19.相手がつけた跡の上に、自分で

 本城、と呼ばれていた頃。相棒であったあの頃。その声は静かで抑揚がなくて、彼だって人のことは言えない静けさがあった。
 徐々に気易くなって、友人になって。祐絵、と呼ばれた頃は、ひどく疲れた声で。
 その後すぐにわたしは警軍を辞め、恋人のようなことを初めて、呼び名は祐絵、で落ち着いて。
 落ち着いて、穏やかな響きで呼ばわれるようになった。

 だから、基本的に穏やかな声が掠れる時は、いつもなにか辛そうだと思っている。

 抱き寄せる。触れる。
 そんな時、彼の顔も基本的に穏やかだ。たまによく分からない顔をして、抱き寄せてくる時もあるけれど、基本は。
 けれど、唇を寄せる時。
 ちらと見える顔は、いつもどこかモノ言いたげだ。
 何を言いたいのかも、分からなくはないのだけれど。
 応えることはできそうにないから、ただ眺めていることにしている。
 そうしていると、名前を呼ばれる。掠れた、押し殺したような。微かな声と共に、腕に胸元にと口づけられる。みえないようなところにも、熱が触れる。
 それらの行為を拒む理由はない。ただ、ちらりと不思議になることがあるだけ。どうでもいい行為ではあるけれど、それを必要とする彼は、どうでもよくはない。だから、眺めている。

 そうしてできた痕も、同じように眺めてみた。
 まあ要するに痣だけれど、別にそう痛まない。だから、気にする必要もない。
 だから今、シャワーを浴びて、鏡を見て。あちらこちらにできているのが分かっても、どうにかしようとは思わない。
 …そう言えば昔、気にしないでいたら。首隠せとか大騒ぎされたことがあるから、それなりに気を使っているけれど。
 仕事中でそういうあとが見えるのは、確かにだらしがないかもしれないけれど。別に家にいる時なら、どうでもいいようなものだ。というより、怒るならしなきゃいいのに。自制がきかなくなるなんてタイプじゃ、あるまいし。自制なしに噛まれたら、皮膚がもっていかれるのだから、思いあまって、ではないだろう。
 …まあ、どうでもいいけれど。
 拓登は拓登のしたいようにすればいいと思う。付き合える範囲ないなら、いくらでも付き合う。そのくらいなら、ちゃんとできる。
 でも、たまに思う。
 いれて出してでもいいはずなのに、わざわざ口づける理由はなんだろう。
 わざわざそうして、嬉しそうな顔をする理由は、なんだろう。
 どうせあんな顔になるから、分からない。
 それでなにかが満たされているのかが、分からない。
「……」
 フェチシズムというか、もっと単純に、女の身体が好きというやつだろうか、やはり。
 分かりやすく違う場所だけでなく、手脚にしたって、肉の付き方は違うし。
 今も平均よりは鍛えているはずだけれど。どこもかしこも固い彼とは、特に違うし。
 …ああ、でも。
 それだけなら、ちゃんと。他の相手にすればいいだろうから、やっぱり。何か思うところが、あるんでしょうけれど。

 腕にある痕に、唇をつける。
 彼のものよりは柔らかく細い腕。かつてのように裂傷はないけれど、他に比べれば、固い腕。
 自分の肌に触れたところで、別に何も感じない。お湯の味がするだけで、やっぱり、分からない。拓登が触れてくる時も、似たようなものだ。心地よいとも不快とも思わない。ただ、じんわりと熱い。近づくと、心臓の鳴る音が聞こえそうで。近くにいるのだなと不思議になる。
 わたしは熱いだけだけれど、彼はなにか違うのだろうか。
 何が楽しくて、あんなに嬉しそうな顔をするのか。
 何が辛くて、たまに寂しそうな顔をするのか。
 分かったら良いとまでは思わないのだけれど。
 話してくれる時があれば、耳を傾けることにしよう。



(ひとり、触れた皮膚はなまぬるい)



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