探索中のある日、おぐ、と変な声が聞こえた。
 振り向いた先には、最近は随分と見慣れてきた銀色の龍。
『かーなーたぁああ!』
 随分随分見慣れてきた彼は、聞きなれたトーンでうめきをもらす。
 まあ、つまり。  今日も彼は何やら腹を立ててるっぽいよ。困ったねぇ。

ふたり暮らし その2

 初めて出会ったあの日から、しばらくたった彼は。とても元気になった。
 元気というのは消極的な表現で、実際はこう、やかましく怒るようになった。
 おこりっぽいなあ。性格が攻撃的な龍ってみんなこうなんだろうが。まあ、どうでもいいけど。
『かなた! お前のよこしたグベバの実、すっごいくさってる!』
 なんて思いつつも、今日も怒鳴っている契約龍を見つめる。
 ずいずいとこちらに歩み寄ってくる龍の手には、つぶれた実。
 あ。確かに腐ってる。腐ってる。けどまあ、この実ってさあ。
「それはあるあるだよ。どんまい☆メー君!」
『なにそのいい笑顔!? 龍に腐ったもん食わせた詫びとかは!?』
「え。なに。お詫びと賠償を請求か。心の狭いメー君だ。
 しっかたないなあ。じゃあげるよ。ほら、新しいグベバの実だよ」
『明らかに悪くなっている色のものを差し出すなよ!』
 私の差し出したグベバの実(このあたりでよく取れる)は、べちんとつっこみがてら落とされてしまった。
 むう。食べ物を粗末にするとはなにごとか。
 ここはマスターっぽくお灸を据えるべきだろうか。いやマスターらしくなんてなりたくないけどさ。
「ふっ。てれなくてもいいよ。君の好物だろう?
 好物だと、私が決めた」
『びくびくびくびくびびってたアホが変に開き直ってアレな感じになりやがって…!』
 けど、からかってはみたい。
 そんな心にさせられるとっても真面目な龍は、チッと舌うちした。
 …私がびくびくしてた頃は苛々してたのに。現金な奴だなまったく。
 っていうかびくびくするにきまってるじゃないか。伝説の生物なんて、家にいたら。
 …いや。本当は。
 おびえていた理由は、別。だけど。
 すいとそれる思考を、再び響いた舌打ちが打ち消す。
『そんなしみったれたツラすんな。こっちがしみったれた顔したいつーの』
 …なんだか日に日にガラ悪い感じになる龍は、それでももしかしたら優しいのかもしれなかった。
 私、しみったれた顔なんて、してたんだ。
 そんなことを聞こうとして、やめた。
 代わりに、なおもぶつくさ言うくせに歩き始めた彼の背中を、そっと追いかける。
 そうして探索再開しないと、ご飯なんてどうにもならないし。
 気遣ってくれたのならば、答えたいと思ったから。


 ―――と、きれいな話になるようにきってみたけど。その後も釣果は散々でした。
 いや釣果違う。拾い果?
 町にやってきたばかりのしがない新人。しかも手に職がない戦闘系の、主な収入源は探索だ。
 今日来たのは、他の町ならなんで落ちてるんだとつっこんでつっこんでつっこみまくらなきゃいけないような貴重品も落ちている森なんだけど…
 今日は、小銭とグベバの実とステラしか拾えなかったとさ!
 いやステラ!ステラはいいものだよ!色んな色のを12個集めてもっていくと、なんと金塊とかになる! でも!
『かなたぁ。今お前ステラいくつもってる?』
「今拾ったの合わせて二つ。どうやっても今日中にそろわないね。私、お腹がすいて力がでない」
『…だろうな』
 諦めたようなため息をついて、傍らに龍が腰を落とす。
 …うーん。二本足のでっかいトカゲを見慣れるまでは、わりと違和感があったのだけれども。
 慣れてきたから、よくわかる。
 目がすわってるよ、メー君。
『結局グベバの実か…』
「今日はパンもないね…」
 もしかして運が悪いのだろうか、私。
 こ、この町に来るとき、使い果たした、とか?
 …ありそうで怖い。
『まともな飯がくいてぇ』
 心当たりを探しちゃったりしている間にも、彼のうめきは続く。
「…いや。別に。基本食わなくても大丈夫なんだろ、龍は」
 隣に座って、つぶやいてみる。
 じとりとした目を向けられた。
『契約しなきゃな。
 今はいるよ、飯』
「…っち」
『舌打ちするなよ』
「ぐー」
『腹を鳴らすなよ。こっちもならしてぇよ』
 じとりとすわった目のままで、億劫そうにメー。
 あきれてると全身で語りまくるその様子を見ていると、こう。
 こう、さすがにくるものがある。
 だって!
「なんだよ! 私だって最近主食はグベバの実なんだから!
 私だってたまに結構腐ったの食べてる! 君ばっか文句言うな!」
 お腹も減るし、悲しくもなる。
 けどまあ叫ばないのはこう、余計お腹が減るからで!
 …つーか今メーに叫んだらお腹減ってきたよ。私も飯が食いたいよ、まともなの。
 ずるりとへたりこんでみる間、メーはなにも言わない。
 意外に思って顔を上げると、驚くほど真剣な顔をした彼と目が合う。真剣だとよくわかる、顔に出会う。
『なあ。かなた。お前人間なんだろ?』
「うん? うん。そうだよ。とっても人間」
 いきなり聞かれた当たり前のことに、首を傾げてみたりする。
 いやそりゃあ、このあたり、人型の人じゃないのがたくさんいるけれど。
 最初にそう説明したのに、何を今更。
『人はもろいんだろ。あんまり無茶するなよ。  お前中でもひ弱そう』
 何を今更、気にしているのか。
 そう思っていた私に、その言葉は意外だ。
 気にしている、じゃなくて。
 気にかけられる、なんて。
 じわり、と胸に広がる感覚は。とても。
「メー君……」
 苦くて、甘くて、息がつまって。
「…き、君に優先的にくさったの回して…あまつさえ名前をかわいいからそのままとかで定着させた私に…
 なぜそんな優しいことを…!?」
『優先的だったのかよ!』
 まともな言葉なんて言えないから、とりあえずごまかしてみた。
 狙い通りつっこむ彼に、今度は笑えた。
 くつくつ笑って、目の端ににじんできたものをぬぐって、落ち着いた頃に、ため息をつかれる。
『…俺は、つーか龍は人ほど簡単にはくたばらねぇよ。  まあこの町なら変なもん食って死んだは…蘇生対象になるだろうが。それでも気ぃつけろよ。万が一があるだろ』
「…目つきの割に案外心配性だねえ。君」
 ため息と一緒に降ってきた言葉に、今度は笑えてきた。一度ひっこんだ苦笑が漏れてくる。
 すると彼はむっとしたように、こちらを指刺してくる。
『契約中のマスターが本当の意味で死んだら、契約してる俺にもどんな影響があるかわかんないんだよ。
 だからあほなことされると俺の身も危ない』
「そういうものなの」
 便利なようで不便な種族だなあ、契約龍って。
 …なんで、わざわざ契約してくれたんだろ、メー君は。
 私と会う前までは、数日間暮らした人がいたのだという。
 ほんの数日で、しかもこの町の人ではないといっていたけれども。
 …なんで、その人じゃなくて私だったのかな。いやまあ、その人とは龍屋に来た時に別れてる。
 いや、でも。と。
 延々と続きそうな思考を首を振って終わらせて、ぱたぱたと手をふる。
 どんな理由かは知らないけれど、一緒にいてくれる彼を安心させるために。
「けどまあ、大丈夫だよ。
 この町きてから…いや。トレハンめざし初めてからかな。私、なんか胃腸とか丈夫になった感じ!」
『ああうん…そういうスキル、最終的に得るからな…今途中かもな…?』
 安心させるためなのに、なんか悲痛な感じの声出されました。
 本当なのに。信じてないのだろうか。
 ちょっとヤケはいってるけど、本当なんだからいいじゃない、みたいな。
「それに私は丈夫だぜー。なんたってここに来た時なんて漂着だからね! 海から! 打ち上げられても平気だったよ!」
『お前…そんなアグレッシブなたどり着き方してたのか…?』
「仕事失敗してね、むしゃくしゃしてた時、いかだっぽいの売りつけられて、酔ったノリで修理してやった! 一時期後悔したが、今はしてない!」
 だからさらに続けてみると、もうなんか憐れみっぽい視線を感じた。
 …龍の顔は、わかりにくいって思ってたけど。
 わかりやすいな、こいつ。
「丈夫だろう」
『いばんなよ』
 胸を張る私に入るつっこみも、やっぱりわかりやすい。
 シンプルで、気持ちがいい。
「…ま。実際昔は身体弱くてねぇ。一日ほとんど寝ていていた時期も、あったけど…
 大きくなるにつれて、わりと丈夫になってね。
 今は割と健康体さぁ。だから気にしないでよ」
『……そうだな。お前が弱いのは身体じゃあなくて頭だもんな…』
 だからついゆるんだ口が、余計な言葉を吐いたけれど。
 さらりと流れることに、安心したので。
「じゃあメー君。この明らかに持つと柔らかいこれは仲良く勇気をもって半分こにしよう!」
『持つなそんな勇気!』
 冗談を言ってみたら、やっぱり怒られた。

 唇をひんまげれば、冗談に聞こえないといわれて、やっぱり笑えた。
 ひもじくて中々みじめっぽくはあったけれど。自然と、笑えた。

 

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