もうすぐ新年、の前に年末。そして本格的な年末の前に、とうとう増築する運びになった。
諸々の希望とか予算とかを考えた結果、増築する場所は結構増えた。
要は、2日ほど開けることになった。
2日、か。
遠出したり、死女神様参りをして居た頃、私と誰か一人がそのくらい開けることはあったけれど。全員開けるのは、初めてかもしれない。
感慨深いことだ。
本当に、色々と。感慨深いな、本当に。
1話目
2階廊下の壁をなぞる。色々な思い出のある、ちょっと歪な壁と天井。
なんで歪かって、理由ははっきりとしている。
「ほら、見なよ。メー君。アレは君と風矢君がどっちを笑った笑わないというくだらない言い争いであけた穴の修復痕。アレは風矢君とベム君が酔っぱらってなんか言い争ってぶち抜いた壁の修復痕。アレは緋那がゴキブリにびびってこがした天井の修復痕。アレは君が磨智ちゃんから逃げる際になぎ倒していったドアの破片を抜いた修復痕。アレは風矢君と君が仲良くじゃれ合ってブレスでふっとばした壁。アレはベム君がファイヤーダンスを習得しようとこがした壁。アレは風矢君が電話してる姿になんか絶望したベム君がばこっとした壁。アレは磨智ちゃんが君を埋める際にうっかり外じゃないのを忘れて張り倒した時、君がぶちあたったら抜けた壁の修復痕。アレはメー君が人型取り初めにつばさ出すタイミング間違えてぶっこわした窓枠だよ……」
「な、なあ。かなた。お前、この家の想い出それしかないのか?」
「ははは、今のを思い出と呼ぶのかいメー君。今のは恨み節だぞ☆」
思い返したらしみじみしてしまう。よく壊れずにここまでもったものだ。すごい。
なにがすごいって、今口にしたのが一部分なことだよ。ここ以外も色々ボロボロだよ。特にメーの部屋がやばい。彼の部屋だけちょっと修復はいるくらいに。そしてそれに不平等だと声があがらないくらいに。
「…悪かったとは思ってるよ」
「新しくなったら壊さなくなる、となぜ言わないのだいメー君」
「いや、それは…別に俺は古い家なら壊していいって思ったわけじゃないからな!」
「なに笑ってんのさメー君」
じとりと横目で見ながら言ってみた。所謂ジト目で言ってみた。
メーは「ああ」とか「うう」とかうなって、一つため息をついた。
「…わ、悪かったが! 悪かったが俺だけじゃねえだろ! そこの穴は風矢が寝ぼけて龍に戻った時の穴! そこの焦げ目は緋那が『絶妙の火力を極めたい』とかいって肉の塊のことだけ気にしてたときこがした天井だ!」
「人の失敗はよく覚えているんだね…」
「嫌な言い方するな! どのみち俺かベムが治すの多いから印象に残るんだ!」
ふむ。確かに、それはそうかもしれない。
ベムの…なんというのだろう。空間把握力的なものはすごい。乙女心とか常識はいつまでも良くわかっていないみたいなのに。メーはむやみに呑み込みが早い。ただし興味があることに限る。
風矢もなにかと器用ではあるけれど。彼はご飯を作ってくれるので、こう。大工仕事まで任せるのはどうかと思ってしまう。バランス的に。自分で壊した時は自分で直させているけれど。仕事そのものはあの三人の中で一番丁寧だしなあ。
磨智も緋那も似たようなものだ。庭を管理したり、台所をつかさどったり。他に色々しているのでやっぱり大工は頼みづらい。自分で壊した時は、さすがに直しているけれど。ほとんどそんなことをしないし。
…あれ? 大工してないの、私だけ? ……うーん。覚えるべきかな。覚えなくても壊されないのが一番だけど…空しい期待はやめよう。
「…いや、本当。いろんなことがあったね…」
「なんでいきなり遠い目をするんだ…」
「この家で、本当に色々とあったなと思って。色々とねぇ」
「…んなにしんみりしなくてもよくね?」
苦笑する彼の表情は、言葉の割に少し寂しい影がある。
たぶん、私と似たような思いをしているのだろう。
あるいは…コレは風矢の結婚を見据えての増築だから、それもあるのかな。しんみりの理由。
……別にそれがなくともする気だったけどね。そろそろ増築は。
「そういや、家開けてる間どうするんだ。お前。誰かのところに世話になるのか?」
壁を撫でるのをやめて階段を下りていく途中、メー君は今さら聞いてきた。
「んー。それもいいけど。せっかくだからちょっとキャンプしてみようかな、って思ってさ」
「…凍死するなよ。蘇生の対象か微妙だろ。…つーか、なら召還石にこもることもねぇか。ついてくよ、俺は」
「ん? なに、そういうつもりだったの? 何も言ってこないからてっきり磨智ちゃんといちゃいちゃどこかに外泊するのかと」
「いやそれは磨智も寒いの嫌いだか……。………いや、いいいや、いやや、しねえよ?」
からかうつもりだったけど、メー君がバグった。
赤くて青くて愉快な顔色だ。
とても気まずい。
これはもう流すしかない。
お前外泊でなにを考えたとか聞いてはいけない。家族だからこそのマナーである。
「カフェで夜を過ごすのも考えたけどね。こうして宿無しにでもならないと、逆にキャンプなんてしないだろーなー、って」
「…いや、結構してるだろ。それこそカフェの面々とさ」
居間に続くドアを開けつつ、メーは言う。
お礼を言ってソファに沈んで、ふるふると首を振る。横に。
「あれは、キャンプっていうか宴会だもん。もっとこう、しんみりと星でも見たいと思って」
「ふぅん。凍死するなよ」
「二度も言うの!?」
「こたつから出ると死ぬっていつもいってるじゃねえか。…緋那かベムにでもついてきてもらえば? 暖がとれるぞ」
「…人をゆたんぽのようにいうな」
後ろからの声に振り向くと、ホカホカと湯気を立てるカップを持った緋那がいた。
人数分用意されたお茶をテーブルに並べつつ、彼女は続ける。
「とはいえ、私もこういう時に頼る親戚などはいない。夜は召還石で寝るつもりだった」
「ふぅん。…どこでなにをするかは今日のお昼の時みんなに聞こうと思ってたけど。案外みんな窮屈なことするだね。…あ、そうだ。お昼は? お昼はどっかで時間潰すの? 緋那ちゃん、いつも家のことしてばっかりだけど」
「ベムと釣りをする」
ものすごく会話のなさそうなデートだな。
浮かんだ言葉をそっと呑み込む。もう一体どういうことかよくわからないけど、デートではないらしいからなあ。こういうのなんていうんだろうね。婚約者ならぬカレ約者なのか。彼氏の約束をする者なのか。
「冬だから肥えた魚がとれると誘われて。うまいし、金が浮くよな」
「苦労…かけるね…」
なんだろう。彼氏彼女というより、こう、未婚の母とそれに言い寄る男のように見えてきた。割といつものことだけど、いつものように罪悪感が。ちくちくするね!
「釣るよりつかみとった方がはやくねぇか。釣り、たまにかなたがしてるけど。面倒だぞ、基本」
「……それ、だと。……すぐ、終わる。だろう」
ぷいと顔をそらして言う緋那。
うーん。本当、昔の。いや、ちょっと前の彼女からは想像つかない。そしてここまで好意をあらわにしてなお難航するなんて思わなかった。どこに向かっているんだ、緋那。君はどこにいくんだ、本当に。
「…なんかわりぃな」
「お前に気遣われると落ち込むからやめてくれないか…?」
「お前こそ妙に俺の扱い雑だよな、昔からよ…」
ふてくされた顔でお茶をすするメーに、緋那は何とも言えない顔をした。
色々と言いたいことがあるのだろう。気持ちは分かる。なんか、空気がね? 空気がこう、そうさせるなにかがあるよね。メー君は。
「なんにせよ、家を空けるのは明後日だろう。今日から飯は適当にするぞ。保存効かないもの買いたくないからな」
「うん。聞いた聞いた。そういえば、磨智は? ベムは片付けしてるのみたし、風矢は家にいないだろうからたぶん小町さんのところだろうけどさ」
「…そういえば、来ないな。緋那が茶ぁ入れるといつもどこからともなく来るのに」
「庭にもいなかったから、買い物だろう。そのうち帰ってくるだろ。昼食はいると言っていた」
「ふぅん。そっか」
そうか、買い物か。こんなタイミングで、ということもない。生ものと違って、部屋に置くものなら別に何も気にすることはない。あまりにボロボロのメーの部屋以外はいじらないのだから。
色々と話し合った結果、あくまで部屋をいくつか増築し、居間と台所を改装する形を取った。色々衝撃あるし、部屋にも入るから。壊れやすいものは仕舞った方がいいのだけど。磨智のことだからその辺りはきっとばっちりだ。…そうか。買い物か。
「自分のものを買いに行ったんならいいなあ…!」
「かなた…」
「…しめっぽい奴だな」
なんとなく肩を落とす私。
ぽんと肩をたたくメー。
ため息をつく緋那。
ええ。なんとなくですよ? 心当たりとかありませんよ? この色々忙しいタイミングで買いにでるって急ぎなんだろうなとかこの間真夜さんと彼女がキャッキャうふふしていたとか、思い出してないですよ?
「お前の職業は恥ずかしくない…年も考えず少女を名乗り、子供に夢を与える勇気のある職業だろ?」
「職にしないで! 私は! トレジャーハントなの! それもあってキャンプするの! ちょっと森の奥とか言って探すの!」
「かなた…!」
メーはなんか目頭を押さえ始めた。けれど、緋那は不思議そうな顔をする。
「楽しそうに見えたが」
「君の目は節穴か!?」
「真夜さんに頼られるのが」
「く、痛い所を!」
「子供が喜ぶのも好きだろう」
「う」
「ご飯も豪華になったし」
「うう…!」
ソファから落ちて、がくりと膝がついてしまう。
図星すぎて心が痛い。いや。痛いというか。うん。羞恥心を上回るうまみがあるからこそ今まで続けてしまったわけで。こう、ね。言葉にできない。
「お前の公演に合わせて私も店を出そうかな。既に色々出ているようだが」
「私の公演って言わないで!?」
「ああ…皆さんの公演だな」
「いやそうだけど、そうじゃない!」
なんだか最近お約束になった言葉を吐き出しながら、なんとなく空を仰ぐ。
色々あってえらく痛んでいる居間の天井が、優しく私を見下ろしていた。