花を枯らせてしまった。
 水をあげすぎたからだ。
 水を与えなかったからだ。
 大切な、大切な花を、枯らせてしまった。

枯れた花を愛でる

 それがはじまったのは、いつからだったのか。
 私はよくわからない。
「かなた?」
 だって、それは、あまりに自然で。当然みたいに―――彼は、傍にいて。傍にいて、離れなくなった、それだけのことを不審がるのには、時間がかかったから。
「…なに」
「なんでもねえけど…お前がどうかしたような顔してたから」
「…別に、なんでもないって」
 そっか、と彼は笑う。
 変化はあまりにひそやかで。気づくことができなかった。
「なら―――いいよ」
 笑って、一瞬だけその瞳が細くなる。自然に続く日常の中の、ひそやかな差異。
 変化はあまりにひそやか―――なんて、嘘だ。
 本当は、気づいていた。
 いつからだったかも、よくわかっている。
 彼女が、いなくなったから。
 いなくなったから―――徐々に彼は、ずれたのだ。
 ずれて、そうして。
「お前は、おいてかねえしな」
 歪んだ。
 何も言えなくなって、ぐしゃりと髪をかきまぜてみる。
 同じ高さの位置にあるそれが、泣きたいほどに悲しかった。


 いつからだろうどうしてだろうそんなことは分かりきっていて。
 それを招いた半分が自分だということも、とてもよくわかっている。
 検索の時すら傍らから離れることを嫌うようになった彼。
 置いていかれることに、極端に怯えを示すようになった彼。
 彼は、やはり今も隣にいた。
 隣で、何を言うこともなく、二人で空を眺めている。
 ―――少し前なら。
 こうしているときは、当たり前のように会話があったのに。
 今、彼はろくに喋らない。ただ黙って空を見つめる。
 …せめて見つめる先に彼女が映っていればよい、なんて、いまさら願うことすらできないけど。
 それでも―――まだ、思う。
 幸せになって欲しい、と。
「…いい天気だね」
「ん」
「…でも、明日から崩れるらしいよ?」
「へぇ」
 興味なさげな相槌は、僅かな余韻も残さず消えていく。
 一緒にいても、そのくらいしかできないのに。
 胸が苦しくなるほど大切で、失うことを考えられない大切で―――それでも、それだけなのに。
 なにも残せないし、与えられるものも与え尽くした。それでも大切だった。
 そんなにも大切な存在ができたということだけで、満足しなければいけなかったのに。満足もしていたのに…
「…君ねえ、へぇ、じゃなくて、ああなってほしいとかこうなってほしいとかないわけ?」
「…や、別に、どうでもいいし…」
 言いながら、彼は少し遠くをみるような眼をした。でも、と呟いた。
「…星が綺麗だと、喜んだんだよなぁ」
 誰が、とは言わない。誰が、とは聞けない。
 …はたして彼女は知っていただろうか。そんな些細なことまで、彼が自分を見ていたことを。
 気づいていたら、変わっただろうか。
「今日は…晴れてるから綺麗に見えるだろうね」
「そーだな」
 もう、どうでもいいけどな。
 小さな声が聞こえた気がしたが、錯覚だ。だって、その唇はまったく動いていない。
 なにも紡がず、溜息でもつくかのような形のままだ。
 ぐしゃり、と視界が歪む。こみあげてくる何かに、もうその顔を見ていられなかった。悟られぬように、ぐいと上を向く。

『一人に、しないで……………』
 最初に、そう願って。
『しょうがねーマスターだな。
 しかたねー。従ってやるからありがたく思え!』
 最初に、そう答えて。

 そうして、二人で間違えたから。それをほどくのも、二人でなければならなかったのに。
 それなのに―――それをしなかった。
 彼女と彼が喧嘩をして、それが深刻になって。…その時に。
『…置いていかないで』
 そう言えば、彼がどんな反応をするかなんて、私は知っていたのに。
 彼が知らなくとも―――私は、知っていたのに。
『置いていかないでよ………』
 泣かぬまますがって、そうして縛って―――
 ―――花を枯らせてしまった。
 水をあげすぎたからだ。手を離さずに傍に置き続けたせいだ。
 水を与えなかったからだ。彼女からの愛情を、遮ったせいだ。
「…メー君」
「ん?」
 顔を上げたまま呟く。あまりに穏やかな声が返る。
 穏やかで、…愛しい声が。
「――大好き」
 花を枯らせてしまった。
 誰よりも幸せに、美しく咲いて欲しい花でした。
 誰よりも愛しい花でした。
「…うん、俺も大好き」
 彼は笑う。笑いながら、かつてなら言わないことを言う。だって、君との間に言葉なんていらなかったもの。
 大切な私の花。大切な相棒。大切な相棒―――に、しかならない私の片翼。
 花を、彼の幸せを、枯らせてしまった。
 だから。私は。
 その事実につぶれる時まで、その空虚な笑顔を愛でるのです。




あとがき
 愛着という水でひたして、愛情という水を奪った。花は、枯れてしまった。
 そんな感じのメマチがくっつかなかったらのIF世界。もし彼らがくっついた一連の世界でかなたが磨智よりメ―を愛していたら、ともいう。かつ病んでる系。…予定してたのはここまでやまないんですけどね、メー。わりとへらへら生きていくんですね、あの鈍感光龍。
まあどっちにしろ彼を成長させるのは磨智の存在のつもりでしたが。子供とかふつーに可愛がって、あるいは仲良くなって。ある日「ああ、でもこれはあいつじゃねえんだ…」と思って泣く予定でした。
それでも彼は誰も恨めないんだろうなあ。恨まずにそっと傍にいる彼に耐えられなくなってかなたが突き放すことになるんだろうなあ、と思ってました。無条件の許容は時に暴力ですって感じで。
そのあと…どうするつもりかまでは考えてなかったですねえ。まあ幸せな方向に持っていったでしょうけどね。今の方が幸せでしょうね。
好きな人の傷跡になって喜ぶような子ではないですから、磨智。(病むとそっち系だけど)
09/12/28