某月某日。ドラゴンカフェ。先日知り合った光龍に、こんな事を言われた。
『風矢さんは明日御自分の御主人殿と一緒に出掛けるといい事がある筈』
その言葉を鵜呑みにするつもりはない。けれど、あちらの言葉はおそらく善意だ。もし無視したら彼女は傷つくのだろうか、なんて、そんなことを考えて。
ぐだぐだと言い訳を重ねたというのに、彼女が導き出した答えはある意味大宇宙の意志とタメを張るくらい訳が分からない。
そして。
『貴方のそういう所、結構好きです』
その言葉より、楽しそうな笑顔がやけに焼きついた理由もまた、分からない。
発光してみたり植物と会話してみたり、そんな不思議なことやらかしてたことよりも印象的だ。
調子が狂うな、彼女といるとそう思う。
その理由が己の内にあるのは分かるから、それを顔に出すこともできない。
不思議なことに彼女といるのは不快ではないから、邪険に扱うことなんてできるはずもなかった。
不可視の領域
「風矢君っ!」
「はい?」
やけに明るい声で呼び止められて振り返る。声と違わず明るい笑顔でかなたさんは言った。
「検索行かん?」
「それは…」
それは、昨夜の小町さんの発言に従えというのか。
なんとも言えない気持ちに暫し言葉を失う。素直に従うのはなんとなく癪だ。けれど―――
『明日いいことあるといいですね』
ひょんな拍子に聞いた言葉が、耳の奥に蘇る。大宇宙の意志だかなんだかより、あちらの方が僕には響く。そんなこと言ってくれるならちょっと趣味くらい合わせてみようかなーとか思い始める。
本気でそれでもいいとは思うのだ。このくらい聞いたって、僕の生き方が変わるわけでもあるまいし。
けれど、でも―――
黙って答えずにいると、彼女はニコリと笑った。
「だって、当たるかどうかワクワクするじゃん!」
言い切る主人の目はキラキラと輝いている。熱っぽいとも言える輝きだ。頬もうっすらと染まってどこまでも楽しそうだ。
「そーいえば貴方はこういう話大好きでしたね…」
「いや、悪い結果は精神衛生上信じねーけどね。いい結果は都合よく信じることにしてるの。それだけだよ」
それに、と指を突きつけるかなたさん。彼女はちょっと憮然とした顔で続けた。
「私が好きなのは占いや予言とはちょっと違う。妖怪化け物怪奇心霊現象。そういったものの生まれた理由、ルーツを辿ったり考察したりするのが楽しくて大好きなんだ」
この世には不思議なことなど何もないのだよ、風矢君。バーイ、さいころ本の石地蔵。
例の如く意味の分からんことを言い始める彼女に、はあ、と気の抜けた声が漏れる。
彼女がそういう理由でぱっとみ不気味なものが好きなのは知っている。そういうことを語りだすと色々イっちゃった人になり果てることは、身を以て知っている。
…思えば、僕がオカルト関連を苦手視し始めたのは、その時のマスターがあまりにアレだったからかもしれない。小町さんが話してるのは別に不気味とか思わないし。
嫌な記憶を振り払おうと頭をふると、かなたさんは真顔に戻って言った。
「ともかく、確かめたい気持ちはあるけど、君が面倒っていうならいいよ」
さてどうするかと悩んだのは一瞬。答えはおそらく昨夜から出ている。
「いえ、そういうことではありませんよ」
淡々と答えれば、彼女は嬉しそうに笑った。
数時間後。僕とマスターは見つけた泉のほとりで戦利品を見つめていた。
「大量だね」
「ええ、大量です」
互いの声も顔も、どこか呆然としていた。
小銭ではなくステラや武器があるのがすごい。今休んでいる泉も見つけたことを考えると、信じられないくらいツキがある。
「カステラもあるよ。風矢君、食う?」
半分に折って手渡される。受け取とると笑みが浮かぶのが分かった。
「いただきます」
手を合わせて口に運ぶ。口の中に広がる甘い香りとしっとりした感覚が心地よい。幸せだ。
「しかしホントに当たると思ってなかった。
そういう流れを読める人つーのはいるもんだね。…考えてみると龍の方がそういう感覚鋭そう」
妙にしみじみと感じ言ったようにかなたさん。
「龍であることは関係ないでしょう。…にしても、あっさり信じますね。僕はまだ半信半疑ですよ?」
正確に言えば、半分以上信じてるんだけど。それを素直に口に出すのは躊躇われた。
そんな思いを笑みに隠せば、かなたさんは遠くを見つめるように目を細めた。
「…私の故郷はね。宗教とかあんまりさかんじゃなかったんだけど。
それで争いが起きるのはちゃんと知ってるし…旅をして色々見たりはしたんだよ。宗教」
「そうですか」
「…そういうを熱心に信じている人ってさ。目の色が違うよね。
それがなんとなく怖くてさ…その時一緒にいた人に、言ってみたのよ。
目に見えないものに、バカみたいですねって。一緒に笑い飛ばしてくれたらいいな、ってそうしたんだ」
目に見えないもの―――というか、神様とやらを信じることに対しては、僕としても同感だ。
馬鹿みたいだと思う。誰かが見守り、救ってくれると妄信するなど。馬鹿のやることだ。
「でもね。その人はすごく怒ってさ。怒鳴ったりはしないけど。すごい怖い顔してさ。
自分の見える者だけを信じる方が馬鹿な子供だよ、って。一言だけ言われちゃったよ」
「…そうですか」
それもまた道理だ。
それこそ人である彼女の目には見えない精霊とかが、僕たちには多かれ少なかれ見えるわけだし。
ああ。本当に。言わんとすることはわかる。わかるが。
…あれは痛いし。家人に距離をおかれるのもしかたないだろうな。
「それから私も考えてね。今はふ、って思うんだ。
もし神様を信じる人たちの中に、本当にそれの声なんて聞いちゃった人がいたらさ。…余計なことまで知っちゃったりしたのかな。つらかったりしたのかな」
「…そういう人もいるでしょうね。それは。しかしそんなこと、神の存在など関係ありませんよ。
結局自分の気持ちも、見ているも、誰一人として同じではないでしょう?」
「……お行儀のいい答えだねえ、風矢」
「性分です」
「…そっか」
にっこりと笑ってやれば、主人も笑った。
だいぶ曖昧に、何か言いたそうな顔で笑った彼女は、すくと立ち上がって歩きだす。
その背中を追いつつも、考えるのはあの変わり者の光龍のこと。
主人に遠まわしに考えろといわれるまでもない。
あの光龍が何を見て居るかは知らないが。僕には幸せそうには見えない。
初めて会った時に感じた違和感の正体は、寂しそうだな、という感傷だ。
そう、寂し気。
もしかしたら本人は気にしてないのかもしれないけど。あの龍は、なんだかやけに寂し気に見える。
『…じゃあ、私が最初のともだちー。…プレミアですね』
万歳と手をあげてそんな風に言った彼女は、わりとよく笑う。なんだ、話してみれば案外普通じゃないかと思う。
…だから。案外普通な女の子が。ごくごく当たり前の『友達』なんかで喜ぶ姿が。寂し気に見えるのだろう。もっと周囲になじめたら幸せそうなのに、などと思うのだろう。
色々と距離があるのが、大宇宙の意志とやらの声を聞いてしまう―――他者の理解が及びにくい世界に放り込まれたゆえなのか、彼女自身の言動故なのかは、正直微妙だが。
いや…その声があの言動を誘っているなら、どっちも似たようなものか。
そこまで考え、小さく頭をふる。これ以上考えるのはやめよう。
彼女が何を望んでいるかんて、結局一人で考えてもわからないことなんだから。よその家のことで、彼女自身の問題だ。
お行儀がいいと評されそうな結論を抱いて、僕はわずかに歩を速めた。