2.指の間

「あ」
 すっぱりと指をきった。
 深さはそれほどではない。しかし、みるみると血は丸く盛り上がる。…バンソーコ、どこだっけ。あ、でもなあ。動くとたれそーだし。
「ライドー。あの、ばんそーこをー」
「お前なに台所に立ってんの!? またおれを殺す気なの!?」
「怪我人になんていいようですか!?」
 今日はまだ野菜切ってるしかしてないっていうのに。してないからたいしてなにもなってない。失礼な。
「怪我って、おま…」
 いったいなにをしたんだといいたそうな顔が、納得したようなものに変わる。
 しかたねえなあ、と言いたそうな顔だ。…いいけど。
「……台所になんて立つからだよ」
「だ、台所に立つのはそこまで罪深いですか…」
「ああ。お前の場合、大罪だ…」
 大罪とまで。
 ものすごくいい返したかったけれど、やめる。
 こちらを見る顔はそれなりに怒っているから、やめた。
「…ごめんなさい」
「わかりゃいい。ほら、手。出せ」
「…はい」
 微妙に釈然としない気持ちのまま、素直に出した。だって、そうでしょう。ばんそうこをもっているんだから。当然はると思う。疑う余地がない。
 それなのに、ぱくっとくわえられた。
 それはもうぱくっと、前触れなく。
「――――え?」
 ぱちりと瞬きをする。
 その間に、ざらりとした感覚が指を伝う。
 その感覚の名前を知り、顔がやけそうになった。
「ちょ、な。なにするんですかあ!?」
「いや、汚れてたから」
「そ、そのまま喋らないでよ!? 喋らないでよ!」
 じんわりとにじむ視界にくじけそうになるけれど、抗議する。
 それはもう必死で、繰り返す。
 すると、ふ、と笑われた。鼻で。鼻で…
「なにしたいんですか! あなた!?」
 もろもろの感情で声が裏返る。
 本当になんなんですか。ざわざわして落ち着かなくて、くすぐったくて、なんか、もう…
「ふ…え…」
 本格的に泣きそう。
 そう思った瞬間、指が解放された。
 ばっと戻して傷口を押さえる。…そこから指を汚していた赤は、ない。
 ないんだけど、その、濡れてて、すごく。
「……いじ、わる」
 よくわからいままに、それでも浮かんだ言葉を口にする。
 すると、彼の顔に浮かんでいた表情が変わる。
 それはそれは楽しそうだった腹立つ顔が、なんだか、すごく変な顔に。
 …そんな変な顔しても、許さないんですから。

 ぷいと背をむけてばたばたと走る。
 背中にため息が聞こえた気がするけど、振り向かない。
 体中がざわざわと熱くて、それどころじゃ、なかった。



(なんでおれは墓穴をほったんだ)


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