「お前が拾ったんだからお前が責任持て」
 かつておれを拾った上司は、それはそれは淡々とそういったけれど。
 おれの「責任」を持っていたのはむしろ紅也だったなあとか、色々親身になってくれたのは明乃さんだったなあ、とか。しみじみと思い返す。
 そして、もうひとつ。
 うなされて泣き喚くことなんてなかったよな、なんて。
 なぜか懐かしく思い出していた。

03:噛む

 泣き喚く、と表現するのは、その様子は語弊があるかもしれない。
 がたがたと、がたがたと。
 音が出るほど全身を震わせる子供は、口元に手を添えて悲鳴を押し殺しているらしい。
 いや、それも違う。
 がたがたと、がちがちと。きつく噛まれた指は、たぶん、むごい痣になっているのだろう。
「…セレナ」
 つい最近聞きだした名を、呼ぶ。
 虚ろな目が、こちらをむく。
「それ止めろ。声出して泣け。迷惑じゃない。…いてぇだろ、んなことしてたら」
 虚ろな目には、おれには見えない景色が映っているとしっている。
 それに夜毎さいなまれる子供は、日に日に顔から色を失くしていく。
 死んでしまいそうに見えるほど、青くなっていく。
 がち、がち。音は止まない。
 その眼はただこちらをむいただけで、見てはいない。
「……セレナ」
 このままほうっておいたら後が面倒だ。  無理やりに口をこじ開けた、次の瞬間。がり、と音を聞いた気がする。
 加減のない人間に噛みつかれれば、そのくらいするだろう。
 じくじくと指が痛むのをかんじながら、どこか冷静な自分が滑稽だ。
 ―――一体どうして、この子供に入れ込む。
 このガキが泣き喚こうが、指が噛みちぎられようが。
 関係なんてないのに。
 じくじくとした痛みに、なにかの流れる感覚すら混じる。痣どころじゃねえな。ちょっと切れたか。
「………あ………」
 ちりちりとした痛みが混じったことに気付いた瞬間、ぱっと指を離される。
 噛み痕のついた指は予想にたがわず血も流れていて。
 それに怯えたように、子供は声をあげた。
「なぜあなたが手をいれるのですか」
 流暢で、それでもなぜかぎこちない敬語。
 まったくガキらしくないと、そう思う。
 怯えたがガキの顔をして、らしくないと思うから。それが腹が立つのだと、放っておけないのだと思う。
「痛いでしょう」
「お前も。てめえで毎晩かんでりゃ、いてえだろ」
「痛くありません」
 嘘もここまで真っ直ぐに言われると納得してしまいそうになる。しないが。
 しかし。
「…折角熱下がってようやくものも食えて。拾ったおれとしちゃ安心したところだ。んな時に、余計な心配増やすな。素直に泣け。がきなんだから」
「なぜ心配をするのですか」
「ひろっちまったから。目が合っちまったから。そうするともうほうっとおけねえだろ」
 まるで、昔の自分を見ているようだったから。
 はっきりと言えば、子供は明らかに揺らぐ。
「…手、痛い、でしょう」
 ゆらりと伸ばされた手が、おれの手に触れる。
「……ごめんなさい」
 手の平から伝わる高い体温、じわじわと傷に染みる。ひりひりと痛い。早めに手当てをしておこう。そのためにはとっとと立ち去った方がいい。別に医務室に留まる理由なんてない。
 けれど。
「謝るより、再犯しないように気ぃつけろ」
 けれど、口からはどうでもよい言葉ばかりが漏れる。
「………はい」
 どうでもよい言葉に、子供は少しだけ眉を寄せる。安堵したように。
 身体から強張りが消えたことを確かめて、こみ上げる気持ちは、安堵しているのは、きっと。
「…寝るまで見えてやるから」
「…え? …いいえ、あなたにそこまでされる理由はありません」
「意地はんな。子供は子守唄を聞いて寝るものだろう」
「そこまで子供なわけではありません…」
 拗ねたようなその顔は子供以外の何物にも見えない。
 そう伝えれば、いっそう拗ねるのだろう。子供らしく。
 きっとおれは、子供にも大人にもなれなかったから、その『らしさ』が眩しい。泣き喚く気力もなく深く深く眠った。近くに誰かが近づくだけではね起きる歪んだ深さで。余計な声をあげる体力など、ないままに。
 ―――だから、この子供はそうならないように。
 べちりと額を叩く。さっさと寝ろと伝えるように。
「…セレナ」
「……はい」
 それが伝わったのかはわからないが、素直にベッドに戻る子供に、小さくつぶやく。
「おやすみ」
「…はい」
 頭を撫でようとして、止めた。
 痛みなら、いくらでも誰かの代わりに受け止められるけど。
 綺麗に笑う子供に、たぶんこの手は汚すぎるだろうと。
 今更のように、そう思った。




出会った直後のライセレ。身体を張って懐かせました。ライドは一目ぼれなんですけどねえ。この時は恋愛的な意味ではなく、「目があっちゃった所為で昔の自分とかぶった」ですが。