雅と白蓮がその建物に近づくと、入り口付近のプランターの花に水をあげている男がいた。
雅と白蓮は足を止めた。
すると、二人に気づいたのか、男が二人のほうに振り向いた。
男は一瞬驚いたような顔をした。
「雅・・・・・か・・・?」
雅は黙って頷いた。
「・・・あんたは?」
「風霞 眞南斗・・・・お前の父親だ。」
「風霞 眞南斗。若干18歳にして博士号取得。その後ある組織の研究所の1つであらゆるものの開発に携わる。20歳の時からその研究所で人間の製造を開始。しかし3年後ある事件をきっかけに研究を中止。そして組織から逃亡、失踪。現在消息不明・・・」
「何調べてるんですか。」
パソコンの画面の文章を読んでいく遥霞に、智華が問う。
「ちょっと面白そうだなぁって思って。雅の親もいろいろと込み入った事情があるんだねぇ。」
「興味本位で他人のことを調べていないでちゃんと仕事してください。」
呆れたように、智華は言う。
「あれ?智華は気にならないの?」
「・・・そんなことを知ったところで、雅さんが助かるわけでもないでしょう。」
助かると信じたいけれど。
智華は心の中で付け足した。
「まぁ、ね。・・・さて、仕事しなきゃねぇ。じゃ、仕事の前に智華vv」
「ちゃんと、まじめに、やってくださいね。」
遥霞の望みは最後まで言葉にできないまま、智華の冷たい言葉によってかわされた。
「雅には・・・本当に辛い思いをさせたな・・・」
あの後、建物の中に入れられた2人は、眞南斗と少し話をすることにした。
「別にそんなこと思ってないよ・・・ただ、俺は・・・ちょっと寂しかっただけだから・・・父さんのことも、母さんのことも何も知らなくて、何も覚えてないのが・・・」
「・・・・それは、しょうがないことなんだ。一緒に過ごした時間があまりにも短かったから・・・」
そして、眞南斗は過去のことを語り始めた。
眞南斗が20歳の時から雅の製造が開始された。
その頃眞南斗には妻がいた。
風霞 美優。
彼女は体が弱く、寝たきりの生活を続けていた。
当然、子供が欲しくても子供ができない。
雅はそんな美優のために、眞南斗が計画として持ち出したものだ。
最初、計画は順調だった。
しかし計画から1年ほどして美優の容態が急変、とても危険な状態となった。
子供を、雅を一目見てほしかった眞南斗は、雅の製造を急いだ。
5歳の体にしてから機械から出さなくてはいけない雅の体を、無理に成長させようとしたのだ。
しかし、1年後美優は他界。雅に会うことはなかった。
それからは雅の体の成長スピードを元に戻したが、それまで速めたリスクは高かった。
5歳児の体になった雅を無事、機械から出すことはできたが、その体は十数年しかもたない体になっていた。
その分、大切に、愛情を込めて育てていこうと思った矢先、事件が起きた。
眞南斗が研究所を留守にしている間に、研究所が消滅した。
それは雅によるものだった。
体の成長を速めたときに見えないところで体に異変が起きていた。
風を操る能力。
それが、雅の体に起きた異変。
その能力が暴走、研究所とともにそこにいた人々も消し去った。
周りの声により雅は殺されるはずだった。
しかし、眞南斗の必死な訴えにより雅を手放すことでとどめた。
そして、捨てられた雅を拾ったのが流の姉である泪だ。
「・・・雅は、幸せに暮らせたか?」
「うん、まぁ・・・一応。・・・あの、さ、父さん・・・」
雅は言いにくそうに言葉を区切った。
「俺の能力って・・・その・・・・また、暴走することとか・・・・」
研究所一帯を消し去るほどの力だ。
暴走すれば、大切な人達を失うかもしれない。
雅はそう心配していた。
「・・・これは後からわかったことなんだが・・・私のあの日の外出は計画されたものだったらしい。」
「?」
「つまり、私がいない間に他の研究者たちが雅を何かの研究に使おうとしていたんだ。それに強く抵抗して雅の能力が暴走した。
だから、そういうことがない限り力は暴走しないはずだ。」
「そっか・・・・」
でも、それはあくまでも可能性の話だ。
いつ、どんな状況で力が暴走するかはわからない。
「あまり気にしないほうがいい。そのほうが何事もなく暮らせる事だってある。」
「うん・・・・」
「そーだよ、雅。実際今まで暴走しなかったんだしさ。」
出されたお菓子をつまみながら話を聞いていた白蓮が明るい声で雅を慰めた。
そんな白蓮に雅は微笑んだ。
「そういえば、20歳から研究を始めて途中で雅の成長スピードをあげたってことは・・・お父さん相当若くないですか?」
白蓮が好奇心に満ち溢れたまなざしを眞南斗に向けた。
「そんなことはないよ。今年で35だ。」
「若っ・・・・」
「そうなのか・・・・」
初耳だったのか、雅も驚いている。
「そうだ、雅。母さんの写真、見るか?」
「うわー、雅そっくり。」
アルバムを見て、白蓮が感嘆の声を上げた。
写真の中で微笑む女性は、髪の色や長さは違うものの、顔は雅に酷似していた。
「髪と目の色はお父さん似なんだね、雅は。」
「雅は私と美優の遺伝子から生まれたものだからね。普通の人間の子とほとんど変わらないよ。だから、親にも似る。」
雅はじっと、アルバムを見つめていた。
――――これが、俺の母さん・・・・
会ったことのない母親。しかし、その遺伝子は受け継がれているこの体。
「・・・・ありがとう。」
写真に向かって、小さく感謝の言葉を呟いた。
「・・・・さて、雅。本題に入ろうか。細胞破壊が、始まったんだろう?」
眞南斗の言葉に、雅は黙って頷いた。
「見せなさい。」
眞南斗に言われたとおり、雅は左腕と、動かなくなった右腕を見せた。
「・・・・・無理をしたね、雅?」
「・・・・」
眞南斗の問いかけに、雅は答えることができなかった。
「細胞破壊が始まってからも、仕事をしていたね?」
「・・・・・だって・・・じゃないと皆に心配かけるから・・・・」
雅のその言葉に、眞南斗は溜息をついた。
「細胞破壊が始まってからすぐにここに来ればよかったのに・・・・辛かっただろう・・・・」
「・・・・まだ、わからなかったんだ。死ぬことがこんなにも怖い事だって。それは、大切な人達が、失いたくない日常があるからだって。
だから・・・・ちょっと無理した。」
自分の胸をおさえながら雅は語った。
自分は、こんなにも、生きたいと願ってしまっている。
それは、許されることかどうかわからない。
だけど、生きたい。
自分のためにも、自分を生んでくれた人のためにも、自分を支えてくれた人達のためにも。
これからも、生きつづけたい。
「わかった。方法はある。しかし、これは100%成功するというものではない。半分・・・もしくはそれ以下・・・・それでも、やるか?」
「少しでも可能性があるのなら。」
雅の瞳には、強い意志が宿っていた。
どこを探しても雅はいない。
こんなこと今までなかったのに。
雅を見つけ出せるのは自分だけだと思っていたのに。
悔しい 歯がゆい 哀しい 淋しい 辛い
自分はあまりにも、無力すぎる。
雅の異変に気づかずいなくなるまで何もしなかった自分が嫌になる。
「クソッ・・・・」
あの時のように、思い知らされる。
2人の危険を察することもなく家を離れていた自分。
泪を助けることができなかった自分。
そして、雅も助けることができない自分。
「ックソ・・ォ・・・・・・!!!」
雅のいない雅の部屋で呟いても、誰も聞いてはいない。
空しさだけが、ただ、広がっていくだけ。
雅がいなくなってから、5日が経っていた。
「・・・・・」
白蓮は、研究室にある1つの大きな装置を見つめていた。
その装置は円形の水槽のようになっていて、液体で満たされたその中には雅がいた。
体の痣と、全身に巻きついているコードがなんとも痛々しい。
液体の中で雅が眠りについてから4日が経っていた。
痣は以前よりは少なくなっているものの、まだ完全には消えそうになかった。
「寝なくていいのかい。」
研究室を離れていた眞南斗が、一睡もしていない白蓮に声をかけた。
「・・・・雅は助かるんですか。」
眞南斗の言葉には答えずに、白蓮は問い返した。
「・・・それは雅次第だろうね。雅の生命力と体力の問題だよ。雅ならきっと大丈夫だよ。雅には生きなければいけない理由がある。」
「雅のこと、よく分かってるんですね。」
白蓮の言葉に、一瞬眞南斗はきょとんとしてから、微笑んだ。
「私より雅のことをわかっているのはきっと君や雅の周りにいる人たちだよ。
雅の生きなければいけない理由とは、君たちがいるから、ということだよ。」
「僕は、雅にとって必要な存在なんですか。」
「それはわからないな。でも、雅の表情を見る限り必要な存在なんだと、私は思うけどね。」
白蓮が振り向くと、眞南斗は優しい微笑を浮かべていた。
雅の様子がおかしかった。
それから傷を診せようとしなかった・・・・
雅がいなくなってから6日経ち、流は落ち着いて、順を追って考えることにした。
感情的になっても雅が見つかるわけではない。
むしろ感情的になればなるほど遠ざかっているような気さえした。
それと、白蓮もいなくなっていることが気になった。
きっと雅と一緒にいるのだろうと流は考えた。
それを思うとちょっと頭にくるが、今はそんなことを考えているときではない。
傷を診せようとしなかった・・・・イコール雅の体に何らかの変化があったということ。
体力も落ちているみたいだったし、右腕の調子も良くないようだった。
そこから考えられることは・・・・?雅の体は人工的に造られたものだ。
もし、その体にリスクを背負っていたら?体が機能できる期間が存在するとしたら?
そしてそれが本当だとしたら、雅が行く場所とは?
そこはただ1つしか考えられなかった。
雅を造った人間の場所・・・・その人物の居場所をつきとめれば・・・・
流は雅の部屋の中を捜索し始めた。
「眞南斗さん・・・僕ちょっと思ったんですけど、もし無事に雅の体が治ったとして、目が覚めて・・・・・それ以降また細胞破壊が始まるって事はないんですか?」
雅が眠ってから8日目、白蓮がふと、眞南斗に聞いた。
眞南斗はしばらく考えてから、答えた。
「十分に計算して機会を造ったし培養液も調合した。しかし・・・100%起こらないとは言えない。実験もできないしどれくらい効果があるのかわからないんだよ。基本は雅を造った時のものなんだけどね。大丈夫だと、信じるしかないよ。」
眞南斗は本当に哀しそうに微笑んだ。
「あの・・・・」
ピンポーン
突然、インターホンが鳴った。
「・・・・すまないが、出てくれるかな?」
雅の様子を見ることから手が離せず、白蓮に出てきてくれるよう眞南斗は頼んだ。
そのため、白蓮は言おうとしたことが最後まで言えなかった。
しかたなく、白蓮は玄関へ向かった。
「ハーイ。どちら様・・・・」
玄関を開けた白蓮は、その姿勢のまま固まった。
流だった。
白蓮を見るなり、顔をしかめて、流がそこに立っていた。
そして流は何も言わずに、中へ入った。
「あっ勝手に入るなよ!おい、流!!」
白蓮の言葉は無視して、流は廊下を進んでいった。
そこに、騒ぎを聞きつけた眞南斗が、部屋から出てきた。
「どうしたんだ白蓮君・・・?」
部屋から出た眞南斗は、自分の目の前に見知らぬ人物がいることに気がついた。
「君は・・・・火影・・・流君かな?」
「・・・俺のこと知ってるんですか?」
流は、落ち着いた声で聞き返した。
――――この人が雅の父親・・・?
「雅からね。聞いているよ。とてもお世話になったみたいで・・・雅を、探しに来たんだろう?」
流は黙って頷いた。
「ついてきなさい。」
眞南斗は、流を部屋に招きいれた。
「これは・・・・・」
雅の今の状態を見て、流は言葉を失った。
「雅の体の、私がミスを犯してしまったところをリセットしているんだよ。そして雅の体に普通に成長してきたと思わせる。今のところ経過は順調だからこのまま行けば明日明後日にはこの機械から雅を出すことができるよ。」
眞南斗は、流を安心させるような口調で説明した。
流は、じっと雅を見つめていた。
「雅が言っていたよ。『流はいつも俺を見つけてくれるんだ。だから、今回も見つかるかもしれない。』ってね。」
それは――――
「見つかりたくない、って事ですか。」
「さぁ、どうだろうね。私には、見つけて欲しいって聞こえたけどね。」
「そうですか・・・・」
――――不思議な人だ。
流は思った。
言葉のすべてが心に染みる。
初めて会ったのに、会ったばかりなのに、信頼できてしまうような、不思議な人物だ。
「疲れているだろう?空いている部屋があるから、今日はそこで休みなさい。」
「いや、俺は・・・・」
「ずっと雅を探していたんだろう?疲労で体が悲鳴を上げているよ?」
流は何も言い返せなかった。
事実そうなのだ。
雅がいなくなってからまともに寝ていないし食事もとっていない。
普通の人間なら倒れているだろう。
「雅を機械から出すときには呼ぶから・・・今はゆっくり体を休めなさい。」
「・・・・はい。」
眞南斗の言葉に流は渋々従った。
次の日。
雅の体が、機械から出された。
培養液で濡れているその体に、以前のような痣は見られなかった。
「成功・・・ですか?」
白蓮が眞南斗に訊ねた。
「いや・・・雅の意識が戻るまではわからない。このままずっと、目覚めない可能性だってある。」
「雅・・・・」
流は、優しく、雅の髪をなでた。
白い部屋の窓から射す光が、雅の顔を照らしている。
そのせいか、雅の顔が人形のように白く見える。
そして雅は人形のように動かない。
「雅・・・・・」
流は雅の手を握り、ただただ祈っていた。
機械から出されて3日、雅は眠っている。
流にできることは、ただ、信じてもいない神に祈るだけ。
「―――――」
その時、雅の指が、微かに動いたような気がした。
流は、はっと、顔を上げた。
雅の顔を見ると、ゆっくりと、閉じられていた瞼が開かれていった。
「りゅ・・・・う・・・?」
掠れた小さな声で、流の名前が紡がれる。
「雅・・・・!!よかった、気がつい・・・・・」
「流・・・ごめん・・・・・」
「え?」
「ごめん・・・な・・・・」
「何・・・言ってんだよ・・・・・」
雅の言葉に、最悪の展開が流の頭をよぎる。
――――嘘だ嘘だ嘘だ・・・・!!!
「も・・・・俺・・・・」
「み・・・やび・・・・?」
「・・・・さよなら・・・・・」
握っていた雅の手が、砂のように崩れ落ちていった。
――――雅・・・・!!!!――――
流は、はっとして起き上がった。
雅の手は、まだちゃんと握っていた。
いつの間にか眠ってしまったらしい。
「・・・・・最悪な夢だ・・・」
流は重たい溜息とともに吐き出した。
ないとは限らない夢。
あって欲しくない夢。
――――顔でも洗おう。
そしてこの考えをかき消そう。
きっと今の自分はとても酷い顔をしているだろう。
そんな顔を、雅に見せるわけにはいかない。心配はかけたくない。
流は雅の手を強く握って雅がそこに存在していることをもう一度しっかりと確かめてから、手を離した。
頭から水をかぶりながら、排水溝に流れていく水を見つめた。
この水と一緒に、胸の不安も流れていったら、どんなに楽だろうか。
そんなことをしばらく考えていると、後ろから聞き覚えのある声がした。
「竜臣ー、腹減ったー。」
「俺に言うなよ。」
「ていうか恥ずかしいからそういう発言やめてくれない?」
「ハハ。あっちに行ったらお茶菓子でも出そう。ここまで来るのは大変だったろう。」
慶と竜臣と希羅だ。
何故この3人が?その前にどうしてこの場所が?
流は蛇口の水を止めて廊下に出た。
「何で・・・いるの・・・・」
流は目を見開いて、声を絞り出した。
いきなりの流の登場に、3人も驚いているようだった。
「・・・・仕事だよ。雅のデータを眞南斗さんに渡すのと・・・・雅からお前への手紙だ。」
流の質問に、竜臣が答えた。
そして竜臣は一通の手紙を流に渡した。
雅からの手紙。
雅の綺麗な字が、少し歪んでいた。
激痛に耐えて、この手紙を書いたのだろうか。
「雅から・・・・・」
「ああ。」
流は、黙って手紙をポケットにしまった。
「・・・読まないのか?」
「雅が起きてから内容を聞くから・・・・今はいい。」
「そうか。」
――――流、お前、酷い顔してるよ。
竜臣は心の中で思った。
大切なものを失った喪失感からのものなのか疲労からのものなのかはわからない。
だけど、流は今まで見たことのないような顔をしていた。
「流、雅はどこ?」
希羅が、口を開いた。
3人は流について雅の部屋に向かった。
雅は相変わらず、静かに眠っていた。
「雅・・・・まったく。とんだ眠り姫ね。」
呆れたように、嫌味を含んだように、でもどこか悲しげに、希羅が言った。
「いつ起きるとかわかんねーのか?」
慶の問いに、流は首を横に振った。
「雅は、本当に何も言わないでいなくなったのか?」
「うん。」
「心配かけたくなかったんだろうけどね。結果的にこうやって皆に心配かけてる。まったく・・・・いい迷惑だよ。」
自嘲気味に、流は言った。
悔しい。
自分には何も言わなかったくせにきっと・・・遥霞さんあたりだろう。場所を教えていたことが悔しい。
俺はこんなにも雅を必要としているのに・・・・
「ごめん・・・・1人に・・・雅と2人になりたいんだ・・・・」
流のその言葉で、3人は部屋を出て行った。
「流・・・・大丈夫かしら。」
珍しく、希羅が流に対しての心配の言葉を口にした。
「今の流の姿を見たら・・・雅はなんて言うでしょうね。」
「さあな。」
「『しけた面してんじゃねーよ』とか?」
「あぁ、言いそう。」
「あれ・・・3人ともなんで・・・・・」
向こうの方から、白蓮がやってきた。
手に如雨露を持っているあたり花に水でもやっていたのだろうすっかりここの住人だ。
「やっぱりお前もここだったか。」
「何嫉妬?」
「ちげーよ!」
「ちょっと・・・くだらない言い争い始めんのはやめてよね。」
竜臣と白蓮のレベルの低いバトルが始まりそうな雰囲気に多少イラつきつつ、希羅が先手を打った。
「希羅さん久しぶり☆会いたか・・・・」
「雅の容態はどうなの?」
白蓮をそれ以上近づけないように頭を抑えつつ、雅の状態を知っているであろう白蓮に問う。
「(酷い・・・)雅は・・・体のほうは大丈夫なんだけど・・・ずっと、意識が戻らないんだ・・・・眞南斗さんはこのまま目覚めない可能性もあるって言ってた。意識が戻るかどうかは雅次第なんだって・・・・・」
「そう・・・・」
「でも・・・僕は信じてるから。雅は皆のことを本当に大切に思ってるから、絶対に意識が戻るよ。そして・・・前みたいに笑って・・・・」
最後の方は、しゃくりあげながら言葉を繋いだ。
きっと前のような笑顔を見れることを信じてるから。
「泣くのやめなさいよ。子供じゃないんだから・・・・」
「だって・・・・ふえ〜〜・・・・」
更に泣く白蓮を見て、希羅は溜息をついた。
「泣くのはまだ早いんじゃない?雅が目を覚ましたときに泣きなさいよ、せめて。信じてるんでしょ?」
希羅の言葉に、白蓮は何度も頷いた。
そして、涙を拭った。
――――暗い・・・・
暗い、生温かい水の中を、漂っている気分だ。
何も考えなくていい、身を任せているだけでいいこの世界が、とても心地良い。
ここから出たくない。
――――本当に?
何も考えたくない。
――――何で?
俺は、どうなってしまうんだろう。
――――死んでしまう?
あんなに死にたくないって思ってたはずなのに。
――――あれは嘘?
『・・・・び』
――――誰?
『・・・・・やび』
――――誰?
『雅・・・・!!!』
――――・・・・違う。俺の居場所はここじゃない。
俺の居場所は――――
「雅・・・・?」
握っている雅の手が、動いたような気がした。
流は、恐る恐る雅の顔を見た。
本当にゆっくりと、雅の瞼が開かれていった。
夢じゃない。
雅が、目を覚ましたのだ。
「ごめん」という言葉だけ雅の口から出ないように、流は祈っていた。
夢のことは今でも頭から離れない。
雅は何度か瞬きをしてから、ゆっくりと起き上がり、流の方に顔を向けて、微笑んだ。
「・・・・おはよ。」
「・・・・遅いよ、馬鹿っ・・・・」
流はきつく、雅の体を抱きしめた。
「流のさ、声が聞こえたんだ。」
流に抱きしめられたまま、雅は言葉を続けた。
「このまま何も考えずに眠っててもいいかなーって思ってたら、流が俺の名前呼んでるのが聞こえて、思い出したんだ。あぁ、俺の居場所はここじゃないって。」
「俺の居場所は、流の隣なんだ。」
「流の隣で、皆と笑って、仕事して、助けて助けられて。そこが、俺の居場所なんだって。」
「ありがとう、流。」
「流が、俺のこと呼んでくれたから俺は戻ってこれた。
流が俺のこと見つけてくれるって信じてたから、可能性が低くても、生きようと思った。」
「ありがとう。」
雅は、流の背中に腕を回して、流の体を抱きしめ返した。
「当たり前でしょ?」
「雅を見つけられるのは俺だけなんだから。」
「うん。」
「雅。今度何も言わないでいなくなったら、許さないから。」
「うん。」
「でも、何度でも見つけるから。」
「うん。」
「もっと、俺を頼ってよ。」
「うん。」
「迷惑なんかじゃないから。」
「うん。」
「もっと、俺を必要として・・・独りで抱え込まないで。」
「うん。」
「その方が、俺は辛いんだよ?」
「うん・・・ごめん・・・・」
「謝るのはなし。」
「うん。」
「雅・・・・」
「ん・・・?」
「愛してる。」
いつからだろう流の隣が心地良いと思い始めたのは。
いつからだろう流と出逢えてよかったと思い始めたのは。
いつからだろうこんなにも流に感謝するようになったのは。
でも、そんなことどうでもいいのかもしれない。
今が一番大切なのだから。
流や、皆といる時間が一番大切なのだから。
廊下から声が聞こえた。
白蓮と希羅と竜臣、慶だ。
俺が起きてるの見たらどういう反応するのかな。
ちょっと楽しみだ。
部屋の戸が開いた。
雅を見るなり、4人は固まった。
「み、雅・・・・?」
最初に口を開いたのは希羅だ。
「おはよう。」
雅は、4人に向かって笑ってみせた。
「雅いぃぃぃぃぃぃぃぃぃっ!!!!!」
そう言って駆け出してきたのは白蓮だ。
その白蓮に向かって、雅は口元に指を当て、「しーっ」っと言った。
きょとんとしている白蓮に、雅は自分の膝の上を指し示した。
雅の膝の上に頭を乗せ、流が眠っていた。
「流、疲れてんだ。ずっと俺の傍にいてくれたから。だから、眠らせてやってくれ。」
「ずいぶん優しいじゃない。何かあった?」
いつもの雅なら流を突き飛ばしているであろうこの状況に、希羅はうまくついていけない。
「そうか?でも・・・・気づいたのかもしれない。流の存在の大きさに。流には言わないけどな。」
そう言って、雅は笑った。
そんな雅に、希羅は「ふーん。」と相槌を打った。
「ま、何はともあれ、体の方は大丈夫なんでしょ?」
「ああ。」
「まー、雅がそんな簡単に死ぬはずねーしな。」
そう言うのは慶だ。
「人を不死身みたいに言うなよ。」
「雅、そういえば智華が心配してたぞ。お前、嘘ついただろ。」
「嘘?」
竜臣の言葉を、雅は聞き返した。
「痣、ぶつけてできたって。」
「あー・・・・・」
そういえば、そんなことを言ったような気がする。
「帰ったらちゃんと説明しろよ。」
「あぁ。」
『帰ったら』
帰る場所があることが、こんなに嬉しいことだったなんて。
「雅・・・・目が覚めたのか・・・・」
雅の様子を見に来た眞南斗が、ほっとしたような口調で言った。
「父さん・・・・」
「調子はどうだ?」
「うん。大丈夫。」
「そうか・・・よく、頑張ったな。」
そう言って、眞南斗は雅の頭を撫でた。
かけがえのない親子としての一時だった。
「流君は・・・疲れているようだね。どこか他のベッドに・・・・」
「いや・・・・」
眞南斗の言葉を、雅が中断した。
「いいんだ、このままで。」
「そうか。」
雅の言葉に、眞南斗は微笑んだ。
「じゃぁ、雅。どこか具合が悪くなったらまた来なさい。」
別れの日。
あれから色々と検査した結果異常がなかった雅は、「BLACK・MIST」へ帰ることとなった。
「うん・・・・ありがとう、父さん。今度、ご飯でも作りに来るよ。」
「楽しみにしているよ。」
雅の言葉に、眞南斗は嬉しそうに微笑んだ。
「雅。」
雅の名前を呼んで、眞南斗は雅の体を優しく抱きしめた。
「しっかり、強く生きるんだよ。これからも。」
「うん・・・・!」
雅は、抱きしめ返すことで自分の心を眞南斗に伝えた。
「流君、雅を頼むよ。」
流に顔を向けて言う眞南斗に、流は黙って頷いた。
「じゃぁ、父さん。そろそろ行くよ。先に帰った白蓮も待ってるだろうし。」
「ああ。あ、そうだ。雅、これを。」
そう言って、1つの小さな紙袋を雅に手渡した。
「・・・・?」
「これは、本当はあの日・・・あの事件の日に雅にと思って買ったものなんだ。持っていってくれ。」
紙袋の中には、可愛らしいテディベアのぬいぐるみが入っていた。
「うん・・・大切にする。じゃ、また。」
「ああ。」
「・・・・雅、本当に良かったの?」
車を運転している流が、おもむろに聞いてきた。
「何が?」
「お父さんと、一緒にいたかったんじゃないの?」
それを雅が望むなら、無理は言わない。
それが雅の幸せならば。
「何言ってんだよ。」
雅は、呆れたような口調で言葉を吐き出した。
「言っただろ?俺の居場所は流、お前の隣だ。」
雅は、流の目を真っ直ぐ見据えながら言った。
流は、その言葉に一瞬驚いたような顔をしたが、すぐに微笑んだ。
「そっか。」
そんなことを言われると、自惚れてしまうではないか。
心の中で、呟いた。