「怪談がしたい」
 怖がりなマスターは、それでも怪談というものがお好きらしかった。

ある夜の出来事

 まあ、怪談がしたいと。突然そんなことを言われたところで―――僕たちにも予定とか色々あるわけで。
 当然つっぱねたんだけど。
「マスターとして命令します♥ 怪談に、つきあえ」
 そこまで必死に告げてくる彼女がなんとなく哀れになって、僕は頷いた。
 他の面々も似たような気持ちなのではないかと、思っている。

「…というのも…この間怖いことがあったのです…」
 ろうそくの明かりを囲んで、みんなで床に坐って。
 顔を突き合わせているのは、それなりに雰囲気がでているかもしれない。
 でたらなんだという話だが。オカルトなんてまったく意味が分からず、どうでもいいことだ。……怖くなんて、ないんですよ。うん。
「私が眠っていたその時―――…声がきこえるのです…
 はんにゃーはらみーたー。はんにゃー、みたいな」
「はあ、つまり、どっかの国の祭司様の文句が聞こえてきた、と」
「…そう。お坊さんのお教と言うらしいの」
 おどろおどろしい感じの口調のマスターに、気のない返事を返す磨智さん。
 …あ、でも緋那さんそのわきでちょっと青い。…怖いのか。意外だ。
「それの聞こえる方に、私は行きました―――」
 なおもマスターの声は続く。ずずい、と身なんて乗り出しながら。
 ざあ。
 外で、風が吹いた。
「ベム君が一心不乱に唱えていました」
 その沈黙を挟んで告げられた言葉に、少し言葉を失う。
 けれど、それは、本当に少し。一瞬のこと。
「なんでだよ!」
「ある意味怖いですけどなにしてんだ君!」
「……」
 メーと僕の言葉に、ベムはつい、と恨めしげに磨智さんをみる。
 ああ。分かった。なんでそんなことしてたのか分かった。もうきかなくてもいい。
「磨智が、緋那の好みのタイプは般若心経唱え尽くすタイプ、って…」
 聞かなくていいし、言わなくてもいいだろうに。
 素直に告白するベムに、緋那さんが眉を寄せる。
「信じるな。馬鹿が。不気味だよ」
 あ、へこんでるへこんでる。友として少し哀れだ。
 磨智さんは嬉しそうだ。…よほど、緋那さんをとられたくないんだな。
「そうそう。私も怖いこと、あったよ?」
 上機嫌なまま、磨智さんが手をあげる。
「ある夜、喉が渇いておきたの。そしたら、リビングに灯がついてて、ね」
 明るく軽い語り口が、不意に低くなる。
 いつも浮かべている笑顔も、ろうそくの明かりの下だと妙に陰影がついて―――…いや怖くはないですよ。どうせたいしたことじゃない。
「でも、誰もいる気配はないの。存在感が、薄いの…」
「…へえ、それで?」
「うん、そこには、ね―――― 一心不乱に緋那の写真見てるベム君がいました」
 本当にたいしたことなかった! どうでもいいことだった!
 っていうか。
「それもう悪口じゃないですか、磨智さん…」
 思わずつっこむと、緋那さんが首をふる。うわあ表情冷たい。
「いや、怖い話だろう。…こいつの存在が」
「冷たい」
「黙れ126番地の怪奇現象。写真は渡せ。燃やす」
「え……」
「お前が燃やすんでもいい」
「もったいない」
「気色悪いこと言うな!」
 延々と続く冷たいやりとりを哀れに思ったのか、メーが、そういえばさ、と声をあげた。
「じゃあアレもベムか?
 この間おきたらさあ。庭になんか光の球が浮いているんだよ。その中に人の顔が浮かんでてさあ。若干びびったんだけど、お前の手品?」
「…それは、どちらかといえば光龍のやりそうなことだろう?」
「……え?」
 俺、そんなことしてないけど。
 呟く顔は怪訝げで、嘘の気配など微塵もない。
 そんなものベムだって同じで、誰も何も言えなくなる。
 しん、と落ちる沈黙。響く風の音。…うん、これはなかなか。…雰囲気あるかも。
「…わ、わすれましょう!」
「なーに風矢君、怖いの?」
「青い顔でなにいってるんですかかなたさん! あなただって怖がってるでしょう!」
「こ、こわ。怖くなんてないなんてことがなかったらなんだっていうのよ! 失礼な従者ね!」
「かなたお前、自分で言いだした企画で涙目になるなよ…」
「馬鹿! 怪談が怖いからこそ、楽しいのよ! 怖がるのが楽しいのよう!」
「なら人の肩をつかむな! めっちゃ震えてるじゃん!」
「うああん大体メー君の所為よー!」
 がくがく震えているマスターに、僕は黙って溜息をつく。
 あれが怖がっているというリアクションなら、僕は怖がってない。
 僕は非現実的なことが嫌いなだけだ。
 そう、非現実的なことが、嫌いなだけ。
 それだけですよ。本当に。

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