リビングの床に広げた黒い布と、目標の服が描かれた本を前に、考える。
 シャツはまあうまくいった。次はワンピースに挑戦したい。
 けど襟とかレースとかは難しいからなぁ。さてうまくいくかな…
 思っていると、声がかかる。
「…ご機嫌ですね」
 降り返る。
 なにやら感心するようにつぶやく風矢君がいた。

ろくにん暮らし その5

「ご機嫌って、そんなにご機嫌に見えるの、私?」
「ええ。まあ。そうですね。割と」
 なんだか曖昧なことを言って、風矢君が座る。
 私の向かい側に座った彼の手には、ぬれタオル。それで手を拭いた彼は、改めて聞いてくる。
「またなにか作るんですか」
「うん、また作るよ。けど今度はワンピース、メイド風。
 風矢君も、またなんかケーキ焼いてるんだね」
 本当に甘いモノ好きだなあ。
 彼の作るケーキは不恰好だけど味はまずまずなので、みんな喜ぶだろうし、いいけど。
「前回評判だったのでパウンドケーキ再チャレンジです。
 …そんなことより、今度は、ワンピースなんですね」
「なに、その奥歯にものがひっかかったみたいな言い方。どうかした?」
「いえ。さすがにアレが哀れではなかろうかと、ちょっと同情なんてしてしまいましたよ」
 アレ。風矢君が心底嫌そうな顔で言う、アレ。
 そんなの答えは一つで、思わず笑ってしまいそうになる。
「いくら私でも、メー君にそんなもの着せようとはしないよ」
「それはいいですね。目に暴力ですので」
「今はまだ」
「今はまだ!?」
「万全の状態のものを差し出したいもの」
「どこから来るんですかその情熱!?」
 冗談っぽく付け足してみると、いい感じに焦った声が聞けた。
 …風矢君は。物腰クールっぽいし、言動もそれっぽいのを目指しているのもわかるけど、中身は、こう。
 どっちもどっちだね、とか言ったらすごい嫌な顔されそうだから黙っておこう。
 うん、さすがにアレよりは色々とマシだしね。言わないよ。
 だから話を変えようと、本をばさりと広げる。
 そこにあるのは、今作っているものの完成図の写真だ。
「これは緋那に着てもらいたいの。だから頑張って作るよ!」
「…楽しそうですね」
「楽しいよ。すごく」
「はたから見てると、こんな面倒なこと、よくやるなと思ってしまいますが…」
 微妙に苦笑を交えて、風矢君
「なによ自分だけ大人ぶっちゃって。馬鹿な口喧嘩で壁まで破っちゃうくせに」
 なんとなくむっとしたので、先日のことを蒸し返してみた。
 すると彼は笑顔をみるみるひっこめて、渋い顔。
「…馬鹿と話した所為でつい程度を合わせてしまったんですよ」
「話すだけじゃなくて、馬鹿なことまでしたじゃない。
 ダメだよ。風矢君は人の家に住むにしてはおっきいんだから、むやみに龍に戻っちゃ」
「……反省はしましたよ」
 あ。でもまたするだろうな。
 今こうして話題に出てきただけでこうだもん。
 まったく何がそんなに気に入らないんだろうねえ、分る気がするけど。
「…あの馬鹿で思い出しましたが、先日のあの浮かれポンチな恰好はなんだったんですか」
「やだなあ、人が一生懸命つくったのを浮かれポンチとか。似合ってたでしょう?」
「似合ってましたかぁ?」
「ホントは君にあげたのとおそろいにしようかと思ったけど、わざわざやめたんだよ? 可愛く作ったの」
「その恐ろしい思い付きが実現しなくてよかった」
「案の定きゃんきゃん言われたけど…可愛いと思うんだけどなあ、メー子ちゃん」
「なあ、って。あなたはアレをどうしたいんですか…」
 すごく嫌そうにぼやかれた。
 どうしたいと聞かれても、困ってしまう。
 だから、メー子ちゃんにしてみたいんだけどな、ってしか言えないし。広場でもたまにそういうことしている人いるしさ。
 メー君も、似合うと思うんだけどな。華奢だし。女顔ってわけじゃないけど、化粧とかすると化けそうだし。
 生意気っぽくていい感じで一定の層に人気ある感じになると思うんだけどなあ。
 ふうと物思いに沈んでみたりすれば、彼は大きくため息。
 ものすごく疲れた感じで、やっぱり嫌そうな感じで。
 それなのに浮かべる笑顔がとってもやさぐれた感じだな、と思った。
「…まあ僕は貴方があれをどうしようと、関係ありませんし…何も言いませんよ」
「何か言いたそうだけどね」
「ええ、馬鹿とかアホとか言いたいですが。貴方に対しては黙っていましょう」
 今言っちゃってるよ、まったく。
 なんて突っ込もうと思うけど、やめた。
 代わりに身を乗り出して、彼の頭にぽふんと手をうずめる。
「ふふ。風矢君はよい子だねえ」
「よい子って貴方。人をガキのように言わないで下さいよ」
 疲れ切った声に、きゃらきゃらと笑っておく。
「よい子が子供とは限らないよ。そのくらいでむっとする方が子供っぽいよ」
 ああ、なんか最近似たようなことを言った気がするな。某メー君とか。
 けれど彼は某お馬鹿さんのように流されたりしなかった。
 むっと口を曲げたけれど、すぐに綺麗な笑顔で隠す。
 あらん限りに作り笑いだけど、さわやか好青年っぽくもある。
 …便利なものだね。笑顔って。そんな顔されたら、これ以上からむ方が馬鹿みたい。
「ではむっとしないで流しておきますよ。流したついでにちょっと出てきます。ケーキ焼けたら外に出して、粗熱とっておいてくれませんか?」
「そうだね。夜には食べたいし」
「ええ。…一晩おいた方がおいしいらしいですが、無理なんでしょうね」
「…やれやれとでも言いたそうだけど。アレ半分は風矢君が食べてるよね」
「そこそこ僕のお金で僕が作ったものですし」
 そうだね。小麦粉とかは共同だけど、バターとかフルーツとかは君が出してるね。
 私が言いたいのはそこじゃなくて一回でぱくぱく食べてるのは君だよって話なんだけどね。まさしくよい子の笑顔でぱくぱく食べてるって話なんだけどね。
 …ま、言うまい。
 クールぶりたいお年頃なら、見守ってあげなきゃと思うし?
 寛大だよね、私。
「うん。じゃあ取り出すのは任せといて。
 気をつけていってらっしゃい」
「はい。いってきます」
 すくと立つ彼を見送り、ワンピースの裁断に戻る。
 既にふわりと漂ってきている甘い香りと一緒のその作業は、とても楽しかった。

 ちなみに、この時点で、私は知らない。さわやかな笑顔を浮かべた彼が、とうとう自分用の小麦粉買ってきたりすることなんて。
 …私のこれも確かに『なにがそうさせるのか』だろうけど。彼のそれも割と他人のこと言えないと思うな。

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