それは、リビングで縫い物をしていた時だった。
「はぁ――――――――――――――ぁ………」
 台所から響いたため息は、それはそれは重くて憂鬱っぽかった。

ごにん暮らし その4

 今日は仮縫いまでいきたかったんだけどな、このシャツ。なんて名残惜しいところだけど。広げた布はささっと片付け、私は立ち上がる。
 そうして食器棚の前に立つ緋那に歩み寄り、彼女に呼びかけた。
「緋那。大丈夫?」
「何の話だ」
 体ごと振り向いて、最後だったらしい皿をしまって。彼女は疲れた口調で言う。
「うーん。すっごい長いため息ついてたけど、平気?って話」
 にっこり笑って聞いてみた。和んでくれたらいい的な気持ちで。
 すると彼女は眉を下げて、もう一度ため息。
 そのままリビングに向かって、床に敷いてあるクッションに座って。隣に座った私を見た。
「…お前から見て、私は平気に見える? それともしんどそう?」
 それは割と、私の口からは言いづらい。
 しんどそう一択なんだけど。そう伝えたらなんか落ち込みそうだよね緋那、って意味で。
 しんどいんだろうけど、それを人に見せて。心配なんてされたりしたら。落ち込むんだよね、緋那。
「……まあ、平気には見えないかな」
「……まあ、平気ではないから」
 言葉を濁してみたら、ふふっと軽く笑われた。
 笑ってるけど笑ってない、実に彼女らしからぬ表情だった。
「…疲れてるってベム君に言えばいいのに」
 そのことになんだか腹が立って、正直に言ってみる。
「疲れてるというとな……家事変わってくれてな……だから労わらわられたんだな……皿の裏の方、洗い方甘いから結局やり直したけど」
「…へぇ」
「文句を言ったら次からは気を付けると言われた。実際、改善してた」
「へぇ?」
 全然龍のいうことなんて聞いてないような顔と行動して、ちゃんと緋那の言うことは聞くんだ。
 ほんのちょっぴり小指の先ほど見直した後に、緋那の口から三度目のため息。
 不自然な笑顔をひっこめて、疲れた顔の緋那は言う。
「あの時はな、話せばわかってくれるのかと思ったが…
 贈り物をやめろといっても聞かないし。的外れな求愛をやめろよといってもきかないし。
 疲れている原因はお前の意味不明な行動だと言ってみてもめげないし。
 なあ、磨智。あの生命体何なんだと思う?」
 強いて言えば、アホな竜かなあ。
 なにしろ好きな竜にこんな顔させる竜だ。アホでしょう。
 言いそうになって、そっと飲み込む。そうかアホか知ってるとでも言いそうだし。大体答えなんて求めてなさそうだし。
 …意味不明な言動はちょっとだけ私の所為もあるかもだけど…だけど。
 おもしろくないし、緋那をとられるの。
 見極めたいし、ちゃんと任せられるのか。
 …とまあ、色々。色々と複雑なんだけど。
「緋那のことが大好きな竜でしょう、方向性はどうであれ」
 複雑だけど、そこを否定するのも、ねぇ。
 ……そこまで否定したら、さすがにちょっとかわいそうだもんね。
「方向性な…方向性は大事だな…」
「音楽グループさんも方向性が違うとわかれるもんね」
「ああ…別れるもくそも付き合ってない…付き合ってないのに好きあってないのになんだあの尽くしっぷりは…」
 あ、そんな話したいんじゃないとか突っ込まれると思ったのに、スルーされてしまった。
 というかいつもならそういうこと言ってくるのに、これは本当にお疲れだ。
 うーん。どうしようか。
「ねぇ、緋那」
「なに」
「お茶にしようか。そろそろ腹ペコマスターと忠犬メー公が帰ってくる頃だし」
 話題というか頭痛の種のベム君はなんかきのこ集めに行ったからちょうどいいだろう。
 …まあ、それをそそのかしたの私だけど。
「…そうだな」
 そそのかしたけど、今回はウソじゃない。緋那はキノコが嫌いなわけじゃない。好きでもないけど、旬のものだし。そこそこに、適度な量を集めてきたなら、感謝される。
 …だから今回はちゃんと言ったよ? キノコが旬だから集めてきたら喜ぶかもね、と。大げさじゃなく、正直に。
 それでどうするかはまあ、ベム君の自由じゃない。
 朝早く出て行っておやつの時間にも帰ってこないって、はりきってることが予想されるけど。
 …本当、アホなベム君。
「ったく。こういう肝心な時はいないし、本当に意味わからんあいつ…」
 緋那は誰かと一緒にあれこれした方が、好きなのに。
 だから、そんなの自分だけで集めてくるより、一緒に行こうとでも誘って、おいしくおやつ食べてくれるような龍の方が、緋那はよほど好くのにね。
 察しが悪いなあ。まあ、教える義理もないから黙っておこう。
 私は小さく頷いて、台所で冷えているはずのお手製ムースを取り出すべく立ち上がった緋那に続いた。

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