「お前はいいよなぁ」
 居間で花をいけている準備をしていると、唐突にそう言われた。

笑顔のウラガワ

「なにがいいんだ」
 問いかけると、テーブルに膝をついたメーは小さくため息をおとす。
「だってお前と喧嘩しても、磨智は根に持たないじゃん。
 こないだ喧嘩してたのに、もう全く気にしてねえだろ」
「…そういえば、そうだけどな」
 いきなりなんだ。
 内心の言葉が顔に出ていたのか、メーは補足するように言った。
「俺はめちゃくちゃ根に持たれてるぜ? じっとりと」
 なるほど。確かにこいつに対する態度はじっとりという言葉も相応しい。
 けど。
「でもお前に対するあれはじゃれてるって感じだろ」
 じっとりというより、ウキウキと言う感じだと思う。
「…そんなこと」
 ないだろ、たぶん。ぼそぼそと呟き、頭を掻くメー。
 私はパチンと最後の花の茎をおとす。そのまま水をたっぷり含ませたスポンジに突き刺す。うん、完成だ。夏っぽくていい。
 密やかな満足を得てから、改めて向き直る。
「そんなこといきなり言うってことは、またなんかしたのか、お前」
「なにかしたのは俺に決まってんのかよ…」
「でも、お前だろ?」
「…俺かもしれはいけど」
 言って、メーは目を座らせる。といっても、元から目つき悪い方だけどな、こいつ。でも、顔に出るから分かりやすい。
「でも、喧嘩ってほどじゃねぇよ。あいつが勝手にへそ曲げたんだよ」
「…今度はなに言ったんだ」
 うんざりとした気持ちで尋ねれば、急に赤くなるメー。お前からふった話じゃないか。恥ずかしがるならふるなよ。
「…それは、その」
「なんだ、鬱陶しい」
「あー…でも俺が言わなくても磨智が言うんだろうしなぁ…」
 苛々と待つ私に、彼はこそこそと周囲を伺ってから、声を潜める。
「…海に」
「海」
「今度、2人で行こうって言って」
 2人に、のところで、その声は一層小さくなった。照れるポイントらしい。付き合うようになってから随分経ったというのに、まったくいつまでも暑苦しい奴だ。
 …でも。
「…別に変なこと言ってないじゃないか?」
「だろ!? あいつも途中まで嬉しそうだったんだぜ!?」
 同意を得て意気込むメー。けど、今不穏な一言がついたような。
「途中?」
「…水着の話したら急に不機嫌なったんだよ!」
 わけわかんねえ、と吐き捨てる彼に、私はしばし黙って考える。
 水着。そしてこいつとあいつが喧嘩。そうか。
「それはお前がなにか言ったな」
「断定!?」
「だってそうだろ。お前のことだから」
「……っ」
 わからない、と言いつつも心辺りがあるのだろう。メーはうっと呻いた。
 そのまま黙り込む彼に、今度は私が溜息をつく。
「…仕方ないから最後まで聞いてやる。なに言った」
 それでも、メーは黙ったままだ。けれど、やがて言葉を探すように目線をさ迷わせてから、呟いた。
「あいつが、水着新調しなきゃって言うから…、そんな必要ないだろって言ったんだよ」
 …それは、なんとも変な話をふられてしまった。
 なんで怒ったのかは、なんとなく分かる。いや、怒ったというより、がっかりしたというべきか。伊達に長く付き合っていないから、ともかく分かる。
 けど、それを私が説明しなきゃいけないのだろうか。
「…お前は分かっていない」
 このまま目の前でうじうじされてるのも面倒だから、しなきゃいけないのだろう。
 そう結論付けて、静かに切り出す。
「あいつが着飾ったりするのは誰のためだと思ってる」
「あいつがそういうの好きだからに決まってるじゃん」
 即答だった。
 本気でそれ以外の可能性を考えていないのは明白な、即答だった。
「…まあ、好きだから、もあるけどな…
 お前に見せたいし、お前に可愛いと言ってもらいたい―――と考えていると思うんだけど」
「……」
 メーはまず最初に眉間に皺をよせ。次に赤くなり。さらに赤くなったまま問うてくる。目を泳がせつつ、躊躇いがちに。
「…………ちゃ、ちゃんと思ってるよ。
 そんなに言わなきゃ駄目なのかよ」
「それは磨智に聞け」
「…んな、恥ずかしい…」
「いつまでも落ち込んでる今の状況も結構恥ずかしいんじゃないか?」
 ぼそり、と呟いた言葉は、うんうん唸りながらも耳に届いたらしい。
 彼は面倒そうに顔をあげて、小さく溜息をついた。
 あとでわびを入れてる姿が浮かぶような、諦念まじりの溜息だった。



「―――でさぁ、ってちょっと聞いてるの? 君」
「話半分程度には」
 町をてくてくと歩きながら問いかけると、彼は淡々と頷く。その拍子に、夕日色の髪がさらりと揺れた。
「ならいいけど」
「いいんだ」
「君の本気は暑苦しいからね」
「失礼だ」
「本当のことだもん」
 自分でも自覚はあるのか、それ以上何も言わない。
 ちょっとだけ手ごたえにかける。
「…ベム君はクールすぎて手ごたえがないんだよね」
「へえ」
 それがなに?とでも言いたげな声がやっぱり腹立たしい。
 少しだけ言い方を変えて見た。
「つまらない男だね、ベム君は」
「…へえ」
 さっきより少しだけ嫌そうな相槌が返った。
 それでも、物足りないことには、違いないけど。
「……もう」
 そもそも物足りないと思うのは、あの鈍感のせいだけれども。
 小さく溜息をつくと、モノ言いたげな目線を感じた。
「…なに?」
「いや、十分に恵まれてるのにぜいたくな悩みだよなと思って」
 贅沢な悩み。
 そう、先ほど彼に話したのは、確かに贅沢な悩みなのだ。以前なら、浮かぶこともなかったに違いない。けど…
「生き物は欲深くできてるんだよ。私達はときを得たその瞬間から生き物だよ? しかたないんだよ」
「ふぅん」
 軽く相槌を打って、自分の買い物の戦利品(主に木材。今使ってる棚が古くなったので補強するらしい)を背負い直すベム君。
「…そこは、ふぅん、で終わらせないでほしいな」
「僕に惚気聞いてるほどの心の余裕はない」
「余裕のない男はモテないよ」
「モテなくていい」
「言うと思ったけど。買い物付き合ってあげたんだから、聞いてよ」
「そっちがついてきただけ」
「そうだけど」
 けど、と言葉を続けようとしたのは一瞬。すぐに空しくなって諦めた。
「…もう。やっぱり君じゃ駄目だね」
「分かったならとっととメーに謝ったらいい」
「それはヤダよ。もう少し時間置いて少しは怒った理由考えてくれたら謝るけどさ。…私悪いし。
 そうじゃなくて、こーゆー時、風矢君は聞き上手なのになあ、と思って」
「今彼に避けられてるのは君の責任だと思うけど」
「…分かってますとも。少しからかいすぎたよ」
 以前、彼が『お友達』と二人で遊びに行く時、少しからかいすぎたから、必要以上に距離を置かれてるし。それまで結構頼っていたから、今困っているのだろう。
「…でも、あの時は本気だと思わなかったんだもん」
「確かに僕も思ってなかったけど」
「こう、好奇心に負けたというか、押されたというか…いっちゃ悪いけど、興味本位で色々変なものに手を出すとこあるよね、風矢君」
「今まではものにしかそういうことなかったから、一通りこなして飽きてたけどね」
「趣味の雑多さでは君に負けるけどねえ」
「…誰の所為だと」
「あんな嘘に騙される君のせいだって」
「………」
 確かに『緋那が好きなもの』でバレエだとか日曜大工とか詩の朗読とか手品とかジャグリングだとかウグイスのモノマネだとパントマイムだとかお経の朗読とかホラふいたのは、私だけど。信憑性のあることを言った覚えはない。騙したというよりは、からかっただけだ。
 それは感づいていたのか、彼は苦い顔で沈黙した。
「…そういう、人の色恋で遊ぶところが風矢にさけられてる理由だからな? 君」
「言われなくても分かるって。
 でも誤解だよ? 私が君をからかったのは…邪魔したのは、緋那に手を出す野郎だからだよ。風矢君はまあ緋那には負けるけど大事なお友達だから、邪魔なんかするわけないじゃない」
 誇張混じりの本音に、今度こそ彼は黙り込む。
 なんだか非常に恨みがましい目をされた。私も睨まれて楽しいわけでもないので、話を戻す。
「…ま、確かに今までは一通りこなして飽きてたよね。それなりに要領いいから」
「今度は一生ものみたいだけどね」
「そりゃ、生きてる女の子が相手だもの。それなりにこなして、で放り投げたらただのプレイボーイ気どりだよね」
「…それは似合わない言葉だね」
「そうだね。むしろしつこい方だよね。それに、風矢君、根が真面目と言うか…結局は、いいヒトだからねえ…」
「君の恨みがましい惚気にも文句言わないしね」
「そうそう恨みがましい…って聞き流すと思う? どこが恨みがましいの」
「色々恨みがましいと思うけど。いや、ロマンチストがすぎるよね。自意識過剰って言いたいところだけど。
 新しい水着なんて買う必要ない。『去年のが十分似合ってたじゃねぇか』――――怒るどころか、喜んでもいいと思うけど」
「………」
 つい先ほど、買い物に無理やりついていってから愚痴りに愚痴った、彼と交わした会話を再現され、頬に血が上る。
 確かに、彼は褒めてくれたし、嬉しかった。でも…
「…それ言われる前に喧嘩になっちゃってたんだもん。あとはもう売り言葉買い言葉で。後に引けなかったの」
 というか、興味なさそうに言われて腹立ててる時にあれは反則だ。最初から言って欲しい。できないなら、最後まで黙ってほしい。
 あれでは…怒るどころではなくなる。ただ恥ずかしい。照れるし、怒ったことが恥ずかしい。
「言葉に出さなくても、あいつは十分に君を気にかけてることくらい、分かってるだろう?」
「う…るさいなあ」
 さすらに気まづくなってぷいと顔を逸らす。すると、あくまで淡々とした声はどこか自虐的な言葉を紡いだ。
「それでも言葉が欲しい感覚が僕には分からない。言葉なんて、結果に比べれば、大して重要なものじゃない」
「…ベム君」
「なに」
「…結果も大事かもしれないけど、そもそも言葉にしなきゃ伝わらないことの方が多いよ?」
「…別に、自分の言葉が無駄だと思って言ったわけじゃない」
 淡々とした言葉は、それでも寂しげに聞こえる。
 ああ…心の余裕がないって、あながち嘘じゃないのかもしれない。気にしていないように見えても…少し、疲れることだって、あるかもしれない。
「…ベム君」
「なに。今までの悪行謝る気になった?」
「まさか。そもそも君、大して怒ってないでしょ? ともかく、そうじゃないよ。
 そうじゃなくて…今度は、私が聞くよ。何か言いたいこと、ない?」
「……別に」
 彼は小さく笑う。小さな、ともすれば見落としそうなその笑顔は、彼らしい表情。
「今はないよ。でも、そうだね。話たいことができたら話そうかな」
「楽しみにしてるよ」
「緋那との愛のめもりー♥とかをいつか」
「とりあえずその死語じみた台詞のセンスを直さない限りは、無理だと思うよ…」
「そう?」
 不思議そうに首を傾げる彼に、私は小さく笑う。
 まあ、言葉を選ぶのがへたって言うのは、もしかしたら私にも言えるのかもしれないけど。

 帰ったら、ちゃんと謝ろう。
 胸のうちで呟いた言葉は、笑顔に変わった。

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