ホワイトチューリップ
「白蓮今日も出かけるのか?」
何やら外出の仕度をしている白蓮に、雅が問いかける。
「うん。夕飯までには帰ってくるから。」
「気をつけてな。」
雅に笑顔で見送られ、元気よく「いってきます」と出かけていく白蓮。
ここのところ、毎日のように白蓮は外出する。
智華のところでも他の人の部屋でもない、知らない場所へ。
ただ、帰ってくるときにはいつも、小さな花束を持って帰ってきた。
何かに巻き込まれているようでもないので雅も安心して送り出しているのだが、やはりどこに向かっているのかは気になる。
何かあった時に対処できないのは不便だ。
「どこに行ってるんだと思う?」
「なんで私に聞くのよ。」
雅は希羅に相談するが、やはりというか何と言うか、そういう反応をするしかなかった。
「なんなら後つければいいじゃない。」
「いや、そこまでは……」
白蓮も子供じゃないんだし…と雅。
そんな彼女が一番白蓮を子供扱いしていることには気がつかない。
「誰か遊び相手でも出来たんじゃないの?」
「でも、毎日だぞ?そこまで暇な奴がいるのか?」
「…あんたさりげなく白蓮が毎日暇人って言ってるわよ、それ。」
雅にはそういう気はないのだろうが、暗にそう聞こえる言い方だ。
「智華とかは聞いてるかもよ?いつもあいつが入り浸ってたんだし。」
希羅の言葉に「あー、そうか。」と、雅は智華に聞くことにした。
出会いは本当に偶然だった。
白蓮が特に用事もなく街をぶらぶらしていると、物騒な怒声。
ここではあまり珍しいことではないのだが、聞く分には不愉快だ。
しかも男達に絡まれているのは少女のようにも見える。
少女は怯え、何も言わないで小さく縮こまっていた。
そんな少女の腕を荒々しく掴み、男達はすぐそばの路地裏に引きずり込もうとする。
面倒だが、放っておくのも気分が悪い。
「お兄さん達、大人数で女の子脅かして、恥ずかしいと思わないの?」
突然聞こえた声に、男達が振り返る。
そこにはなんとも華奢な少年とも青年ともとれる白蓮が立っていたわけだが。
感情が昂っていた男達は罵声を浴びせながら白蓮に襲い掛かった。
勝負はほんの数十秒でついた。
白蓮は地面に転がっている男を踏みつけると、ふう、と小さく息を吐いた。
「君、大丈夫?」
にっこりと、少女に笑いかける。
少女は一瞬ビクリと肩を揺らしたが、すぐにホッと息を吐いて、コクリと頷いた。
「そう。良かった。立てる?」
白蓮は手を差し出し、少女を立たせてやる。
ふと、少女の足元に視線を落とすと、花が散乱していた。
「これ、君の?ぐちゃぐちゃになっちゃったね……」
白蓮が花を拾おうと伸ばした手を、少女の手が制した。
「いいの?でも、まだ綺麗なのもあるよ?」
踏みつけられてるものもあるが、まだ、飾られそうな花も残っている。
それでも、少女はふるふると首を横に振った。
そこで白蓮はあることに気がついた。
「もしかして君……喋れないの?」
白蓮の言葉に、少女は微笑んだ。
「花屋さん?」
白蓮が少女を送っていった先は、花屋だった。
今ではどの季節でも違う季節の花を買うことが出来るのが普通だが、この花屋は季節感を大切にしているようで、店に並べられている花はどれも今の季節に咲く花だった。
「一人でやってるの?」
白蓮の質問に首を振って否定すると、店の奥から人が出てきた。
「スグリ、戻ったのか?」
エプロンをした、二十代後半と思われる男は、少女を見たあと、白蓮に気がついた。
「えーと…お客さん、か?」
すると少女は、手話で男に説明を始めた。
白蓮はその少女の指の動きに、暫し見惚れていた。
「まったく…配達の時は気をつけろとあれほど言っただろう。まぁ、無事でよかった。じゃぁ、すぐに新しいのを作ってくれ。次は俺が行こう。」
男の言葉を聞くと、少女―――スグリは店の奥へ入っていった。
「妹が迷惑をかけてしまってすまない。お礼と言ってはなんだが、お茶でも飲んでってくれ。」
「いえ、そんな…って、えぇ!?お兄さん!!??」
白蓮は思わず声を上げた。
スグリはどう見ても16,7歳くらいだ。
この男性が兄だとしたら一回りは年が違う。
ついでに言うと顔も似ていない。
「失礼な奴だな…」
「あ、いや、すいません……」
「まぁ、話は中でゆっくりしよう。ほら、入れ。」
男に先を促され、白蓮は店の中へ入った。
白蓮は店の奥の小さな丸テーブルで男と話をすることになった。
「俺はカエデ。で、あいつが妹のスグリ。言っておくがちゃんと血は繋がってる。」
カエデは隣の台で黙々と花束を作っているスグリを親指で示しながら軽く紹介をした。
「僕は白蓮です。あの…なんか本当にすいません……」
失礼な反応をしてしまい、内心ビクビクしながらカエデに謝ると、カエデはふっと笑った。
「別に気にしてないよ。よく言われることだからな。」
「あ、そうですか…」
「そういえば『白蓮』って花の名前だな。」
「そうですね。」
言われてみれば…と白蓮は思った。
「俺とスグリの名前も植物の名前なんだ。すごい偶然だな。」
「カエデ…って木ですよね。スグリってどんな植物なんですか?」
「スグリはスグリ科の植物で小さな果実が実り、赤・白・黒・の3色がある。そのうち黒フサスグリはカシスとも呼ばれる果実だ。スグリの実はジャムとか果実酒に使われるんだ。」
「へぇ…やっぱり詳しいですね。花が好きだから花屋さんやってるんですか?」
「ん…まぁ、別に嫌いじゃないが…スグリのため、だな。花屋は。」
何かを回想しているように窓の外を眺めながら言うカエデに、白蓮は疑問符を浮かべるばかりだったが、スグリが花束を持ってきたことによって会話は中断された。
「じゃ、俺は配達に行ってくる。スグリ、店番頼んだ。」
それだけ言い残してカエデは配達へと向かった。
残された二人は、何を話せばいいかお互いにわからず、気まずい沈黙が続いた。
そしてその沈黙を破ったのは外からの客の声だった。
スグリはすぐに客の下へ向かったが、口が聞けないからだろう、なかなか客との意思疎通が出来ていないようだった。
「何をお求めですか?」
そこへ白蓮は満面の笑みでスグリと客の間へ割って入った。
スグリはひどく驚いたようで、目を大きく見開き白蓮を見つめていた。
そのスグリの様子に白蓮は笑ってみせると、スグリに代わって接客を始めた。
それが、2人の始まりだった。
「私は何も聞いてませんけど……」
雅が白蓮の居場所を聞いた、智華の答えだ。
「そんなに頻繁にいなくなるんですか?確かに最近は顔を見てませんけど…」
「あぁ、毎日だ。」
「毎日、ですか…」
雅が仕事でいない時に出かけるのはいつものことだったが、仕事がない時にも出かけるということは今までにめったにないことだった。
「行き先とか、何も言わないんですか?」
「あぁ…まぁ、子供じゃないんだしそんなに心配することもないんだろうけど……」
と言う雅の顔は心配そうだ。
「だったら、今日聞いてみればいいじゃないですか。」
「んー…そうなんだけど。白蓮にも事情があるんだろうし。」
「案外言い忘れてるだけかもしれませんよ?」
とその時、部屋のドアをノックする音が響いた。
智華がドアを開けるとそこには花束……を持った白蓮が立っていた。
「白蓮君?」
「こんにちは智華さん。あ、これどうぞ?」
にっこりと白蓮は挨拶をしながら手に持っていた小さな花束を智華に渡す。
厳密に言うとこんにちはという時間帯ではないのだが。
「アレ?雅どうして智華さんのところに?」
「ん、ちょっと聞きたいことがあって。」
「それより白蓮君。この花束はどうしたんですか?」
「貰ったの。」
「誰に?」
「花屋さん。」
「どうしてですか?」
「お手伝いのお礼で。」
そこで雅はピンときた。
そういえば白蓮は毎日花束を持って帰ってきていた。
「まさか毎日手伝い行ってたのか?」
「うん。あれ?言ってなかったっけ?」
智華の言ったとおり、本当に言い忘れていただけのようだ。
「ダメ、だった?」
「いや……そういうわけじゃねぇけど……」
「せめて外出先については言っておくべきでしたね。」
「ごめんなさい……」
自分の非に気がつき、白蓮はしゅんと項垂れる。
「まぁわかったからいいんだけど…なんで毎日手伝いに行ってんだ?バイトか?」
雅にとってはそっちの方が気になった。
毎日手伝いに行かなければいけないほどの何かがあったのだろうか。
「バイト……ではないんだけど。何か、手伝わなきゃなって……」
「?」
白蓮の説明はあまり要領を得ない。
頭にクエスチョンマークを浮かべている雅に白蓮はうーんと唸り、
「雅も会ってみればわかるよ。」
と切り出した。
かくして、偶然仕事が入っていなかった翌日に、その花屋を訪れることとなった。