リビングのソファに座って、水で満たされたグラスを傾ける。
からん。グラスの中の氷の転がる音に合わせて、どこからか虫のなく声が聞こえる。
じりじりと振りそそぐ太陽は肌を焼き太陽を輝かせうん率直に言おう。暑い。むしろ熱い。
「メー君ここは一つひやーってするようなこといってよ」
「それはどういうことなんだよ」
どこかだるそうなメーの声が返る。
私はと言えば、特に気の利いた答えはみつからない。
ただへらへらと笑ってみると、嫌そうな顔をされた。
よにん暮らし その5
「んな顔をするけどメー君。君だって暑いでしょ」
「まあ暑いが。お前そのやる気のない恰好はどうよ」
私と同じく冷たい水を飲みほしたメー君は、なんか人聞き悪いこと言った。
「普段着です」
「普段よりだらけてるだろ、それでも」
「…こんな日に色々探索したり戦闘したりしたらゆであがってしまう。鎧を着なくとも」
「…まあ熱中症で死んだマスターの蘇生っていうのは病死で対象外になるかもだから、それでいいことにしてやるよ」
「なんだその上から目線…しっかし本当暑くて嫌になるねえ……」
水差しからこぽこぽと水のお代わりを注ぐが、もうすでにぬるい。怖い話である。初夏なのに。本格的なのが怖いね。
「ふ。いっそパッチーさんのような恰好になりたい」
「俺実巣に帰る、その時は」
パッチーさん。
番地上はご近所さんなのに、なんか荒野に住んでる、戦闘系のナイスガイである。
特徴。よく、褌一丁で町を歩いている。
…露出度の高い町だけど、あれは中々。中々。…慣れるまではインパクト強かったね!
…っていうか冗談なんだけどな。私も褌にはなりたくないんだけどな。
そんなにいやがるってあれか。メー君私をそういう格好しそうだって見てるんだろうか。心外だ。
「ねぇ、合法的にそういう格好できるところがあるよ」
「え?」
文句を言ってやろうかと口を開く、つもりが変わる。
振り向いた先の磨智は、楽し気に笑った。
「確かに合法的に半裸がいっぱいだねぇ…」
「半裸ってお前、もう少し言いようないのかよ」
「ボケだよ、つっこんで」
「んな暇ねーよ」
きらきら輝く海と、きらきら輝いてる水着の皆さんとを前に言う私に、メー君は腕いっぱいに抱えたラムネを下ろす。
そうして私の隣で荷物おいてる緋那に、
「緋那。ほかにない?」
「いや、他にはないよ。ありがとう」
「…ないのか」
「どうして残念がるんだ…、…ああ。まだ飲み食いしたいものがあるのか。止めて悪かった」
ぱたぱたと手をふる緋那の脇から、おっきな浮き輪を準備し終えた磨智が言う。
地龍である彼女は砂袋の所為で浮けないけど、海にはつかりたいそうだ。
「ふ。違うよ緋那。メー君のことだから水着の女子に囲まれる場所にいるくらいならこき使われたいってことだよ!」
「ば……っありがたがるような女子なんていねぐふ」
セリフの途中で、お約束に忠実な男が砂に埋まる。
その姿を横目に、私は買ってきてもらった焼きそばをすする。うまうま。
こういうのって割高だけど、うまうま。明日には明日の風が吹くから大丈夫だきっと。なにしろ最近防具代が浮いているからなあ!
「焼きそば大好きマスターと駄目メー君はおいといて、泳ごうか。緋那」
「そうだな。…かなた。焼きそば途中にするならちゃんとふた閉めてこっちの箱にしまってからにしなさい」
「いやさすがにそういうもの片付けないで遊びにいくほどだらしなくないよ私!」
「そうか…日頃の行いがあれだとつい」
「やめて! そこで『そこまでじゃなかったかあ』っていうあったかい眼差しやめて! これまでのわが身を振り返り心が痛い!」
「あはは。それは痛がらないとだめだねぇ」
胸を押さえる私を背中に、二人の姿が遠ざかる。
おそろいのワンピースな水着(緋那は赤い。磨智が白い。あとちょっとレース多い気がする)で、とっても仲良しな感じをまきちらしつつ遠ざかる。
ふふ。ほほえましいなあ――――…と、マスター馬鹿炸裂させたいところなんだけど、目頭あつい。
う。うう。従者がいい従者すぎてつらいというより、とてもおかんだ。
言い訳をするならおかんにこんなことを言われたことない。実家でそんなにだらしなくなかった。
…モノだって、そんなに持っていなかったから。散らかしようが、そもそもないんだ。
求めれば何かを得ることもできただろうが、口減らしにあわないのが運が良かったような人間が、自分のためのものなど、申し訳なくて―――……
………やめよう。
気をとりなおして、隣の砂山もといメー君が埋まった場所に声をかける。
「メー君メー君」
「…んだよ」
いやまったく一撃で沈めて砂までかけていくんだもんなあさすが地龍☆とか思ったらこっちもこっちでさすがに龍だ。ちっともこらえてない感じ。
…けどまあ、ちょっとは反省はした方が良いと思うけど、言うまい。
苦い顔はそれくらい分っていると信じておこう。だから。
「ラムネ飲むかい?」
「…それよりソーセージくれ」
ずりずり這い出て手を出す相棒に、てっとと串に刺さったソーセージを渡す。
緋那によって呼びかけられた炎の精霊さんが頑張ってくれているらしく、まだちょっとほかほか。まあ夏だしね。
それを一息にがぶがぶ食べた彼は、そのままぼんやりと空を仰ぎはじめた。…意外。
「メー君は泳がないの?」
もしや本当に水着の女の人に近づくのが嫌なのか。そりゃあシーズンだからそこそこにいるけど、まさか。そんな。いくらなんでもねえ?
「お前こそ泳がないのか。泳げないのか?」
…なんて失礼なこと考えてたら、もしかして気を遣ってくれてるんだろーか。これ。
「泳げるって。だから私海通って朝町に来たっていったじゃない」
「溺れて流れ着いたって聞いたけど」
「はっはっは」
とりあえず流れで答えてみたら、痛いところを突かれた。
よしここは笑ってごまかしてみせる…―――
「泳げるのに泳がねーって……怖かったりするのか、もしかして」
ことが、できない。
ため息をついても、隣を見ることはしない。
そんなことをしなくても、真剣な顔をしているだろうと予想ができる。
…泳げるのは本当なのに、心配性の従者である。
あれは仕方ないよ、着衣だったし。っていうか、酔ってたし。まったく、よく死んでないなあ、私。つくづく運が良いなうふふ。
…本当に、つくづく、運がいいな。
「いや。一人ならともかく、今は怖くないね。ただ焼きそば食べたいかっただけだよ」
得難い従者を得た喜びをかみしめて、正直な言葉を告げる。
すると彼は笑って、安心したように笑って。
「それならいいけどさあ。なら泳げって話だろ。うっすい布着てばくばく食うと腹出るのわかりやすいんじゃね?」
「私の感動を返せこのくそ光龍」
笑ってんなことをいうんじゃねーよこのアホが。
言葉にする代わりに、素早く栓を抜いたラムネをつっこんだ。
盛大にむせる姿に、わりと溜飲が下がった。