夢想

夢を見た。

崩れて砂のようになっていく体を独りで見つめている夢。

痛みはない。

だけど、心が痛い。


――――目を覚ましたら、涙を流していた。


ある日の朝。
いつものようにいつものメンバーが食堂で朝食をとっていた。
しかし雅の姿はない。
雅は朝に弱いのだ。
おそらく今頃は食堂に向かっている頃だろう。
いつものことなので面々は気にすることなく食事を進めていた。
そこへ、思ったとおり、眠そうな顔をした雅が朝食をトレイに載せてメンバーがいる席に着いた。
「・・・・おはよう。」
「おはよう。相変わらず眠そうねぇ。」
雅は頷いたのか眠りそうなのかわからない反応をしながら、フォークを手に取った。
「・・・・・・っ!」
カシャンっと音を立ててフォークが皿の上に落ちた。
「ちょっ・・・・どうしたのよ?」
希羅が心配そうに雅に声をかける。
他のメンバーも驚いていた。
「・・・ちょっと手が滑っただけだ。なんともない。」
「まったく・・・早く目覚ましなさいよ?」
希羅の言葉に雅は苦笑しながら「あぁ。」と短く答えた。
――――流には、その笑みが不自然に思えてならなかった。


午後。
雅が買い物をしている時だった。
雅は買い物袋を抱えてため息をついた。
「・・・・流、いつまでついてくるつもりだ。」
呆れたような眼差しを向けると、雅の背後に流が立っていた。
「だって雅今日具合悪いみたいだし?心配で。荷物持つよ?」
いつものように、流は笑顔を作った。
「別に具合なんて悪くないし手伝ってもらわなくても大丈夫だ。」
いつものように、冷たくあしらう雅。
「・・・・嘘でしょ。」
「嘘じゃねえよ。」
「嘘。」
「嘘じゃねえっつってんだろ。」
「じゃあ何で俺の顔見ようとしないの?」
流は朝からの疑問をぶつけた。
雅の足がぴたりと止まった。
「・・・・別に・・・そんなんじゃねえよ。」
「何かあったんでしょ?」
「ない。」
「雅!」
「ねえっつってんだろ!!!」
思わず怒鳴ってしまった雅ははっとした。
そしてばつが悪そうにうつむいた。
「・・・・帰る。」
雅は小走りで流のもとを離れていった。
流は、それを黙って見ていることしかできなかった。


バタンッ ガチャッ

雅は荒々しくドアを閉めるとすぐに鍵をかけた。
そしてその場に力なく座り込むと乱れた息を整えた。
――――言えない・・・・・言いたくない・・・・・
「いっ・・・・・・!!!」
その時激痛が走った。
朝と同じ、右腕だった。
雅はフラフラと立ち上がり、バスルームへ向かった。
そして服を脱ぐと、洗面台の鏡で自分の体を見つめた。
雅の体には、無数の痣があった。
特に広がっているのは、右腕だった。
肘から手首にかけて皮膚が青紫色に変色していた。
造られた体の限界の証だった。
雅の体では、細胞破壊が始まっていた。
このまま破壊が続けば、2,3ヶ月と体はもたないだろう。
「・・・・・にたく・・・ない・・・・」
死にたくない。
そう思えるようになったのは、流のおかげ。みんなのおかげ。
だから。
死ぬわけにはいかない。
「生きてやる・・・・・」
雅は鏡の中の自分に誓うかのように言った。



パンッ!ドパパパパパッ!!!

雅、流、希羅、竜臣の4人はある仕事のため敵地に乗り込んでいた。
銃、マシンガンなどをぶっ放す敵に対して、何の躊躇いもなしに突っ込んでいく。
敵を一掃したところで、4人は足を止めた。
「結構いたわねー。」
「数だけだったけどな。」
「雅大丈夫?息上がってるみたいだけど・・・・」
「・・・・・っ大丈夫だ。」
いつもと違って、雅は苦しそうに息をしていた。
走ったとはいえ、大した距離でもないし雅の体力なら息が上がることはないのだ。
今までの雅だったら。
――――体力も・・・・落ちてきてる・・・・
雅はひそかに悔しげに歯軋りをした。
「・・・・ここからは希羅ちゃんと竜臣の2人で大丈夫?」
突然、流が言った。
「あ?あぁ、まぁ大丈夫だと思うけど・・・」
「なっ・・・どういうことだよ!?」
「俺と雅は戻るから。後は2人に任せるよ。」
雅の質問には答えず、雅の腕を引き流はその場を立ち去ろうとする。
「っ離せよ!!俺は戻らねえ!」
自分の腕を掴んでいる流の腕を振り払いつつ、雅は叫ぶ。
「なんだよ!?俺は足手まといだって言うのかよ!!??」
「・・・・そうだよ。」
「・・・・・っ!!!」
流の冷たい言葉が雅に突き刺さった。
「ちょっと流!!」
「言いすぎだぞ!」
あまりもの流の言葉に、希羅と竜臣は驚きを隠せない。
「事実そうでしょ?息が上がってる上に動きもいつもより鈍いんだよ?気づいてたでしょ、2人も。」
流の言葉に2人は言葉を詰まらせた。
雅の動きがいつもより悪いことは2人も気づいていた。
しかし、あえてそれは口にしなかったのだ。
「・・・・っんだよ・・・俺は・・・・!!」
雅はそれだけ言うと、唇をかみ締めて走り去っていった。
「雅!!」
「オイ!流どういうことだよ!?」
「ああでも言わなきゃ雅帰ってくれないでしょ?」
流は軽くため息をつくとそう漏らした。
「今の雅は何かがおかしい。そんな状態で危険にさらすことはできない。じゃ、後は任せたよ。」
流はそう言い残し、雅の後を追った。


「はぁっ・・・・はぁっ・・・・くそっ・・・・」
少し走っただけでも息が上がる。胸が苦しくなる。
雅はすぐそばの壁に手をついて立ち止まった。
――――流は・・・追ってくるんだろうな・・・・・
雅は後ろをチラリと伺い見た。
流が追いつく気配はなかった。
今のうちに距離を稼がなくては。
そう思い、雅が一歩踏み出そうとしたとき。
「雅!!後ろ!!!」
流の声が響いた。
雅が驚いて後ろを振り返ると、そこには刀を振り上げた男がいた。
雅はとっさに右に避けたが、刀の刃は左腕を掠めた。
怯むことなく雅は男に風をぶつけ、それ以外の怪我をすることはなかった。
「雅!早く止血しないと・・・・」
心配そうな顔をして流が走り寄ってきた。
――――まずい・・・ここは・・・・
「・・・・だい・・・じょぶ・・・だ。これくらい。」
「何言ってんだよ!化膿したら・・・」
「だいじょぶだから・・・・」
「雅・・・痛くしないから・・・・」
「違う・・・そんなんじゃ・・・・」
流の手が雅の左腕に触れ、雅は肩をびくりと震わせた。
「・・・っ触るなっ!!!」
雅の叫びに驚いて、流は手を止めた。
雅も、自分の言ったことに驚いているようだった。
「あ・・・ごめ・・・・」
謝罪のあとに流の顔を見たら、驚きから怒りの表情へと変わっていた。
「・・・・雅、帰るよ。」
それだけ言うと流は雅の右手を握った。
「流・・・・手、汚れるから・・・・」
左腕の傷を抑えていた右手は血で真っ赤に染まっている。
しかし流は構うことなく雅の手を握って前を歩き出した。


「じゃぁ、ちゃんと傷口診てもらうんだよ。」
流は雅を医務室まで連れて行くと、そう言い残して立ち去っていった。
雅は、医務室のドアの前で呆然としながら立っていた。
しばらくして、雅は医務室に入ることなく自分の部屋に戻った。
あの痣の事を知る人間はなるべく最小限にとどめておきたかったからだ。
部屋に白蓮はいないようだった。
雅は救急箱を出すと、服を脱いで傷の手当てを始めた。
左腕にも、やはりあの痣が広がっていた。
包帯を巻いて手当てを終えると、雅はふと、あることに気がついた。
――――右腕の痣が広がってる・・・・
右腕の痣は、手の甲、手の平にまで広がっていた。
雅は急いで、洗面台の鏡で自分の体を確認した。
そして、目を見開いた。
痣は、ほぼ全身に広がっていた。
おかしい。
この細胞破壊のペースは異常だ。
このままのペースでいけば2ヶ月どころか1ヶ月もつかどうかわからない。
雅の頭は瞬時に悟った。
「雅・・・・どうしたの・・・・その体・・・・・」
突然後ろから声がした。
雅は驚いて後ろを振り返った。
「白・・・・蓮・・・・」
白蓮が、目を見開いて立っていた。
――――見られてしまった。
「その・・・・痣みたいなの・・・何?」
「これは・・・・」
もう・・・無理、か・・・・
「・・・・白蓮、話がある。」


――――イライラする。
何もすることのできない、何もしてあげることのできない無力な自分に腹が立つ。
「チッ・・・・」
ベッドに仰向けになって天井を見つめながら舌打ちをする。
「何で・・・・」
なんで、どうして、何故。
もっと自分を頼って欲しいのに一人で抱え込んで欲しくないのに迷惑なんかじゃないのに。
「バカだよ、まったく・・・・」
一人が怖いくせにこういう時ばかり一人になって。
何も相談しないで一人で辛い思いをして一人で傷ついて。
雅の、そんなところが嫌いだ。
「頭にくるんだよ・・・・」
今はいなくなってしまった泪を見ているようで。
また、いなくなってしまいそうで怖くなるんだ。
「・・・大丈夫、か・・・・」
小さな呟きは、静かな部屋に吸い込まれていった。


コンコン

雅は、執務室のドアをノックした。
「どうぞ。」と中から声が聞こえた。
雅は静かにドアを開けて、執務室に入った。
珍しく、智華はいないようだった。
「どうしたの?白蓮ならいないよ。」
「いや・・・・」
遥霞の言葉を、雅は否定した。
「頼みがあるんだ。」



夢を見た。

大切な人、泪を失った日の夢。

荒らされた部屋の真ん中で、泣いている幼い雅。

雅を抱き寄せようと、その体に触れようとしたら、

雅の体が、砂のように崩れていった。

伸ばした腕は何も掴むことができず、ただ空を彷徨うだけだった。

嫌な予感がした。

――――目を覚ましたら、足は雅の部屋に向かっていた。


「雅。」
ノックをして、雅の名前を呼ぶ。
しかし、返事はない。
「雅。」
もう一度、呼んでみる。
しかしやはり、返事はない。
寝ているのだろうか。 だけど、胸の中の不安は拭いきれなかった。 流は慣れた様子でピッキングをして部屋の中に入った。
心なしか、部屋ががらんとしているような気がした。
雅の部屋はいつも片付いている。
しかし、今日はいつもと違った、生活感のなさのようなものが部屋に漂っていた。
流の不安はいっそう増した。
雅の寝室、浴室、すべての部屋を探した。
どこにも、雅はいなかった。
白蓮さえも、だ。
流は、部屋を飛び出していた。



「悪いな、白蓮。巻き込んで。」
生い茂る木々の中を歩きながら、隣にいる白蓮に雅は言った。
「ううん。僕は別に・・・・それに・・・雅の右腕、もう、動かないし・・・・」
三角巾に包まれている雅の右腕を見て、悲しそうに白蓮は言う。
「まさか・・・俺もここまでなるとは思わなかったな。」
雅は苦笑しながら言った。
昨日の夜中、右腕に激痛が走り、動かなくなったのだ。
おそらく神経が切れたのだろう。
「でも雅。本当にこの道であってるの?」
「あぁ。地図によればそろそろなんだけど・・・・あった。」
雅と白蓮の視線の先に、白い建物が現れた。
「あれ?」
「多分な。行くぞ。」
雅と白蓮は、その白い建物の入り口に歩を進めていった。



いない。
希羅の部屋にも竜臣も慶の部屋にも。
どこにも、雅がいないのだ。
しかも、誰も雅の行き先を知らない、いなくなったことさえも知らなかった。
流は、最後の望みである、執務室へ入っていった。

「何、どうしたの?仕事ならまだきてないよ。」
「雅がいなくなった。」
遥霞の言葉は無視して、流は言葉を紡いだ。
「・・・へぇ。で?俺に何を聞きたいわけ?」
「雅の居場所は?」
「俺が知るわけないでしょ?」
「仕事に行かせてるとか。」
「さっきも言ったとおり、仕事はまだきてないよ。」
淡々と、二人は会話を進める。
次に、流の視線が智華へと移った。
「智華に聞いても無駄だよ。何も知らないから。」
流が質問するより早く、遥霞が答えた。
「・・・・・そう。わかった。」
どこか納得のいかない顔をしつつ、流は執務室を出て行った。
「・・・・遥霞。」
「ん?なぁに?」
智華に呼ばれ、とぼけるようにして振り返る。
「何か隠してますね。」
「隠してないよ。」
「嘘でしょう。」
「・・・・智華は騙されないか。まぁ流にだけはしゃべるなって言われてるだけだしいっか。」
溜め息とともに、言葉を吐き出した。
そして、先日訪れてきた雅のことを語った。

『頼みがあるんだ。』
『へぇ、珍しいね。』
突然やってきた雅に言われた言葉。
頼み・・・本当に珍しいことだった。
『長期休暇が欲しい。』
『またなんで・・・』
雅は黙って右腕の袖を捲くった。
雅の右腕を見て、遥霞は顔を顰めた。
『それは?』
『・・・・とにかく、時間がないんだ。頼む。』

「さしずめ造られた体の限界ってとこだね。」
遥霞は折りたたまれた紙を手の中で弄びながら言った。
――――やっぱりあの痣はぶつけたものじゃなかったんですね・・・
智華は心の中で呟いた。
「で、これがその連絡先。何かあったらここから連絡が来るってさ。」
「これは・・・」
「父親がいるところらしいよ。」
父親・・・・つまり、雅を造った人物だ。
「何かあったら・・・」
「・・・『死』って事だろうね。」
部屋に、重い空気が流れた。