「三瀬優哉」
「はい」
「もげろ。」
「どこが!?」
口づけで黙らせて
怯えた顔をする恋人を、美華は冷たい目で睥睨する。
「どこもそこもないわよ。もげなさいよ。股間にぶらさがってるブツ。むしろちぎりなさいよ」
「いや死ぬまじ死ぬたぶん美華さん思うより痛いですからね!? もげるって! 女性には想像できない痛みですからね!?」
怯えた目から涙目にシフトチェンジした優哉にも、美華は声の調子を変えない。淡々と、静かに。籠る想いを感じさせない声音のままだ。
「……別に、買ってること自体はいいの」
正坐で頭を下げる優哉の背に届くのは、氷より冷たい声。シャツを濡らすのは暑さゆえではなく心の震えから来る冷や汗。
窓の外から聞こえる、みんみんというセミの声。燦々とふりそそぐ太陽の光。
真夏の暑さは、その部屋には届かない。
「けどなにかしら。このジャンル。
なんでオールメイド? 調教モノ? 妹でメイドで巨乳とかっていうどこまでも欲張りなものもあったわね。へえそういうのが好きだったんだ」
「ちが…、半分くらい無理やり貸された奴で!」
「そうね。でも半分は買ったの」
なぜ僕は半分くらいとか正直に言ってしまったのだろう。
反射で床に頭をつけつつ、彼は死を覚悟する。
「好き? 調教」
「いやそこが好きなわけではなく」
「好き? 従順な女?」
「いや僕が好きなのは美華さんだけです」
即座に顔を上げ、真摯な眼差しで言い募る優哉。
受け取る恋人は、どこまでも冷めている。口の端に嘲笑としか言えないものを乗せて、ひんやりとした雰囲気をまき散らす。
「そうね。別に疑ってないけど。
好きだからって不満がないわけじゃないわよね。特に性関係は複雑だし。
だからね、思ったの。
私こういうのに出てくるタイプと違うわねえ、と」
「いやいやいやいや。こういうのは作り物でしょう。別に現実に持ってこようと思いません!」
「そうねえこんなに都合よく濡れてアンアン喘いでなおかつ奉公しつつご主人様とか言えないわあ。ま、色々演出してるのは男優も同じか」
「見ましたね美華さん……」
休みの日が重なったからデートしましょう。
じゃあ私あんたのところに迎え行くわよ。
わざわざですか。
だってちょっとみてみたいし、あんたの部屋。
そんなやりとりをしたのが、昨夜のことである。
それなのにそれなのに、この結果。
なぜ彼女を部屋に呼びながら、ちょっと買い物なんていってしまったのか。
そのあげく友人に出会って、立ち話なんてしちゃったのか。
同室が里帰りしているいうそれはそれは幸せな状況で、どうして。
つらつらと思い返し、彼はぱあっと顔を輝かせた。
「…そうですこれはあっちの」
「入ってるボックスに名前、書いてあったわよ。ご丁寧に。
そう、押野は人妻が好きなの。ていうか、熟女好き?」
ささやかな希望は瞬殺された。
「………」
ごめん押野(同室)。君の趣味までばっちり見られてた。つーか君がちまちまとまざらないようにとか分類してくるから。分類してくれた所為でこんなことに!
優哉は田舎できゅうりをかじっているはずの友人に、心からの謝罪を送った。
すぐにそれどころじゃないと気付いても、そっと。謝罪を送り続ける。
「でもまあ、私も結構エロイこと好きな方だと思ってるし。それなりにくわえてヨガって濡れてみたりしているわけで。あんたに満足してもらってない態度をこうあからさまに示されると傷つくわ」
「いや満足はしてますけど!」
どんどん雲雪の怪しくなる話に、彼は声を上げる。
そうして絡み合う、二人の視線。
愛し合う二人の視線はからみ合い―――――最高に険悪な空気に代わる。
「けど?」
美華が本日初めてみせた笑顔は、非常に華やかだった。
名前に負けじと華やかで、非常に作り笑顔っぽかった。
「…けど、じゃ、なくて。違うんです。これは別に浮気でもなければ貴女に不安があるわけでも無くて!」
「じゃあなに? 付き合い? 気の迷い?
でもやることはしたわよね」
「…………」
結構しました。
言えないまま黙る彼に、彼女はハンと鼻を鳴らした。
「そりゃ私もいっつも相手できるわけじゃないしぃー?
だからこういうのは有効かもしれないわね。でも、それって。せめて目につかないところに隠しておくのがマナーじゃないかしら。それともあれ? 片付けるのを忘れるくらいお世話になってたのね。私がしばらく目を離したすきに」
「美華さん。痛い。頭に足乗せられるのは痛い。精神的にも痛いし額が床とこすれて超痛い」
「黙れちぎるわよ」
「ひどくなった!? そんなスプラッタ僕は痛いし場合によっては死ぬし貴女だって楽しくないでしょう!?」
「浮気者には死を。
今、そんな気持ち」
「浮気なの!?」
「擬似的に」
にこりともせずに生きる恋人に、優哉は眉を下げ、悲しそうな顔をする。
「…貴女に妬いてもらえたら幸せだろうと思っていたけどちっとも幸せじゃない…」
「ハッ。私は慌てふためくあんたをみているうちに少しだけ機嫌治って来たわ」
「それなら足退けてよ!」
「それはこう。SMぷれいー?」
「ただの暴力だよ!?」
「好きなんでしょ。調教。」
「される側になりたいわけじゃないし調教と言うより貴女が」
ぐりぐりと踏んづけられて本格的にへこんだ彼は、迂闊なことを言いかけた口を必死に塞ぐ。
「へえ、私が?」
彼女はそれを見逃さず、静かに繰り返す。爪先に力をこめつつ。
より床に額をつけるハメになった青年は、悲しい声で言った。
「押し倒そうとすると強化かけてまで押し倒し返してくるから切なくてついそういう方向に…っ」
「だってあんたに押し倒されるのとか癪じゃない」
即答だった。
軽く胸を張って、男らしいまでの即答だった。
彼女はそんな姿がすこぶる輝いている。
心からそう思っている優哉だが、深く息をついた。
「僕はそういう美華さんが好きですがたまには! たまには主導権を握りたいんですよ!?」
「そう、精々頑張って。
そういう欲求をエロ画像で解消してる限り、絶対押し倒されてなんてあげないけど」
馬鹿にするような口調で言うと共に、ぶんと足をふる美華。
少し顔を上げていた彼の顎にクリーンヒットして、顎押さえてぷるぷると震える自体を作り出したのだから、蹴ったと言うべきかもしれない。
なんにしろ、恋人に制裁を加えた女は、うずくまる男の元に膝を折って座り、問いかけた。
「さて。三瀬優哉。
あんたがこれからするべきことって、なんだと思う?」
「とりあえず顎の治療……」
「あら。私が怪我するような力で蹴るわけないでしょ。
痛いだけよ。たぶん痣にはなるけど」
「…じゃあ、なんですか」
優哉は恨めしげに顔をあげる。
その両頬が、ぺしんと挟まれた。
「…美」
名を呼ぶより早く触れられた場所は、唇。
唇で唇を塞がれた彼は、ぱちぱちと瞬いた。
「きまってるでしょう。
機嫌の悪い恋人を宥める。身体で」
背中から床に転がされ、その冷たさを感じながら、優哉は瞬きを繰り返す。ぼうけたようにそうして、やがておずおずと口を開く。
「…美華さん」
口を開いた彼は、とても楽しそうに笑う。
「なによ」
「…そういう映像が嫌いだから怒ってるもんだと思ったたけど。本気ですごく妬いてました?」
「あんなぬるいもん持ってる程度で怒るほどウブな女だとでも思ったの」
馬鹿にするような、どころか蔑みをたっぷり含んだ声色にも、彼の笑顔は変わらない。
ぎゅっと抱きしめ返して、口づけて、囁く。
「…愛してます美華さんっ」
「……現金なのよ馬鹿」
冷たい声色を閉じ込めるように、彼はもう一度唇を重ねた。
彼と彼女が付き合って半年。
なにかと喧嘩の絶えなかった頃の話である。
あとがき
美華さんはわりとノリノリで押し倒してます。押し倒されるのが嫌だし。するのが好きだし。別にそれが嫌じゃかった旦那(いやこの時点では彼氏だけど)が徐々に切なくなった結果がこれだよ。という。
DVDの種類がもしやってるだけで変な属性ついてなかったらからかい倒して終わるはずだったけど彼女と間逆なものばかり持っていたせいで怒られた話とも言う。
この後DVDは燃やされた気がしなくもない。そうでもしないと後々微妙な悲劇につながると言うか。…だって、この話の舞台は独身寮なので。彼らは結婚した後に出ています。で、家借りてた。色々こまごまとしたものは保管できるだけ保管されてます。神宮さんの妹(要は舞華の叔母)名義で。
姉夫婦大好きだった妹は残しておいてと頼まれたものだけではなく大事そうなものも適当に保管しちゃってるのでいつか娘がそういうもの掘り出してしまわないかうっすら心配です。まあどうでもいいか。
2011/07/25