夢を見た。
 ひどく曖昧な夢の世界に、あいつがいた。
 髪への気遣いが感じられない、散切り頭。青い髪。
 どこかぼんやりとした顔。笑っているような、なにも見てないような顔。
 その顔を俺は知っている。
 いつも通りのあいつの顔だから、間違えるはずがない。

 いつも通りのあいつは、宣言する。
 果てない痛みを与える言葉を。
 
 夢を見た。
 あいつに、俺のマスターに、かなたに。
 捨てられる、夢を。

夢のまにまに

 ―――そんな話を探索中にして見たところ、かなたはものすごく不機嫌になった。
「……それがどうしたんだよ」
「いや? 予知夢だったら怖いだろ」
「捨てる予定も気も理由すら存在しないけど。
 これ以上ドラ抱える気はないしね、食費厳しいもん。…つーか召喚石の席は五つだっつーの」
「…ふうん」
 冗談めかした口調なのに、声の響きがこわばっている。
 …なんでそんなカリカリしてるんだろう、たかが夢の話なのに。
 聞いてしまいたかったけど、なんとなく気が向かなくて、ガサガサと雑草をのける。
 そんないつも通りのようでありながら、どこか重い時間を破ったのは、かなたの声。
「捨てて欲しいのか?」
 一瞬、目の前が真っ白くなった。
 我に返る前に、勝手に口が動いた。
「いや、そりゃ困る。そんな夢見たから、こんな困ったんじゃねーか」
「…そう」
 短く答えて、かなたは探索を再開する。
 目を合わせることはなく、黙々と地面を見つめている。
「オイ…お前、なんか変だぞ?」
「変な話を聞かされたせいで機嫌が悪いんだ」
「…そりゃ…すまねえ」
 覇気のない返事がじわじわと不安を広げる。
 なんでこんな気分になってるんだ。
 俺は、ただ、いつも通り、笑い飛ばしてくれると思ったのに。
 なんで……あんなこと聞いちまったんだ。
 苛立ちを込めて地面をけりつけると、見覚えのある草が目に飛び込む。
「あ。火焔草。」
「ん、入れて」
 たかが夢の話なのに、どうしてそんなに冷たくなるんだよ。
 なぜかそうは訊けなかった。
 訊いてしまったほうが楽なのに、できなかった。
「…ねぇ…メー」
「あ?」
 背中を向けて、表情が見えないあいつが呟く。
「夢は、願望を表したりもするらしいよ」
 それは、つまり。
 それは、
 俺が、こいつから離れたがっていると?
 自分に問いかけて、その馬鹿馬鹿しさに苦い気分がこみ上げる。
「…他にも説は腐るほどあるんだろ。わけわかんねぇことほざくんじゃねーよ、オカルトマニアが」
 不満も文句も改善して欲しいトコも山のようにある。
 けど、俺は、そんなこと、願ってねぇ。
 自信を持って言えるのだから、そんな説はやっぱり迷信なのだ。
 なのに、かなたはその答えを低く笑った。
 どこか湿った声で笑った。
「…まぁねぇ」
 振り向いたあいつの顔は、
 自分自身を、どこまでも哀れむような、哀しむような。
 そんな顔だった。
 ―――どうして、そんな顔をするんだ。
 俺は…………
「俺は、お前んとこに好きでいるんだから。…だから、今更、捨てられても、困る」
 だから、そんな暗い顔はしないでほしい。
 俺は、お前のことが好きではないけど、お前の傍は好きなんだから。
 あいつらだって、そうだろう?
 違うのか? 
 …違うから、そんな顔するのか? 

 ―――ずっと昔に、願うことがあった。
 なぜだかはわからないけど、ずっと願っていたことがあった。
 皆が幸せになればいい。
 それは、そこそこ叶っているのかと思っていたけど。
 俺の思いは間違いだろうか。


 無意識に見上げた空は蒼く広く。
 ひどく、自分がちっぽけに思えた。

   ―――夢を見た。
 目の前に小さな子供が一人いた。
 彼女は独自する。
 
 選ぶことが嫌いです。
 嫌われてもなにも言えません。
 好かれてもなにも返せません。
 選ぶことは苦痛です。
 嫌われることは嫌いです。
 好かれることは怖いです。
 新しいものが好きです。
 古いものを愛してます。

 私は―――……
 
 薄く茶色い髪のその子供は、伏せていた顔をあげる。血色の悪い顔が、あがる。
 目と目が合う。
 そこで、目が覚めた。

 ―――私は……
「…変わんのが怖いな…」

 あの子供は私だ。
 髪の色が違ったところで、心の中は変わっちゃいない、そんな私だ。

 選ぶことなど大嫌いだ。嫌いで、恐くて、疎ましいだけ。
 人から嫌われるのが嫌いだったから、そんな人間など知ったことかと開き直った。
 人に好いてもらう自信はなくて、いつだって怖かった。
 好かれたりしたらいつか嫌われるかもしれなくて、いっそう怖かった。

 選ぶことが変わることが嫌いで、怖くて、

 子供のままでいたかったです。
 今も、十分に子供なのだけど。

「私は…」
 そんな私が嫌いだ。

『お前に捨てられる夢見たんだけど』

 だからそんなことを言わないでほしい。
 夢でも現実でも関係ない。やめてほしい。
 君を捨てることなんて、考えたこともないんだから。
 君に捨てられることに、いつだって怯えているから。


 なにかを好きになることは恐かったです。
 結局色んなものを好きになってしまったけれど。
 なにかを嫌うことができませんでした。
 そうしてしまうと、きりがない気がして、怖かったから。
 
 彼らに嫌われたら私は彼らを嫌えるでしょうか。

 もし、そうなってしまうのなら。
 どうか嫌わないでください。
 こんな人間でも、どうか。

 握り締めた手の中の汗がひどく不快だった。
 
 ―――夢を見た。
 ひどく曖昧で、ひどく…寂しい夢だった気がする。
 うまく思い出せないけど。
 夢を見た。
 
 私は、呟いていた。
 一人は寒いなとか、そんなことを。
 おかしな夢だった。
 どうして一人だったのだろう。現実じゃないからか? 
 分からないけれど、その焦燥感だけは覚えている。
 やがて、夢の中の私は誰かを探しはじめた。 
 声を上げながら、翼の動く限り、必死に。誰かを。
 誰だったのだろう。
 かなたか? メーか? 磨智か? アホ龍か? 風矢か?

 なぜか、それが分からないまま、夢は終る。

「……誰を探していたんだろうな、私は」
 ぽつりと声にだしてみても、なにも分からない。
 冷たい夜に吸い込まれた言葉は、なにも生まない。
 しばらくぼんやりしていたが、肌寒さに耐えかね布団を被り直す。
 温かい毛布はなにかから守ってくれているようで、不安がとろける。
 だから、もう、誰を探していたのかを探ることはやめた。 
 けれど……、

 もしも彼らが似た夢を見たら。
 私を探してくれる誰かはいるのだろうか。

 そんなことをほんの少しだけ考えて、重くなる瞼を閉じた。


   夢を見た。
 これは夢だ。
 第一にそう気づくような、非現実的な色のない夢だった。

 夢を見た。
 なぜか私は一人で、独りで、砂漠の中に立ちすくんでいた。
 一人。誰もいない。
 ―――暑いのに寒い。
 そんな矛盾したことを考えていると、さらさらと足元の砂が崩れていく。
 ―――ああ、このままでは呑まれてしまう。
 ならば『このまま』でいなければいいだけだ。
 足を使うなり、翼を使うなり、どうにでも脱出できる。
 けれど……
 たやすく逃げれる状況なのに、私はなにもせずに呑まれていった。
 息が詰まり、空気を求めて大きく喘いで―――
 色のない夢は終る。

「…むー。地龍だけ砂まみれってやつかな」
 天井を見ながら呟く。
 とりあえずあんな最後は嫌だ。苦しそうだ。
 なにも考えられなくなるのは……嫌だし。
 でも。
 …なにも感じずに済むのは、イイコトだろうけど。

 ぼんやりとそんなことを考え、気だるい体を横たえる。 
 一度目覚めたにも関わらず、睡魔はやけにすみやかに意識をさらった。

 
 夢を見た。昔のうつつを夢で見た。

 僕は、一人、闇の中で丸まっていた。
 
 契約に縛られるのは嫌だった。
 だけど一人でいると言うのは、無意味で。なにもできない体には虚しさだけがつまってた。
 …来るだろうか。いつか。命を捨ててもほしいものが訪れる時が。
 ひたすら無為に流れる時間の中、ぼんやりと考えた。
 野生の龍に寿命はない。だから、ずっとこのままかもしれない。
 なにもなく、なにも求めず。このまま、ぼんやりと。世界の終りでも待つようにすごしていく。
 別にいいさ、それでも。
 それでも、いいよ。
 呟いて、夢の中の僕は目を閉じる。

 目を開けて飛び込むのは、すっかり見慣れた茶のぼんやりとした天井と、夜の闇。
「………よかったのに」
 一人で。良かったのに
 けれど、縛られてしまった。あたたかな炎をもつ彼女にに。
 出逢ったのだ、闇を照らす灯りに。
 …悪いけど、かなたのことはどうでもいい。他の皆も、そう。嫌いではないけど、それだけ。
 意味があるのはあの優しき炎龍のみ。
 貴女を好きになって、かつて僕が縛られることを忌避していた理由を理解した。
 僕は、一度決めたことには、ひどく執着するタチだから。
 きっとそんな自分を知っていたからだと。
「…………いつまで」
 このままでいれるでしょう。
 不安が広がり、思い出す。
 マスターと結んだ、一つの契約を思い出す。
 
 緋那―――僕は彼女が好きだ。
 好きで。好きで好きだ愛してる。
 あの赤い髪も綺麗な瞳も、たまに(僕以外に)見せるやわらかな笑顔もすべて。
 ―――例え僕のものにならなくとも、僕は貴女を好きになったことを後悔したくない。
 そう思うほどに。

『マスター。僕は、彼女以外は選ばない』
『…もしも彼女が君を選ばなかったら?』
『……その時は、主人のが好きなように引導を渡していい』
 きっぱりと言い切ると、かなたは泣きそうな顔をして、でも頷いた。
 終わることは、マスターがいなきゃできないから。
 かなたの傍を離れて他の誰かを探すことなどで気力などありそうにないから、迷わずにそう言った。
「…後悔しないけど」
 僕は、いつまでこうしていれるだろう。

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