炎を燃やす少年は思う。今日も今日とて、変わらない。
 いきなり掃除を始めた主は、今、汗だくで荷物を片付けている。
 汗をたらしてまでそれをする姿は珍しいけれど、彼女は変わらない。
 周囲がどれだけ言おうと弱く、言ってしまえばダメなままだった。

 それなのに楽しそうな姿に、思うことは特にない。
 主がそうである理由を考えることも、ない。
 ただ、少しだけ。己が恋する少女の甲斐甲斐しさを思いだし、心が曇った。

 炎を司る少女は思う。まったく手間のかかる奴ら。
 床に雑巾をかける主と、その脇でなにやら騒ぐ仲間たちを見ながら、少女はそう嘆息する。
 騒がしくて、くだらない言い争いばかり。それを収めることをちっともしない主。
 その姿を見ていると、しっかりしなければと思った。

 だから、あれやこれやと尽くされると戸惑うしかない。不愉快でもあった。
 自分はしっかりしているだろう。しっかりしていなければならないのに、と。胸がひどく痛んだ。
 けれど、そう思った最初のことを―――本当に、本当の最初を。最初に手を差し伸べようと強く思った、彼女を思えば。
 きっと、はやく。しっかりしていない自分がいた方がいいのだと、知っていた。

 風をまとう少年は思う。ああまったく、馬鹿らしい。
 執念深いだのなんだといわれ、怒る少女と、それにぎゃあぎゃあと言い返す少年。
 ああまったく、なんて。馬鹿らしいのだろう。
 そんなことを飽きもせずに繰り返して、なにが楽しい。

 馬鹿らしい。
 そうとしか思えないのに、楽しそうに見える光景から、少年はそっと目をそらす。
 それでもじっとよった眉は、長い髪が隠した。


 大地に遊ぶ少女は思う。今年も春が終わる。

 主に付き合い、少し前に自室も掃除した時に出てきたものを、ぼんやりと見つめる。
 少し力を込めれば儚く壊れてしまうだろう、ドライフラワー。
 これは、大切な花だ。大切な思い出があって、枯らすことができなかった。
 色褪せ乾いた花はそれでもあの日の形のまま、そこにある。
 いっそ憎らしいほどそのままのそれをそっと持ち上げる。
 感じるのは、すぐにでも砕けそうな乾いた感触。
 力を込めて、壊すこと。壊してしまうこと。
 どうしても、それが出来なかった。

 少女は自問する。
 一体私はなにが欲しいの。

 欲するは一番に愛されているという事実。
 それだけのことがとても難しいことを少女は知っている。
 ましてや、彼が相手ならなおさら。
 だから彼にすることは恋情から来るものなどではない、そんな虚しいことはするものか。
 だから諦めているのだと、そう信じている。

 光を宿す少年は思う。ああ、もうすぐ夏が来る。
 
 ぼんやりと見つめる先には、楽しげに歩く主。馴染み住人の集うカフェに行くのだ、と嬉しげだった。
 相変わらず頼りない彼女だけど、随分とよく笑うようにはなった。
 その笑顔が、とても好きだと思う。
 胸高鳴ることはありえないけれど、それはあまりに確かな真実だ。
 そっと足を早める。
 並んで歩き、笑い合うこと。
 それは間違いなく幸福だ、だから、壊すことができない。

 少年は思考する。
 俺の欲しいものはなんだろう。

 欲するは誰かに必要とされること。
 居場所が欲しかった、だから。
 だから、今、幸せだと思う。彼女が大切だと思う。
 それだけで、それ以上の答えなど、いらないと思っていたけど。
 けれど、幼い夢は、いつか…―――
 彼は思い、
 それでも目を閉じた。

 青を纏う少女は思う。ああ、何度目の夏だろう。
 
 傍らを歩く光龍に出会って、いくつかの季節がすぎた。
 出会った頃となにも変わらない、騒がしい声。
 それが、とても嬉しくて、好きだ。
 胸高鳴ることはありえないけれど、あまりに暖かな感情が、浅はかな感傷が、胸を焼く。
 そっと夜の空を眺める。
 輝く月は明日への道標。暗い空は、もう怖くない。
 そのことの示す意味に気付いているけれど、この時を壊す決心はつかなかった。

『見て見てメー君、君のお嫁さん候補』

 少女は嘆く。
 ああ、あの日、私が傷つけたのはどちらだったのかと。

 薄闇になれた目はその光は眩しくて愛しくて。
 どこかで間違ったのに。
 なのに傍にいる彼を手放すことはとても難しい。
 だからこそ嘆きは深まるのだと、知っているのに。

 夜は、まだ、明けない。

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