「最近さあ。かなたがおかしいんだ」
「そうか。あいつ、もともとどっかおかしいよ」
「まあ…そうだな」
 いやまあそうだけどさ。
 洗濯物とりこむ手くらいはとめてやってもいいんじゃないか。緋那。

誰がためのブザー音

「なんかすっげえ思い立った表情しててさあ。たまに背中まるめてるしさ。
 やっぱりおかしいだろ」
「…そっか。言われてみれば、ふさぎがちだな」
「……なにか、あったのか」
 あいつが落ち込む理由なんて…結構あるけど。
 いや、結構あるからこそ、あんなに引きずる意味がわからない。
 いつもは数日そういうことがあっても、甘いもの食べるところっと直してるのにな、機嫌。
「聞けばいいんじゃないのか。そこまで気になるなら」
「いや、聞いたんだけどよ」
 あまりに長引いてるから、心配になった。で、聞いたのが今日の朝なんだけど。
「…『ワタシなんでもないですですよう』と、謎の言葉を」
「あいつ、隠し事する気ないんじゃないのか」
「ああ。俺もそう思う」
 そう思ったら馬鹿らしくなって、それ以上聞けなくなった。どうでもよくなった。
 んだが、その後もあんまりに暗い顔をしているから。また気になった。
「……そういえば、今日も姿が見えないな」
「…ああ。外出も、増えたな」
 まさか、外で危ないことでもしているんだろうか。
 …いや。それなら。危ないことをしているなら、誰か連れて行くだろう…?
 あのへたれが一人で無茶な真似など、するはずが…ないと思うし。
「…ま。かなたが帰ってきたら聞くことにする。やっぱり気になる」
「ああ。そうだな。なにか悩みがあるなら、聞いてあげればいいし」
 おう、と軽く手をあげ、外に向かう。散歩にでも行こう。
 …なら磨智を誘うか、と思って、やめた。いないんだった。
 そういえば昼食べた後、楽しそうに出て行ったからな。新しい布でも入るのかな。
 ……後で、よってみようかな。
 考えると、顔が熱くなる。むずがゆい。
 誰かに見られる前にばしんとたたいて、玄関を出た。


 しばらく町をふらふらして、気づけば広場の近く。
 そこにいくつか出た出店を見つけて、近づく。喉が渇いたので、何か飲みたい。
 そう思ってよっていったジュース屋は、それなりに行列だ。
 …なんか、人多いな。今日。イベントでもあるのかも。たまに有志が劇したりしてるしな。あり得る。
 なんにしろ、待ち時間は暇だ。周りをぐるりと見回してみる。
「んー…」
 あ、太陽さんに咲良。
 と、パッチーさんのちびっこだ。
 ……うーん、引率する姿がしっくりと似合うな、咲良。太陽さんはこう、わかんないけど。
 しかし。
「…デート、っていうより、でかけてるだけかな」
 パッチーさんちの用事に、咲良が付き合ってるのかもな。
 なんて思いながら、順番を待つ。それにしてもなんか今日は人、というよりはちびたちが多いな。
 そんなことを思う間に、ブザー音。(ただし、誰かが口でいってるっぽい。経費削減?)
 そして、振り向いたその先に、目を疑う光景があった。
 目をごしごしとこすって、何度も瞬きをして。それでも消えない、夢のような、いや悪夢のような光景。
 広場で上映されてるのは、どうやら子供向けのショーらしい。それはいい。疑問が消えた。あ。ふっとばされた悪役メフィストさんとアレンだ。これ闇龍演技隊提供なのか。
 いや、それもいい。なにもかも、いい。
 問題は――――主演と思わしき、魔法少女とやらの姿。
 背中からじっとりと汗がふきあがり、無事購入したジュースの入ったコップがつぶれる。こぼれる中身がもったいない、などと。思いつくことも、ない。
 なぜなら、その姿は。
 その姿は!
「愛ある限り戦いましょう。空に月があるかぎり」
 その姿は、磨智が喜びそうなふりふりにかざられていたけれども。
 いつもならはかないような、短いスカートはいていたけれども。
 変なステッキをもっていたけれど。
 その姿は。その姿を。
「…かなた?」
 見間違えることなどできなくて。
「美・魔法戦士少女カナリアン! 参上!」
 俺の相棒何やってんの!?
 口に出したはずの声は、はしゃぐちびっこの声にまぎれた。

 それからのできごとは―――…
 言わぬが花というか、直視できないというか。
 飛ぶし光るしなんていうか龍の協力者の影も見えますねというか。
 俺の相棒、まじなにしているの、というか。

 …公演が終わってからも、正直、こう。
 混乱しているというか、肩から力が抜けるというか。俺どうしよう。
 様子が変だった理由は、きっとあれだろう。そして、多分隠してたんだろう、あれでも。
 なら、どういう顔であいつに会えばいいだろう。
 ベンチに座り、空を見上げる。そこに答えなんてないのだけれども。
 どうしよう。すべてを忘れて、帰るべきだろうか。
 でもな。あれの衣装、磨智が作っている気がする。すごく、磨智の手が入ってる気がする。
 じゃあそのうち目に入るだろうしな。今日まで俺が知らなかったってことは、たぶん磨智も隠してやってるってことなんだけど…うん。
 そのうち買い出し手伝ってー。って言われそう。
 そうなると目に入ってしまいそう。
 ならやっぱり今のうちに…
「メー君?」
 いうべきか、と思った瞬間。背中から声。
 恐る恐る振り返る先には、いつも通りのかっこうのかなた。
 でも。
「なななんなんなんなん、なんでここさいるんですかい?」
 かなたが壊れた。
 やばいばれた、より先にその言葉が浮かんだ。
「か、かなた、俺は」
 立ち上がり、なにやらかたかた震えはじめたかなたにかけよる、かけようとして、制された。
 あげた手と強いまなざしは、こちらに来ると命じてくる。
「イエスかノーで答えろ。
 見た?」
 ……お前のそんな壮絶な顔、初めて見た気がする。
「……子供、喜んでたよ」
「イエスかノーっていっただろうが!」
 だからできる限り気を遣ったはずの言葉に、崩れ落ちるかなた。
 がたがたと、体の震えは大きくなり。なんかもう見ていられなくて、近づいた。手を貸してたちあがらせようとした。
 だが。
「いい?」
 がっしりと手をにぎったまま立ち上がらない相棒は、どんよりと濁りきった目を向ける。…怖い。
「いい!? あれは私が自発的に考えたことじゃないの! 望んだわけじゃないの! ただ色々、いろんなことが重なって! そしたら闇龍劇場で上映の運びになっちゃって! 真夜さんがすごくいい笑顔で! パッチーさんが主題歌まで作りはじめて! 周りがあおりにあおって! ちっさいこは喜んでくれるし結構な額になったし正直ニートな生きざまをさらす身としてはおいしい話で! でも嫌で! 辞めます言おうとすると、やっぱり真夜さんが笑顔で! アラン君はなぐさめてくれて! でも悲しくて! しかし手にはお金が! でも嫌で! そういえばさっき通りに見覚えのないかわいい子を見たの新人さんかしらドラゴンさんかしらなんにしろかわいいかったなあ紫髪でね、うふふ紫いえば羽堂さんもかわいいけど私を指さして煽るからかわいいっていうかなんて言うかでね? その脇で朱音さんにはかわいいは正義だから大丈夫とか言われてね? もうなんのこっちゃと。でもね、お金が必要でね? イソレナさんは羽堂さんが楽しそうだからきっと絶対こっちに来てくれないしね? 乾さんに助け求めようと思ったらね、参加者側に組み込まれててね? もう次回から傷をなめ合うしかないらしくてね?   そして御金が。ああもう、傾き続けてゆく天秤、その左皿が沈み切る前に、力づくでも浮き上がらせるだけの金が、右皿には必要だったみたいなあああああああああ!」
「かなた! もういい! 色々俺が悪かったから! 黙って! 深呼吸して! かなたー!」
 もうわけがわからないから! っていうか明らかに無理してるからその長いセリフ!
 赤くなって蒼くなって涙まで流し始めたかなたに、こっちが泣きたい気持ちになった。


「…お、落ち着いたか?」
「落ち込んだよ」
 公園のベンチにこしかけて、ココアを握らせて。
 先ほどよりは少し戻った顔色のかなたは、それでも目が死んでいた。瀕死だ。どんよりだ。
「………もう私かまぼこになる」
「かなた…」
 それはどういう落ち込み方なんだ…
「すり身になりすべてを忘れたい…」
「ぐろいこというなよ!」
 再びがたがた震えはじめた肩をがしりとつかむ。
 ふつふつとわき出る笑い声は、止まる気配がない。
 怖い。
 俺の相棒、なんかすごく怖い。
 それでも見捨てることなんてできるわけもなく、手を引いて帰路につく。
 いつのまにか嗚咽っぽいくなった声に、やっぱり何も言えなかった。

 …そんなおかしな状況で帰れば、もうなにがありましたと宣言しているようなものだ。
 そうなると、やっぱり協力してた磨智がネタをばらして。
「お前が身を粉にしてまで家計のことを考えていたなんて…感動した…私も頑張って応援するから、な!」
 そんな感じに張り切っちゃった感じの緋那と。
「マスター! あのね、あのね、真夜さんにいい布買ってもらったの! 受け取っていいよね! マスターは水色と赤色どっち好き!?」
 既に次の話まで決めてる磨智による、全面バックアップが、確立して。
 風矢は黙って痛ましい感じの顔で出ていったけど、止めることはないだろうし。ベムは余計に止めるわけがなくて。
 その、俺も。…いや。しかたないだろ。抱きつかれて『私すっごく楽しい、むしろ幸せ』とか言われたら! とめれないだろ! 止めたらずっと離れないだろあいつ!

「私はもう…どこにいくんだろう」
「か、かなた……」
「どこに…いけるというの…?」
 死地に向かうような顔の相棒に向けることのできる言葉を、俺は知らない。
 知らないけど、なんというか、こう。
「お、俺は見てないふりするから! でもお前にちゃんとついていくから!」
「でも磨智ちゃん止めてはくれないのよ。メー君のあほう。磨智ちゃんのしもべ…」
 しくしくとののじを書く主の、背中はエビのようにまるまって。
 見ているといろんな意味で涙が止まらなかった。

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