「…おろせ…契約、とく…」
「は?」
「私が死んだ後…たとえ…ここから出られても…遭難、で餓死は蘇生対象にならなないだろ…
 龍はマスターに縛られる。私がそのまま死んだら…君も死ぬか…それとも、永久に死ねなくなるか…どっちにしろ、やべぇだろ…」
「馬鹿なこと言うな! …なら俺が殺す! 龍による殺害なら、蘇生対象に…」
「そんなことしてみろ。君の身柄の保証はできなくなる。
 …私だって、…町の人だって、庇いたくとも庇いきれるかどうか…。動機の証明はできない。
 曖昧な理由で殺人を犯した龍を生かしておくのは…それを盾にした殺人をよびかねない。…だろう?」
 それに、私との契約をとけば、君だけはここからでれるかもしれない……
 掠れた声で告げられた言葉に、彼女を背負った背中にぞっとしたものがはしる。
 ―――こいつは本気だ。
 背中から生まれた怖気は全身を支配した。
「かなた……」
 意味もなく名を呼ぶ。その唇はみっともないほど震えた。
 怖いんだ。こいつと離れることが、たまらなく。
 だって、こいつがいなきゃ……っ!
 震える俺に構わず、かなたは続ける。穏やかで―――残酷な言葉を。
「メー君。私は。君が、好き、だよ。本当に、好きだから……こんなとこで、私と死んだりしないで、くれ…」
「そんなの、俺も…」
「ああ、同じ、なんだろうね…。うん、君は、同じだ…………知ってるよ………でも、ね……」
 俺の言葉をさえぎって、かなたは笑った。
 なんだか、泣きそうな顔で。とても、辛そうで。だから、俺は―――
「君は、君が思ってるより、ずっと、強いよ」
 楽にしてあげなければと、思ったんだ。
「………て、ない」
「…え?」
 かなたは俺の言葉に一瞬遅れて、顔を上げた。
 その時既に、体は毒々しいほど赤く、紅く染まっている。
「…ぁ…」
 吐息と共に零れる血。その瞳は急速に色を失う―――けど。
 大丈夫。
 俺は、こいつを殺したままにする気なんて、ないから。
「俺は、強くなんてないよ、かなた」
 お前がいなきゃ、強くなんてなれない。壊れてしまう。
 呟くうちに、彼女の目が閉じていく。
「…助けるから…」
 その言葉は、ちゃんと届いたのだろうか。
 呼吸を止めた彼女からは聞き出せない。
 そのことに少しだけ不安になったけど…別にいい。俺のすることは変わらないのだから。
「俺が、助けるから……」
 動かなくなった主人を改めて背負って、歩く。歩き続ける。
 広がるのはどこまでもどこまでも光だけが支配する道。無限とも思える空間。
 それでも…諦めない。
「絶対、帰るから…………」
 どれだけかかっても。あそこへ。



 ―――ある晴れた日の、とある場所。
 一人の男が歩いていた。旅の神官、と言ったところだろう。真っ白い法衣を着た男は、唐突に呼び止められた。
「なあ」
 男は振り向く。
 そこにいたのは、銀髪の少年。
 ―――それだけ、なら、驚かなかった。
「なあ、…を知らないか」
 少年は微笑む。とても、困ったような、悲しい笑みで。
 男は答えられない。ただ、こみ上げる吐き気と戦っていた。
 なぜなら―――
 少年が大切そうに背負っているものは、腐った人の死体。
 ―――だから。
「なあ、首を知らないか」
 がくがくと震える男に、少年は繰り返す。
「どっかで落としちまって。困るんだ。これじゃ帰れないから」
 あんなんでも女だし、なきゃ誰だか分からないもんな。
 な、と少年は語りかける。
 背に背負った―――骨さえのぞく、腐乱した肉の塊に。
 性別はおろか人だったことすら疑わしくぐずぐずと崩れたソレを、少年は大切そうに見つめている。
 そこが、限界だった。
 男は悲鳴を上げて走り去る。
「…なんなんだ、一体」
 協力してくれてもいいよな、少年は呟く。
 ごく普通の口調で―――ごく自然な顔で。
 けれどその目は現を映さない。壊れている。
「…ま、安心しろよ」
 少年は笑う。迷いなく、笑う。
 そうすると―――彼の主人が安心した顔をしたことを、覚えているから。
「お前のことは、俺が助けるから」
 少年には、もう、分からない。
 己の踏みしめる大地が、帰るべき場所と違うことも、白い白い空間で、膨大な時間がすぎたことも。
 時と言う概念をなくし、一人さ迷う少年は、分からないのだ。
 だから―――
「俺は、諦めたりしねぇからな」
 これはきっと、終わらない悪夢。





 あとがき
 もし立場が逆なら、というか、メーが違う意味で病んだら。一種の現実逃避です。
 しかもなんかすごい時間たって、挙句別世界というか、見知らぬ土地に出ちゃってます、という救われない話。