朝の生まれた場所は、おおよそ過ごしやすい場所だ。夢のように過ごしやすいといっても別に過言じゃない。
けれど、それはそれとして冬は寒い。
寒いとこたつから出れなくなる。
それは自然の流れ。逆らう方が愚か。いや。無謀なのである。
「ねえ、そう思わないかい、メー君」
「全然思わない」
移り行く不変
自堕落に問うてみた結果は、とっても予想通りだった。けれど。そのまま引き下がるのでは面白くない。面白くないというか、こう。ね。色々とね。傷つくよね。マスターの威厳的なもの。ないけど。
「即答!? まさかじゃない即答だよ! ちょっとは考えてくれればいいじゃない! こっちの身になってさあ!」
「まさかじゃねえならあきらめろよ」
「人間はぁ、竜と違ってぇ、ひ弱なんですぅ」
「お前すぐ都合悪いときひ弱になる…」
呆れた目が心に痛い。
……いや、別に。痛くはないか。メーの目線なんて。どんな種類のものでも。
これは私を傷つけない目だ。
あるいは、傷つけられたとしても。それは悪意からではない。この竜はなにがあっても私の味方だ。
「メー君こそすーぐ私を馬鹿にするじゃない。私主人だよぉ? そこんとこ分かってるぅ?」
「いや、俺がお前を馬鹿にしたことなんてないだろ。常に呆れているだけで」
「…そんな正論言われてしまうと困るねぇ」
「これで困られても困るよ。いっそ困ってろ」
ぶっきらぼうに言い切った相棒は、いそいそと向かい側に座る。要はこたつに入る。なんだよ。自分も入るじゃないか。しかも雑誌持ってるし。それは長居をする装備だよ?
なんて。言おうかと思ったけれど止める。代わりに、メーがころがしてきたみかんを受け取る。
「ああ、困っていろなんてなんてひどい従者だろう。私は君をそんな子に育てた覚えはありません!」
「俺もお前に育てられた覚えはねーよ」
「く、しかし! 養っているというのに!」
「前はともかく今は本当養ってる感ないだろ。俺たち割と家計に入れてるぞ」
「今は! 増築に! 貯めているから! 仕方ないの!」
軽口があんまりに痛い所にあたったので、断固抗議する。
確かに、それはすまん、と頷くメーの顔は、ちょっぴり引きつっていた。そんなに珍妙な顔租しているのだろうか、私は。しているかもしれない。いやだって、ねえ。その辺の話は私に効く。効果が抜群だ。ふったのは私だけど。つまり自爆だけど。
ふてくされた気持ちでみかんをかじる。甘酸っぱい風味が心地よい。…この町が封鎖されて随分立ったけれど。こうして食べ物はおいしい。最初は色々不便だったり、不安だったりしたんだけど。慣れるものだ。何事も慣れというやつだな。けれど。
「…なあ、かなた」
「ん?」
「真面目な話だけどよ。そろそろたまっただろ増築資金。まだ続けるのか。身売り」
けれど、不意に尋ねられた話題については慣れたくない。慣れてたまるか。慣れませんよ?
自分の目がじとりと据わるのが分かる。メーが僅かにたじろぐのを見るに、相当暗い目をしている可能性もある。
「身売りいうなよ。っていうか私に聞かないでよ。むしろ君が言って聞かせてよ。磨智に。ノリノリなのよ。磨智が」
「かなたお前、その手のことであいつが俺のいうこと聞いてくれるとでも思うのか?」
「思わない!」
「即答かよ!」
「さっきのおかえしさぁ! でもなんだろう、とても心が痛い!」
「俺だって心が痛いんだぞ! お前少女って年じゃないだろ!」
「少女って年でも嫌だよ、魔法使わない少女は!」
「じゃあやめろよ!」
「お金以外にも胃袋とか義理人情とか胃袋とか事情があるの!」
「胃袋二回かよ! どんだけ餌づけされているんだよ! ちょろい奴だな!」
「餌付けだけじゃないもん! 友人の笑顔は曇らせられない!」
悲しみを力に変えて言い切ってみる。
メーは疲れたように息をついた。
疲れているのは私である、色んな意味で。いろんな意味で。まったくもう。
「…っていうか、いきなりなによ。改めて言いに来るほどアレが見苦しい的なアレ? 家主がアレなの恥ずかしいからやめろってやつ?」
「それもあるけどよ。純粋にあんだけ働きゃもう足りただろ、って話だよ。…足りなきゃ俺ももう少し働くよ」
「ん、…んー。ううん。足りてる。年末前にやってしまう予定だよ、忙しい時に頼むと黒子さんに悪いもの」
「そっか」
「具体的な日取りは決めてないんだけど。…なに? 都合の悪い時とか、ある?」
「いや。ない。……そういうんじゃなくてよ。お前、最近顔色よくねぇんだよ。根詰めて働いてるなら休ませねぇとと思って」
「…悪いの?」
「多少。…顔色というか、…なんかが悪いぞ、たぶん」
そんなこと、よそでもうちでも言われてはいないけれども。
メーが言うなら、そうなのかもしれない。
言われてみれば最近微妙に妙に眠い気がしなくもないような。するような。どうだろうなぁ。冬の入りだからと思っていたけど。違うのかな。
「…昔は体のこともう少し気にしていたのだけど。この街にきてからどうにも忘れるねえ。なにもしなくても調子いいから」
「馬鹿は風邪ひかねーっていうもんな」
「そうだね。メー君も風邪ひいたことないもんね」
「竜だからだよ、そこは」
「ふ。違うね。君も馬鹿だからだよ、きっとたぶんおそらくなぁ!」
指を指して言いきれば、何とも言えない感じにうめかれた。私が言うのもなんだけど。そこで呻くから君もまたアレなんだよね。いいけどさ。
いや本当、色んなことが。いいんだけどね。
「…昔、といえばねぇ」
「なんだよ」
「みんなでしこたまお酒飲んだ日だったかな。イソレナさんだったかうどーさんだったか…あれ? 小町さんの話を盗みきいたんだっけか?」
「その場合お前が風矢に飛ばされるまでがセットだろ。なら俺が覚えてると思う」
「わあ。言い返せないのが悲しい。…のは、いいとして。っていうか、誰が言ってたかも別にいいんだよ。…もしかしたら旅の最中だった気もするし」
「ふぅん。…で?」
「うん。この町はね。世界の異物を集めるんだって」
ぼんやりと思い出すのは、いつか聞いた仮設。
この街にたどり着く一定の条件がそれではないかと、そんな仮説をどこかで聞いた。
「ふーん?」
「都合の悪いものを閉じ込めて。あるいは保護なのかな。ともかく色々と、影響があるものをいれておくんだって」
「…あんまり面白くはない気がするな、それ」
大げさに思えるほど眉を顰めるメーに、少し笑える。
「そうかもねえ、なんだか気持ちが悪い気もするね。…でもね。その時私は思ったんだよ」
「なにを」
「だとしたら。私の異端はなんだろう、ってね」
異端があるからたどり着くというなら、私がここにたどり着いた理由はなんだろう。
ここにたどり着けた理由はなんだろう。
希少な血は持っていない。特異な体質でもない。おかしな知識に触れたこともない。世を動かし―――…国を害するほどの技術も、持ってはいない。
「…悪運じゃねぇか? お前がここに来た経路考えると」
「そうかもね。…そうだといいのだけど。私は案外、気をつけなきゃいけないのかもね?」
「なにを?」
「昔、身体が弱かった。色んな病気をした。原因はよくわからなかった。長じるにつれ、自然と人並みになった。…そう。私が病がちだった理由は、結局今も分かっていないんだ。…もしかしたらおかしな病でも持っているのかな、私は」
「…縁起でもねえこと言うなよ」
「もしくは、昔色々した病気の中に、隔離したいようななにかがあるとか。…縁起でもないというか、真っ当な危惧名気もするけどねえ。私、旅の素人だったんだよ? そういう…修正力みたいなののお世話になってたりして」
笑いながら言うと、メーがさらに嫌な顔をした。…心配でもしてくれているんだろうな、と分かる。
「…かなた。お前、まさか、本当は…どこか悪いのか?」
メーのことは大概分かる。
分からないことも、今は多いけれど。
彼が私のためにしてくれることに関わるなら、大抵分かる。
本当に、得難い相棒だ。
だからこそこんな話が笑ってできるのだということが彼に伝わっているといいな、とも思う。
でも。
「…とまあ、色々考える時もあるけど。その伏線が回収されることはないんじゃないかな。だって今、元気だし」
「そりゃあなによりだが。そのお気楽な言葉の根拠は?」
「126番地はシリアスが長続きしない土壌だからね。そのような大変なことにはならないに違いない」
「軽!? っていうか、さすがに怒るぞ!?」
でも怒るだろうな、と思ったらやっぱり怒ってた。メーは本当に分かりやすい。あけすけを超えて、スケスケだ。ぺらぺらしてる。
私も人のことは言えないだろうけれど、ちょっとあんまりだよね、メーは。
まあ、いいけれど。
本当に―――良いことだよね、色々と。
「怒らないでよ。今はね。きっと君たちに会うためだったと思っているんだからさ」
「……セリフくさい」
「えー? じゃあ、病弱の所為の方がいい?」
「…それを言われると否定できねぇだろう!?」
心底困った顔で呻く相棒に、こたつに入ったままくすくすと笑う。
楽しくて笑って、安らいで笑って。
きっとこれから形が変わって。…彼らは私の目の前からはいなくなるけれど。
それでも、きっと。この時は忘れない。
私は、目の前のこの竜に会うためにここに来たのだろう。
彼と共に、多くの縁を結ぶために来たのだろう。
どんなに形が変わっても。そのうち遠く隔たれて、言葉が交わせなくなっても。この絆は変わらない。
なにがあっても、消えはしないのだから。