まだまだ暑さの厳しいある日。風矢は1人の少女をつれてきた。
銀色の髪と白い肌。真っ青な瞳がなんとなく涼しげに見えることもないが、本人はそんなこと関係あるまい。
目をきらきらさせ話しかける磨智に目を瞬かせる彼女。そんな2人に笑顔だか苦笑だかよくわからん表情を浮かべる風矢。
なんというか、あれはあれで楽しそうだ。
私はと言えば、腕によりをかけてみた魚のフライが乗ってた皿を片づけつつ、仲睦まじそうに寄りそう2人を見て、思った。
「………めでたいよなぁ」
「…それ、メーと磨智ん時も言ってたよ、貴女」
思わずしみじみと呟いた言葉に、ベムがぼそりと呟く。
その声に、かつてのように拒否反応を覚えることはない。
けれど、それだけで。
それだけなことに、ほんの少しだけ、心のどこかが痛んだ気がした。
迷子のサイコロ
「っていうとまるで私がアレになびいたようだ…!」
「…なに1人でぶつぶついってるんだよ、お前」
背中から声をかけられ、窓を拭く手を止め振り向く。
怪訝そうな顔のメーがいた。
「…呟いてたか、私」
「うん、たなびくとかアレがどうとか。色々」
「そ、そんな変なことを!?」
「まぁ、内容はよくわかんねぇけど」
「…そうか」
肝心なところが聞かれていないようだから、それでよい。
そっと呟いて、嘆息する。
けれど、メーは怪訝そうな顔のまま。モノ言いたげだ。…怪しませたのは私だが、何を言っていいかも分からない。
なんとなく落ちる、気まずい沈黙。耐えきれなくなったのは、私だった。
「…いや、…風矢が、嫁つれてきたじゃないか」
「え? もう式挙げたの? 俺呼ばれないほど嫌われてんの?」
そんな残念そうな顔をする辺り、こいつと彼はそこまで嫌い合っているわけでもないのだろう。…なのにもめるなんて、物好きな奴らだ。
こっそりと思いつつ、いいなおす。
「…じゃあ恋人でいいよ。ともかく連れてきただろ。小町」
「ああ…つれてきたな。…水鳥娘」
言いつつ、後頭部の辺りを労わるように撫でるメー。やけに憂いを帯びた声に、そういえば、と思いだす。
「そういえば、お前の髪を延々ぷちぷち抜いてく奴、昔いたな…」
メ―を小さっいメーベルドーとそのまますぎる名前で呼び、よじのぼったりしていた彼は、そういえば彼女と顔が似ている。表情もちょっと似ているかもしれない。ああそうだ娘なんだな。あの野生動物と変な少女の。懐かしいな。
「そう、できるならあいつにもうちっちゃくないと言いたかった気もする。つーか抜き返しときゃよかった…で、それがどうした?」
どうした、と言われても。…どうしたという話ではないから、話辛い。
なんとなく黙ってしまうと、メ―はぽんと手を打った。
「あ、お前結構オカルト嫌いだからびびってるとか」
「…びびってはいない」
確かに嫌いだが、オカルトとかそういうわけが分からないのは大っきらいだが。
「…めでたいじゃないか。怪しいのは確かだけど」
…わけわからないのは嫌いだが、同居人がそりゃあもう未だかつてないほど幸せそうな顔で見つめている少女を、一身上の都合で嫌う方が嫌だ。…彼女と話す時はそういう話がこないように先に違う話をふろう。そうしよう。
密かな決意をこめてそう言えば、彼はこくり、と頷いた。
「まぁ、めでたいな。普通に」
うんうん、と頷く顔は、ちょっと間が抜けている。
「で、めでたいから、なんだよ」
それなのに、最初の話題を忘れない当たり、こいつは変なところで抜け目がないのかもしれない。
…磨智と付き合ってから特に、なのは。あいつに似てきたということなのか、以前の鈍さがフェイクだったのか。……どっちもかもしれないな。
いや、しかし、今はそんなことを気にしている場合ではない。
「…それは」
最初に、昼食のことで悩んでいて、とでも良かったのだ。こんな風に口ごもれば、言いにくいのだと白状しているようなものだ。
こんな風にしているから、追求の眼差しは強くなる。廊下の壁に軽くもたれた彼に、ここから動く意思は見えない。
「………それは」
すごく、言いづらい。
けれど。しかし。もはや言わないわけにも、いかない。
「…そ、れで。…ベムがすごく落ち込んでるじゃないか」
「…落ち込んでるつーか、妬んでるつーか風矢に嫌がらせはじめたつーか…?」
首をひねる彼に、私は頷く。
おめでとうの言葉と共にパイを投げつけたことからはじまり、ちくちく変につっかかる。…あいつが意味のないことをしてるのは何度も見たが、露骨に機嫌が悪いのは初めて見た。
ふとした時―――というより主にカフェ帰りやでかけてきたとき…ようは小町に会ってきた後に態度の悪いベムを受け流す風矢でもなく、嫌みを言いあっている光景は―――珍しくないものになってしまった。
「え? 責任を感じてんの? そんなことの?」
「…本来ならあいつが勝手にやったことで責任を感じる必要はないが、その、…私、あいつとの約束、一個先延ばしにしてしまっているんだよ…」
「なんで。…お前できない約束なんてしないだろ?」
「…まぁ、な」
正確には約束ではなく賭けだとは、言えない。人の恋路でそんなことをしていたとは、決して。…言わない方が悪い気がするが、今気にするべきは違うことだ。
あいつは、イラついているのではないだろうか。
賭けは賭けで、あまりほめられたこととは思えない。しかし、約束であることも確かだ。それに反応しない私に、そろそろさすがにイラついたのではないだろうか。
イラつかれたからといって、傷ついているわけでは…ない、とは言いきれないのが、なんだか一層申し訳ない。中途半端だな。私。
無視しているわけでは、ないのだ。
ただ、思い浮かばない。彼から今更してほしいことは、なにも。
いつもいつも―――先回りして気を配られているから、今更見当たらないのだ。
「…けどさぁ、あいつ今更約束先延ばしになったくらいで風矢にあたるか?」
「…じゃあ何か別件で仲が悪いのか、あの二人」
「……風矢のノロケにイラついてるだけじゃねぇの?」
あいつ恥ずかしげもなくそういうの口にするし、とメ―。
…もしも、それが本当ならば。
「……恥ずかしげもなくそういうことを言う奴が嫌なら、奴はまず自分にイラつくべきだ」
時も場所も選ばないで大輪の花束持ってきてみたり踊りだしてみたりハトを出してみたりする『求愛』の方が、恥ずかしい。色んな意味で。
ずきずきと頭が痛んだ気がして、額に手を添える。目を逸らして窓を見つめれば、眉を顰める自分が映り込んでいた。
「あいつは……」
なんであんなに気が利くのに、そこだけは治らないんだ。昔から言ってるじゃないか。恥ずかしいから止めろと。
「…もう、分からない。ちぐはぐすぎる」
あれで周囲に気を配っているのも、…私をなにより大切に思ってくれているのも、分かる。
けれど、本当に、分かられているのだろうか。
あいつが…好いているのは、私、なのだろうか。
『つまらなくなんてない。
…貴女はやさしい』
ずっと前、仲互いをして、あいつを迎えにいった。あのまま終わるなんて、どうしよもなく嫌だったから、そうした。
初めて触れた震えた声に、繋いだ手に、確かに距離は近づいたと思ったのは、事実。…けれど。
『…僕は、貴女が、好きだ』
駄目だ、どうしても、考えてしまう。あいつの好意に嘘がないと思うほど、そう思う。
―――お前は、初めて会った時に、勝手に作りあげた『優しい炎龍』が好きなのではないか、と。
お前に優しくできない私は、本当は。…本当は、違う龍のようなものだろう、と。
「…分からない」
でも、そんなことをいったらあいつを傷つける気もして。
あいつが傷ついたら、悲しいんだろうなとも思って。
本当に……なにも、分かりはしない。
「…ちぐはぐって、お前もじゃねえの?」
「…そうかもしれないな」
内心の独自を見透かされるような言葉に、苦笑が漏れる。
他者―――しかもメ―から指摘されるほど分かりやすいのか。
「分からないものには、近づかないのが一番楽だろ。なのにんなに悩むのはおかしくねぇの?」
「いや、あれだけ…色々言われれば気にはなる…お前と一緒にするなよ…」
思わずじとりと睨んでしまう。
家中巻き込んで大騒ぎしなければ考えることすらしなかったこいつにそれを言われても、少々説得力に欠ける。
「…ともかく、約束は早く果たさなければいけない。そのことを考えていただけだ」
「んなに思いつめなくとも」
「良くない。…まぁ、話を聞いてもらって助かったよ。…あとは自分で考えるから気にするな」
「でも、緋那、お前」
「気にするな、って言ってるだろ。…考えたいんだよ」
「…そっか」
なら、止めれないな。
ぽつりとこぼれおちた言葉は、どこかさびしげに聞こえた。
らしくもないやけに落ち着いた響きを、少し意外に思った。
窓を拭き終えた布を持って、リビングへと降りる。
そろそろ昼飯を作るか、とそう思って、いたのだが―――
「君の今の物言いも恩着せがましいですよ!」
下から響いた苛立たしげな声に、思わず足が止まる。
…風矢?
階段にかかっていた足を進めることができないでいる内、どすどすと登ってくる音が聞こえる。
ひょっこりと顔を出すのは、不機嫌な顔をした風矢。彼は私に気付くとはっとしたような顔をして―――顔をしかめた。
「…どうかしたのか」
「私は何も。ベムが、どうかしているんですよ」
慇懃無礼な口調とそれにそぐわない言葉もまた、こいつが苛立っている証拠。
それがあいつの所為だと言われ、なぜか口が開きそうになった。
すまない、と。
言ってしまいそうになった。
内心に広がる、奇妙な焦り。私は、あいつをどうしたいというのだろう。
分からないから、一層焦る。けれど。
「…あいつ、最近機嫌悪すぎでしょう。振り回される方が、迷惑です。…貴女が言ったら少しは聞くかもしれませんから、伝えておいてください」
けれど。
「…ああ」
頷いて、下へと向かう。
ああ、どうやら。これ以上ゆっくり考えている暇などない。
胸の内だけで呟いて、軽く額に触れる。
汗ばんだそこに、小さく苦笑が漏れた。