ごほり、と咳き込むと、喉のあたりに血の味が広がる。
命の味と表現するには生臭く苦しいその感覚に、眉をしかめる。
ああ。蘇生というのは。何度繰り返しても、慣れない。
ふたり暮らし その5
傍らのメー君に、そんなことを告げてみる。
すると彼は露骨に嫌な顔をして。
異なる種族で、わかりにくい表情が。露骨に嫌がっているとわかるほどに顔をしかめて。
『人間がんなことに慣れるな』
と、そんなことを言ったけど―――
「ねぇメー。君はよく私に人間だというけれど、君の言う人の定義はなんだ?」
少し前に、彼はそんなことを言ったけど。
私にはよくわからない。人としての定義が。
『…かなた』
「この町に来てからよく考えるんだ。
人を人たらしめるものはなんだ?
この脆弱な身体の構成か? 飯を食わねば動くこともままならず、汗水たらして汚れていくこの肉体か。
それとも、魂のありかたか? 私の目には映らない、この魂は他のそれと違うのか。
あるいは、各々が内に秘めたプライドなのか? 人として生きるというその決意なのか?」
私の肩をつかむ龍へ語り掛ける。
乾いた喉を動かして、くじけそうな心を鼓舞して。
「なあ、メー……」
私は、人の証明が。できないのなら、いっそ。
『かなた!』
いっそ、と続けるより早く、強い声で呼ばれる。
私の名前。
別に偽名でもなんでもない、私の。なんの異能も重い家名も背負わぬ、ただの人の名前。
『そんなん俺にはわかんねーけど一つ言える!』
なにも持たない人の両肩を、龍が強くつかむ。
この肩を軽く砕くこともできるはずの手は、それでもただ少し痛みを与えるだけ。
まるで何かを訴えるかのように、わずかな痛みを与えるだけで――
『カビ生えたパンはやめろ! お前の人間の、いや生き物の尊厳的に!』
痛みを与えるだけなんで私の空腹の前には無力です。
だからその手をはなすんだメー君。
そして私に落ちているこのパンを拾わせるんだメー君。
大丈夫大丈夫三秒ルールというものがあるじゃないか。これは実は三秒前に落ちたものかも、しれない! 確かにカビ生えてるけど!
そんな決意を込めて、私は彼を見つめ返す。
きっと清い。私の目は今めっちゃ清い!
「大丈夫万一の時も毒殺は蘇生の対象にならぁ!」
『やめてくれ俺がつれていくの恥ずかしい!』
「断る!」
『やめろ!』
「8時間! それでも8時間後には自然蘇生がきくからぁ!」
『かなた! 確かに刀と鎧いっきに壊れて色々厳しいのはわかる! わかるが捨てるな! 人の尊厳! ちょっとならともかくそれほぼカビじゃねーか!』
「よく見ると具みたいに見えてきた!」
『お前の目は節穴だ!』
「生きるのに貪欲なのさぁ! けっ。尊厳でお腹はふくれないねぇんだよ!」
『そんな決意に満ちた目でかびたパン見るな! それは拾えない食べれない! そんなにひもじいのがつらいならいっそ戦闘して死ね!』
「主に向かって死ねとはひどい従者がいたものだなあああああ!」
『いきなり切れるなよもうお前のテンションがわけわかんねーしともかく休めよ!』
この後しばらくぎゃーぎゃーわめいていると、通りすがりの町の人がご飯を分けてくれました。
人のやさしさが心にしみます。
心にしみて涙が出てきました。
「う。ううう。いつかお金持ちになるもん」
『…うん。金って大事なんだな』
しみじみとつぶやくメーに、半分だけパンをちぎっておく。
空腹でうつろだった意識で考えたことを、少し思い出しながら。
人を人としてたらしめるもの。
龍を龍としてたらしめるもの。
そんなもの私にはよく分らないけれど、すきっぱらのパンがおいしいのくらいは一緒じゃないだろうか。
―――そのくらい一緒なら、こうしてともにいれるから。
あんなにわめいても見捨てないでくれる、得難い隣人を得たりしたのかなと、思ったりした。