絶え間なく紡がれる言の葉は空気に似ていた。
 だから空気がなくなって初めて、人は息苦しさに気づく、なんて。
 なんて茶番。
 そんな面白くないこと、絶対指摘してあげないって決めたんだから。
 自分で気づけ、そのくらい。

不在の波紋

 彼が家を飛び出して丁度7日間たった。
 その間、マスターはふさぎ込むしふさぎ込んだマスターに緋那が苛々してるし、そんな二人に風矢君はどことなくおろおろしている。
 メー君は……まあ、いつも通りと言いたい所だけど、やっぱりマスターを気にしているし。
 かくいう私も、苛々していた。
 それは、皆の理由とは違うけれど、苛々するのは本当だった。 
 鬱屈した気持ちを息にこめて吐き出すと、傍で腕立てに勤む光龍が視線だけこちらに寄越した。
「…なんか言いたいことでもあるのか?」
「…私は悪くないと思うんだけど…余計なことをしたんだろうね、と思ってたの」
「……かもな。
 にしても、勝手にキれたのも逃げたのもアイツだし」
「…そう、だけど、ね…」
 そういう意味で言ったわけではない。
 けれど、善意に基づいて解釈してくれるなら…訂正するのも面倒だ。
 こんなことを彼に話しても、なにも変わらないのだから。
「…それに、お前が変なこと引き起こすのはいつものことだし…怪我したじゃん。気にすることないんじゃねぇ?」
「いつになく優しい台詞だね。…慰めてくれるの?」
「といいつつなぜお前はリボンを取り出す!? 来るな!!」
 過剰なその反応にアハハと笑いながら、苛立ちが大きくなる。
 家を出た彼の気持ちがよく分かる。
 気持ちがないなら最初から突き放せばいい。優しさなどなく、きっぱりと。
 突き飛ばされたときに痛めた腕は、超回復ですぐに治した。心配するようなものではないのに、気遣われたりするから…辛い。
 といっても…私の場合は、この光龍に惚れてるわけじゃないから…彼とは違うわけだけど。
「…それを言うなら、お前だっていつもよりしおらしい。気持ち悪いぞ、なんか」
「…こんな面白いこと、ほっとけないよ。…とでも言うと思ってた?」
「ああ、それだ」
 躊躇いなくうなずく能天気さを鼻で笑ってみてから、私は告げる。
「そんなわけないでしょ。彼らにとっては重大なことだもん。
 私は君と違って色々考えるよ」
 君と違って、の一言に力をこめる。と、むっとしたように顔をしかめる光龍。
「俺だって考えすぎて脳が煮えてる…あー畜生…っ。
 …かなたもなにを言われたらあそこまで沈むんだ…」
 彼女は今、おざなりに探索を済ませた後、ふさぎ込んで部屋にこもっている。
 彼が家を飛び出した後、マスターがやろうとしたことは強制召還。
 私達龍は彼女と契約を結んでいるのだから―――それに逆らうことは難しい。
 彼は、マスターの前に姿を現したらしい。
 だが、帰ることはきっぱりと断ったそうだ。
 皆が寝静まった後、わざわざ一人家を出て彼と話したマスターが、ひどく落ち込みながらそう告げた。
『……とりあえず、自棄になるなとは言ったけど……』
 かわりに帰ってくるの卵かもしれない、とか。もうかえってこないかもしれない、とか。そう言わなかったのは、たぶん緋那がいたからだろう。 
「……ねぇ、メー君は、あの二人、くっついたらどうする?」
「…祝福する。」
「それだけ?」
「他に何があるんだ。
 …俺、緋那のこと好きだけど、色恋で好きなわけじゃーし。ベムも好きだし。
 ……問題ねーじゃん」
 俺としては万々歳だ、あっさりと言う彼に異常に苛立ちを覚える。
 それすらすぎると、もうどうでも良くなった。
 だって、いつものことだから。
「…そう」
「?…うん、そうだ」
「……そうだよね」
 小さく呟く私に、彼は不思議そうな眼を向けた後、階段を上る。
 マスターの様子でも見てくるのだろう。

「…私はやだよ」
 彼女と彼がくっつくなんて、笑い話だから許せたことだ。
「…帰ってこなきゃいいのに」
 帰ってくるのが卵、というのも困る。
 それでは、緋那が彼を忘れられなくなる。
 彼自身は彼女を傷つける気なんてないんだろうけど―――彼女が傷つく。
 帰ってくるのはもっと嫌だ。
 ベム君が帰ってきたら、きっと彼女は変わるから。
 きっと彼女は、変わるから……
「やだよ………」

 探すのなんて嫌。
 精々落ち込んでいればいい。
 …気づくのは自分でしてもらわなきゃ、悔しいばかりだ。

 昨夜、すれ違いざまに彼女の呟いた言葉が忘れられない。

『…まだ帰ってこないのか…』

 その声音が寂しげだったなんて、教えてやらない。
 背中なんて押すもんか。
 
 緋那は、私のだったのに。
 私に、一番に優しかったのに。

「…嫌い」

 とられてしまう。

「…メー君も、悪いんだよ…」
 だから、こんな仲間の幸せすら祈れない奴になったんだから。
 
 アナタはマスターが一番好きで、
 マスターもアナタが一番好きで、
 婚約者なんて、私なんて、入るスキなんてないと思った。

 ベム君は緋那が一番好きで。
 風矢君は自分が一番好きで。
 やっぱり私の入る隙間はなくて。

 マスター。あなたが私を道具として扱ってくれたなら、苦しまずにすんだのに。
 メイベルドー。アナタが私を仲間として扱うから、分からなくなった。

「…大嫌い」
 呟きはどこへ届くこともなく消えた。

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