うるさい方の馬鹿と回りくどい方の馬鹿もといメーと風矢が明けた穴は、その日の夜には埋まった。
こうして眺めてみれば、これまでの壁とは浮いてはしまっているものの、良い出来だと思う。
―――…風矢いわく。最初は散々でしたが教えられればそれなりですね。これを独学で綺麗にやってたアレはチートっぽいので確かにちょっと気持ち悪い気もしますが。
…が、に続く言葉は、予想できなくもない。
頑張ってますよねとかそういうこと言いたそうな顔をしていた。
メーとはとことんともかく言い争っているが、奴とは穏やかに話してるからな…たまに叫んでるけど。
なんとなくもやもやした気持ちを、ため息にしてはいてみる。
「緋那。どうしたの」
救いがたい方の馬鹿の声がした。
無視するのはさすがにアレなので、振り向いた。
ろくにん暮らし その4
振り向いて睨んだ奴は、今日も今日とて何を考えているのかわかりづらい顔をしている。
「壁。眺めてどうしたの」
おまけにぽつりぽつりといまいち脈略のない語り口だ。
やることなすこと唐突というか。足音殺して背後に立たないで欲しい。
…しかし、これを前にいったら、真顔でスキップしてよってくるようになった。怖かった。意識して静かに歩いてるんじゃなくて、素なのだとと言うことは伝わったが。
私が悪かったと謝ると、少し残念そうな顔をされた。
…いや。今はそんなことより。
「うまく直したものだなと思っていたんだ」
「二人ともそこそこ器用だからね」
…自分の教え方がうまかったとか、手柄だとかは言わないんだな。
だからほめろとでも、言うかと思ったんだが。つくづく分らない。
「続ければ上達すると思う」
「続けてほしくはないよ。お前止めろよ」
「貴女がそう言うのなら」
ほんの少し見直したりしていた気持ちが、すぐ萎える。ぐにゃりと潰れる。
―――重い。
真っ直ぐな眼差しとかわずかに熱っぽくなった声とかが、とても。
「…お前、それはやめろと言っているだろうが」
「それって」
「私が言ったからとか、そういうことを言うな。私は、お前に、なにも、強制しない! そんな間柄じゃないだろう!?」
言ってみたけど、そういうことを強制する間柄ってどんなんだ。指示を無条件に飲む存在。
順当に考えれば主だろうか。ダメだ。頭にかなたが浮かびつっこみしか浮かばない。あのほにゃらと頼りない上にずぼらな生物の言うことをいちいち無条件では聞いていられない。真人間にしなければ。
「そんなことを言われても。貴女のお願いは叶えたいし」
「なんでそうなる」
「貴女が好きだから」
聞きなれてしまった言葉に頭痛がする。嘘くさい。ありがたみがなくて、信用しづらい。少しは照れてみろ、そういうことを言うときは。
…でも、こいつにとっては。
連れ合いってそういうものなのだろうか。
なんでも言うこと聞くのが当たり前の存在なのだろうか。
…趣味じゃない。
「……私はお前が好きになれない」
「いつか好きになってもらいたい」
そんな日は来ないぞ、今のままだぞ。
じろりと睨んでみても、奴は何も変わらない。
ぼんやりとした顔の中、目だけはちょっとキラキラしている気がする。
…本当に。本当に。訳が分からない。
「お前本当にそればかりだ…」
「今回はそればかりじゃなくて。壁の出来具合改めて確かめようと思ってきたんだけど」
「…それは、邪魔して悪かったな」
「別に邪魔じゃない。見たかっただけ。一晩たっても特におかしな点はないんだから。大丈夫」
ぺたぺたと壁を触りながらの言葉に、何とも言えない気持ちになる。
こいつ、本当に私を悪く言わないな、というか。
…私ばかりが悪く言いまくって、性格が悪くなった気がする。
だから嫌なんだよな、こいつと話すの。
しかし。だからこそ。ここは一つ、仕方ない……
「…心配せずとも綺麗に直ってた。すごいな。三人とも」
三人、を強調して言ってみた。
すると奴はきょとんとして、次の瞬間ぱっと笑う。
…安上がりな奴。
「見直した?」
「少し見直したところでお前への印象は底辺だ」
「それでもいいよ。前進したなら」
お前が進んでいるのは茨の道だろ。きっとお前ばかり傷つくような。
救いがたくて度し難い馬鹿に、重いため息が漏れる。
すると僅かに心配するような顔をされる。心配そうだとわかることが、はっきりと不快だ。
不快感のままに無言で背を向けても、何も言われないあたりも、同様だった。