がつんがつんと壁に金槌をたたきつけていると、釘が切れた。
手元にはないが、風矢の隣にはあった。
…手、届きそうにねぇな。
「オイ風矢」
「オイは必要なんですか、普通に呼べませんか」
「てめぇこそ普通に答えろよ。いちいち鼻で笑うなよ」
「普通に笑ってますよ。被害妄想でしょう」
「俺だって普通に呼んで―――」
「そんなことより手。動かすといいよ。二人とも」
言いかけた言葉をさえぎって、にょっとグラスが差し出される。
「そんな調子じゃ終わらないだろう」
珍しく気遣いっぽいセリフを口にしたベムは、『と、磨智はあきれてた』と続ける。
珍しいセリフはやっぱり本人のものではなかったらしく、なんとなく脱力した。
ろくにん暮らし その2
「…ベム。お前手伝わねぇのかよ」
「僕は壊してないし。マスターから珍しく命令があったよ。絶対あの二人にやらせろって」
あ。かなたが本気で腹立ててる。使うの嫌いなフレーズ出すほど腹立ててる。
…前の住人のそのままもらったんだが、気に入ってたからな。ツギハギになったら、腹も立てるか…
「『絶対嫌がる顔してるだろうから指さして笑ってきてよ』とも命令されたけど。君たち二人見ても何も楽しくないから笑えないね」
反省したが、口にはだしたくねーな。
指はさすなよ。指は。
「ったく。どっかの誰かがケンカ売るからこんなことになったんだよ。ちっとは手伝えよ」
「そうですね。どっかの誰かがケンカを安売りするのでつい買ってしまった。困ってるので手伝ってくださいよ」
「…そうだね。新しい喧嘩を初めてまた壁が壊れると。さすがにマスターが哀れだね。手伝うよ」
ベムの表情は乏しい。読みづらい。
けれど、今、はっきりとわかる。
めちゃくちゃ、心から呆れらていることが、よーくわかる。
…これも風矢の所為だ。畜生。
ちっと舌うちすると、はもった。もはや言わずもがなで、顔を合わせるとお互い嫌な顔しかできないのが分かりきっている。どうにか黙り、手元の釘だけ見ていおいた。
「メー。その持ち方は曲がる。まず少し打ってから、ちゃんと真っ直ぐに打て」
「…おう」
相変わらずやる気のない口調でのアドバイスだが、多分もっともだろう。
…こいつ、緋那に貢ぐって言って、色々作ってるからな。あんま効果ねーみたいだけど。
「…文句言いつつ手伝うんですね、ベム」
律儀だなとでも言いたげな、毒のない口調。
お前そういう風にも喋れるんじゃねーか畜生という気持ちには、ならなくもない。いやどうでもいいことだけどな。
けれど。
「うん。君もメーよりはマシでもたいして手つきよくないし。そんなんで適当に直すとすぐに痛むし緋那が悲しむ」
そんな感心的なものをにじませた声に返るのは、あんまりにあんまりなセリフだった。
「お前それ以外の尺度ないのか!?」
「ないね」
「い、言いきりましたね…」
なにがこいつをそうさせるんだろう。
思いっきりどん引いて、ともかく怪しんでいる緋那の気持ちもわからなくはない。
…悪い奴では、ないんだろうけどな。
しっかし、あんなにあしらわれてこの反応ってさ…
「幸せな竜ですねえ、君は」
まさしく心の中で思っていた言葉が、風矢の口から放たれる。
心臓に悪いし気分が悪い。なぜこんなに悪くなるかは、もうよくわからない。
がん、と適当に無理やりたたきつけた釘が曲がりそうで、そっとため息をつく。
「うん、とても幸せ」
「いや、お前それでいいのかよ。風矢のアレは明らかに嫌味だろ。もっと何か言いかえさないのか」
「言いかえして君のように馬鹿な口論をして、壁を壊すのはちょっと。嫌」
「ついにお前まで馬鹿だと…!?」
「言ってないけど、いつも思ってた」
「私だって、口に出すのはだいぶ回数押さえてますよ。これでも」
「そろってまてやお前ら!」
思わず金槌を放りなげて指さす。
いつもの無表情のベムと、しれっとした表情の風矢は、何も言いかえさない。
目が語ってるけどな!
嘘ついても仕方ないでしょう的な感情を、雄弁に!
あー畜生、腹立つ奴らだな…!
「お前ら俺にあれこれ言えるほど頭いいのかよ! 似たよなもんだろうが!」
「学力的な意味ではまあ、無学な竜ですので、否定はしませんが。性格は一緒にしないでくれませんか」
「なんでお前の反論はいちいちクドクドかったるいんだ! はっきり言えや!」
「一緒にしないで下さいよ。馬鹿」
「ホント簡潔にまとめやがった!?」
そして常に薄ら笑いだ。そうか。こういうのが嘲笑っていうんだろうな。手本にしたいよ。したくない。
「なんなんですか。まとめろと頼まれたからまとめたでしょう。何が不安ですか」
「お前のその顔はわかって言ってる! 分ってやってるだろう!」
「ええ、まあ。大体そんな感じなことを、否定はしません」
「否定しろよ!」
「正直は美徳というでしょう」
「性悪はどうあがいても美徳じゃねえ!」
「楽しそうだね」
この野郎と続けるより早く、声がした。
すでにかんかんと釘を打つのに戻っているベムではなく、とても聞きなれた声が。
風矢とにらみ合っていた目を、背後へと向ける。
お盆片手に能面チックな顔をして立つかなたがいた。
「その様子じゃこのおやつはいらねぇな。飯もいらない勢いか」
「すみません」
「すまん!」
謝る声がまたまたかぶる。
反射で睨もうとして、どうにか耐える。
「…マスターは馬鹿が馬鹿していることでとても頭が痛いよ」
「いや。お前までそんなバカって…」
「言うさ。言いまくるよ、何べんでも。…ホント、ちゃんと、やれやコラ」
お前女がそういう言葉使うな。
言おうとしたが、さすがにやめた。
無表情というよりはなんか色々焼き切っちゃった感じのかなたに向ける言葉ではない気がしたし、なにより。
深いため息をついた風矢は作業に戻っているので、さすがに。
さすがにこれ以上もめるネタを増やしたくねぇよ。俺も。いつまでも手伝わないと手伝わなかったことで喧嘩しそうだ。
ふう、とため息をつこうとして、やめる。
それはきっと先ほどの風矢と似たような感じになって、げんなりするような気がしたから。
その後、壁はきれいに直って。緋那は飯もオヤツもとっておいてくれたが。
その眼は割と結構冷たく、さすがに反省した。