伸ばされた手に縋ったのか縋られたのか。
あるいはつないだのかつながれたのか。
そんなことは分からないしどうでもよい。
二人でいると、胸の奥が熱くなる。
その熱だけで、生きていけると。その時は、そう思ったから。
だから。だけど。
あなたの手をとり残るものは、いつだってとても冷たいのだ。
残ったもの
熱い湯を浴びながら、智華は僅かに目を細める。
腕に、首元に、腿に。必要なまでに散らされた鬱血の後。
すでに痛みもないそれを、傷跡と呼ぶのは違和感がある。けれど、情事の痕と呼ぶことも同様。躊躇い傷のようだ、と彼女は思う。
本当ならば噛み切りたいとでも言いたげに歯を立てて、血の匂いに怯えてそれはやめるような、そんな感覚。
―――だって、俺のものだって見せつけられていいじゃない?
クスクスと笑いながら度々囁かれるそれも嘘ではないかもしれない。けれど、やはり躊躇い傷だ。だからこそ、とでもいうべきかもしれない。
智華は黙って痕に触れる。ひときわ赤い首元を抑え、胸に広がる感情へ僅かに眉を寄せた。
心の存在など信じないと言った口が、それをよこせと訴えた。
身体が邪魔だと言いながら、それを繋ぐ行為をやめようとしない。
守るのだと嘯いた彼が、誰よりもなによりも自分を傷つけた。
捨ててしまえば楽になれるのだろう、そんな男を。
その背を追ってきてしまった場所から逃れることができずとも、捨てて、楽になることはできる。自由になって、他の道を探すこともできる。
けれど、それは追い焦がれ続けた彼の死体と引き換えだ。楽になりたいと思う限り、そこに彼が生きることはない。
それは、間違いなく脅迫なのだと彼女は思う。彼はそう思わない。こちらがどれほど懸想しているのか、ちっとも分かっていない。
それを悟ったから、彼女は彼を殺めることもできなくなった。
どれほど思っても、受け取られることはない。信じてもらえることも、ない。
ならば、この想いはどこへ行けばよいのだろう。愛しい―――狂おしいと想う気持ちは、受け止められることもなく燻ぶるだけなのか。
それは、とても悲しかった。
悲しかったから、恨んだ。
恨んで呪いながら、そのまま傍らにいることを選んだ。抱かれることも拒まなくなった。彼といる限り己の腹に命が宿ることはないのだろうと、そんな風に思って、また悲しくなった。
愛して焦がれて、抱き合って。残るのはけだるさと意味のない痣だけ。上がりに上がった体温も冷めて、冷たい汗だけが残る。
押さえていた痕に無意識に爪を立てる。浅く傷つきながらも、血を流すには至らない。
愛してる、だから欲しい。けれど信じられない。信じたくない。生きている限りは、決して。
そう訴える彼に己を信じさせる方法を、彼女は知っている。彼が自分へ望むように、その命を摘ませてしまえばよい。
そうすれば、もう誰かにとられることに怯えることはないだろう。
そうすれば、安堵して後を追ってきてしまうだろう。
本当に、タチが悪い。どうあがいても、あっさりと死を選んでしまうのだ、彼女のなにより愛する男は。
彼女には己を殺してそうして生きろと懇願してくるくせに、同じことをしようとはしない。
くれるものは、痛みとすぐに冷めてしまう熱。
身体に刻まれた痕とて、数日すれば消えてしまう。彼が死ねば、消えてしまう。
それが嫌だと泣いてみても、違うものをくれやしないのだ。
本当に、身勝手で、悪趣味で―――憎らしい。
それは、肩を並べて幼馴染をしていた頃も、抱きしめられて恋人をしていた頃も、まるで変わっていない。
だから。
だから、彼女は恋い願い続ける。
誰よりも愛しい彼の残すものは、いつだって冷たい。
けれど、いつの日か。彼とも自分とも違う熱を持つ何かを残せないだろうか、と。
想い、彼女は胎を抑える。
からっぽのそこには、尽きない願いだけがつまっていた。
あとがき
子供できないように使うもの使ってるし。そもそも避妊薬も飲んでたりするんだけど。(今産まれたりしたら絶対にロクなことになれないから)それでも彼女は子供欲しいと思ってるんだよ、という。
決して血のつながった家族にはなれない彼女の意地なのかもしれないし、血の繋がった身内に振り回され続けた彼にそのやり直しをさせたいのかもしれないし…ただ単純に、好きだった証を残したいだけかもしれない。
とてもとても単純なことだけど。中々うまくいかないのがこの二人だと言う話です。
2010/01/20