庭で空を見上げると、ぬけるように青い。
ひゅるりとふく風は冷たいけれど。どこかすがすがしい。
いい天気だなあ。さわやかだなあ。
気持ちのいい秋晴れだ。
…気持ち、いいんだけど。
「ベム君。なに燃え尽きてるの」
ベンチに身を預けてというか、沈めて。
虚ろに空を見つめて。
死んだ眼をみせていたベム君は、ぎこりとこちらを向く。
…本当に、ぎこりって感じに。生き物っぽさを捨てて。
深まる赤
「…磨智」
「な、なあに?」
なんだかからくり人形ちっくなベム君は、私の名前を呼んだきり喋らない。
どんよりじっとり淀んだ目で、こちらを見る。
「…私、最近は君になにもしてないじゃない」
気持ちが悪いというよりは、わりと怖い。
そんな目を向けられる筋合いはないはずだ。とりあえず最近は。
だからうんざりとかえしたのに、彼が笑う。
ふ、と。
壊れたような、という形容が似合いそうな、乾ききった表情。
「……むしろ……」
大事ななにかが乾いて砕けたようなその顔のまま、彼は続ける。
「僕がなにかやりそうになったら、ぶんなぐってほしいな…」
「ベム君…」
なにをやらかす予定なのか。
なにがあったのか。
分かるようなわからないようなそれから目をそらし、ただ呟く。
「緋那だね?」
「うん」
確かめるまでもないことだ。彼がぶっ壊れる理由など、それ以外ないのだから。
…最近、少しずつ仲睦まじくなり始めた彼と彼女。
それでも付き合ってはいないらしい彼と彼女。
…正直そう思ってるのなんてもう緋那だけなんじゃないかなって感じの二人。
…うん、色々と複雑だけど。もうそうとしか言えないような空気が漂ってるんだよね、最近。
付き合っているというよりはこう、なんだか、夫婦みたいな。
だから嬉しがるようなものなのに、最近のベム君はたまにぐったりしてる。たまに壁に頭をうちつけてる。前はたまに壁をなぐっていたけれど、今は自分でうちつけてる。
あげくたまに額を割って、マスターがものすごく怯えている。壁についた血は自分で淡々と処理する姿が、また怖いと。
それというのも。
「緋那は……………
あんなに警戒心がなかっただろうか」
「少なくとも君には長いことすごく警戒してたね」
最近、わりと無造作に触れ合ってるというか。距離近いというか。
ベム君がぬれて帰ってくれば、わざわざふいてやろうとしたり。疲れたようにしていれば、額に手を伸ばし熱を確かめ。うなだれていれば背中をさする。
うん、なんていうか。
ぺたぺたと触られてるね。
で、今も似たようなことがあったんだろう。
「…君やマスターがべたべたべたべたいちゃいちゃくっつくからじゃないか。彼女がああなの」
「だって仲良しだもの」
笑顔で答えれば、じっとりとした目が湿り気を増した。泣きそうな顔だ。
彼の言葉は割と的をいている。
主にマスターに対して、彼女はそんな感じだった。
しかし問題が一つ。
マスターは女の子だけど、彼は男の子。
しかも緋那が大好きな。肉体年齢18歳くらい。
…まあ、酷だよね。
「……このままじゃ僕は一人死ぬかも知れない」
「死因は?」
酷だよねと思うので、笑い飛ばさずに付き合ってみた。
ほら、話ていると少し楽になるかもしれないじゃない。
「ときめきによる動悸の激しさ」
「死なないと思うよ、そんなんじゃ」
けれど、ときめきとかまったく縁がなさげな暗い声色には、さすがに笑う。
いくら竜でも恋が原因では死なない。
恋を成就させるために死ぬけれども。恋に破れて死ぬ竜もあるだろうけれど。
好きな竜に優しくされてときめきすぎて死んだって話は、さすがに聞いたことがない。
……あれ。でも倒れた程度なら見たことあるな。
くっつくと赤くなって蒼くなってばたんきゅーな竜を、よく見ているような。
…………。
…まあ、それでも死んでないし。死なない死なない。
なんとなくむなしい気持ちになって、そっと目をそらす。
「磨智。伝えてよ。あんまり急に近づかれると。僕、心臓もたない」
「やましいこと考えるからだね。もっとこう、清らかに余裕ある気持ちで嬉しがればいいのに」
「今更友達から始めろと言われても。無理」
まあ、だろうね。
分かりきったことなので、これ以上は言うまい。
今回は、色々緋那がむごいというか酷だ。やっぱり。
決して悪いわけではないけれど。うん。なんていうか。
哀れというか、自覚を持つべきではあるよね。見ててはらはらするし。
でも。
「そこは気合で頑張ってよ。男の子じゃない」
それを素直にいうのは面白くないので、笑って告げてみた。
だから困っているのに、と呟く声は、聞こえないふりをした。
だって困られてもね。
私にはどうしよもないことでしょう。
どうしよもないことなのだけれども、まあ、興味はなくはない。むしろある。すごくある。
「緋那ー」
だから、実際に聞いてみることにした。
「なんだ?」
ソファに座っていた緋那は、そう言って少し体をずらす。
設けられた一人分のスペースに座り、にっこりと問いかけてみる。
「ねえ、聞きたいんだけど」
「なにを?」
「緋那は、ベム君好きなの?」
唐突なはずの言葉に、彼女は何も言わない。
一度驚いたように瞬きをして、すいと目をそらす。
「…好き、というか。………好きというか」
額にしわをよせて、唇を押し曲げて。
いかにも悩んだ風情の彼女は、ため息のように言う。
「…他の奴とくっつかれたら、悲しいなとおもう」
「……ふぅん」
ちょっと意外だ。悲しいとか、思うんだ。
じゃあ好きと言ってもいいようなものなのに。
また変なこと気にしてるんだろうな。
いやあいつほどではないし、みたいな。どうしよもないことを。
…彼が緋那に向ける愛情は、なかなか重く珍しい種類だから、比べたら勝てる日なんて来ないと思うけど。
というか、感情に重いだの軽いだのと言っても、仕方ない。
そんなことを気にしはじめたら、私は。私の方が。
…いや、まあ、そこはいいけれど。
「じゃ、将来的にくっつく予定はあるんだね」
「……」
とりあえず重要なことを聞いてみた。
まあ、なんというか。今さらではあるけれども。彼女がそれを自覚しているというか、目指しているのかは知らないし。
改めてその気があるっていうのなら、いいかな、と思う。
ぐったりじっとりしている彼はかわいそうだけど。そういうつもりがあるのなら、まあ大惨事にはならないだろう。
赤い顔でそっぽを向いていた彼女の顔が、ぎぎっと戻る。
「……その、ある、けど。…いや。ある、から」
じこちないというかわたわたって感じで、緋那が言う。
かわいい。
まったくもう。なんでベム君なのかな。と思わんでもないけど。まあ、そこは仕方ない。色々と。
「だから、少し優しくしようと思って」
「ああ…だから…」
だからああなったと。
うん、すごく優しいね。緋那は元々優しいんだけどね。
―――でもね、緋那。もう少し方法考えようよ。あっちは色々意識してるから。
そう告げるより早く、彼女が言う。だから、と。
「お前を見習ってみた」
……わあ。これは予想外。
私そんなことしてな、……してなくもないか。真っ赤になって慌てふためるメー君、面白いから。
ああ。うん。認める。そうか。少なからず私のせいなんだ。
「なにか問題があるだろうか」
「問題はないけど、ある程度段階踏まないとダメみたいだよ」
「段階?」
何のことだと言いたげな顔に、これから彼の伝言を伝えるのはなんというか、面倒そう。
面倒そうだけど、伝えておこうか。
その手のことでもめるのを見るのは、色々と嫌だし。
でも。
今緋那の言ったことを、彼には決して告げずにいようと思う。
その方が面白いのもあるけれど、なにより。
そんなこと言われたら、余計もだえる羽目になりそうだもんね、ベム君。