び涙が滲むのを感じる。
ずっと好きだった。
初めて花をくれたあの日から、彼の瞳に映る唯一を悟ってから、諦めようともがいた日々も、意識などするものかと必死だった日々も。
ずっと、ずっと、悲しくなってしまうほどに。
「君の好きよりずっと重いんだから…
さっきの言葉に嘘があったら、地の果てまで追いかけて殴り倒してやる…」
見っともなく震える声を誤魔化すように囁いた言葉に、心底嫌そうな声が返る。
「なんでまた追いかけられる話になってるんだよ…俺はどれだけ信用されてないんだ…?」
「鈍いんだもん、それが、悪いの」
「…いや、そりゃそうだけど」
「悪いんだから、君は、追っかけまわされる義務があるの!」
「お前ホントしつこいな!」
拗ねたような顔をする彼に、磨智は笑う。
体を離して、乱暴に涙をぬぐって、できる限りの笑顔を見せる。
「一緒に生きてあげるよ。逃げようったって、逃がさないから」
だから、ずっと一緒にいてね。
すべてをこめてそう告げるた磨智に、彼は大きく目を見開いた。
飽きることなく真っ赤な顔をさらした後―――震える肩ごとその体を抱きしめる。
そして、優しい声で呟いた。
「ありがとう」
待ってってくれて。
受け入れてくれて。
好きになってくれて。
すべてを込めた言葉は、穏やかに響く。
穏やかな、穏やかな声に、磨智は火がついたように泣いて…
花咲くように、笑った。