好きですと言われたことを、別に疑う気持ちなど微塵もない。
 ましてや浮気を疑ったことは、今のところ全くない。
 もしくは誰かが彼女を想おうと絶対に渡したくない。
 ―――つまり。
 彼女が誰か異性と話していても、まったく困ることなどない。
 むしろ、喜ばしいことなのだ。彼女は確かに変なものがついているし、少々対人関係の機微に疎いが、孤立したいと思っているわけでもないようなのだから。
 そう、だから。
 道すがらちょっと楽しそうに朝顔の話してる彼女と顔見知りの闇竜を、こんな気分で眺める自分はつくづくおかしい。
 ―――忌々しい。
 そんな気持ちで見ている自分は―――滑稽なのだと思う。

恋が病

 111番地の闇龍・惣闇は内心溜息をついていた。
 忙しさも一段落した時間帯、ふらりと店内へ入ってきた少年は、見知った龍だ。
 特に交流があるわけではないが、主人同士には交流があるため、顔見知り。その程度の龍だ。
 その程度の交流しかないはずの龍は、カステラを頼んで、そうして。なぜか惣闇をじぃっと見つめていた。
 否、それは随分と好意的な表現だ。実際は、凝視している。メニューの影から隠れているつもりなのかもしれないが、むしろがん見だ。視線に重さがあれば潰されそうな熱心さでじぃいいいっと見つめられている。うらみがましく、不機嫌そうに。
 そろそろ営業妨害レベルの苛立ちを隠さない顔で見つめられる心辺りが、彼には一つだけあった。
 彼は先日、ある光龍と雨宿りをしたことがある。巫女服もどきで言動も不思議な彼女は、交際を続ける龍がいる。その龍が、こちらを睨んでいる龍であり。彼がなにかと嫉妬深いことも、惣闇は聞き及んでいた。より具体的に言えば、この店に来てしくしく泣きつつ愛龍からの家庭内暴力を語るある青髪トレハンを見たことがあった。
 だからこそ、彼は思う。
 また嫉妬してくる方が増えたなあ、と。
 なにかを悟ったように遠くを見つめる彼は、ちくちくと突き刺さる目線に、そっと息をついた。

 僕は何をしているんだろうなあ。
 追加注文したカステラをぱくつきながら、風矢は思っていた。
 分かってはいるのだ、つい先日偶然見た光景に、自分が不機嫌になる要素がないのは。
 あの程度で浮気を疑っているのなら、真に疑うべきは自分の神経だ。疑り深いにもほどがある。
 ついでに、闇龍の彼が彼女になんらかの想いを抱いているということもあるまい。仮にあったとしても、そんなこと。あの光景を見ただけで分かるわけがないのだ。
 だから、あの2人を見て嫉妬した自分は、少々おかしい。
 今こうして好物を食べているのに砂でも噛んでいる気持ちになるのは、とてもおかしい。
 内心で小さく舌打ちをして、最後の一切れを口に放る。
 しっとりとしたそれは、普段なら美味なはず。なのにやはり、苛立ちで味が分からない。
 なにか非常に空しくなって、黙って伝票を握る。席を立つ際、少し大きな音が立ったのが、また一層苛立たしかった。

「ありがとうございました」
 そう言ってレシートをよこす彼は、やはり、どちらかといえば感じが良い龍だと思う。接客業なのだから、当たり前だろう。
 それでも、今、非常にイラつく。イラつく自分に一層苛立ち、顔が歪むのが分かる。
 ごちそうさまでした、とその一言さえ忘れて背を向ける風矢に、惣闇は疲れたような息をついたのだが、彼は気付かぬままだった。


 ―――そんなことを経て、彼は彼女を見つめていた。
 自分の部屋で膝を畳んで熱いお茶をすする彼女を、ぼんやりと見つめていた。
 白と黒の部屋の中では、その青い目と赤い袴が鮮やかだな、と風矢は思う。鮮やかなその姿が見慣れたものになって、随分経つ。その姿がこの部屋にあるのが珍しくなくなったのも、同じ。
 そのことが、とても嬉しい。困ったこともあったが、今はただ彼女が愛おしい。
 だからこそ、余計なことを考える。
 とられるとかとられないとか、そんな勝手な話。あるいは、いつか離れられるかもしれないという、わけのわからぬ不安。そんな影が見えたわけでもないのに疑っているなんて、彼女に対して失礼な話だとは、思う。けれど、疑っているわけでもないのだ。
 信じれば信じるほど、心の中でなにかが囁く。
 幸せだから―――もし失ったら、と。考えてしまう。
 意味がないと分かっているのに、どうしても。
 ああいっそ。ああいっそ、と風矢は思う。
 いっそ、余計なことを考えないように囲ってしまおうか。どこかに閉じ込めてしまおうか。そうすれば、不安がらずに済むだろうか。
 考えかけて、馬鹿らしいと自嘲する。
 彼女は育った環境が育った環境だ、もしかしたら順応してしまうかもしれない。けれど、それでも疑うだろう。恨まれてはいないか。嫌われてはいないか、と。自分に良心が残っている以上、考えずにはいられないはずだ。
「…小町さん」
 なんとなしに、名前を呼ぶ。はい、と答える顔は、ごく日常的なモノ。日常的になったからこそ、胸の中で淀んだ声が大きくなる。
「僕がそれになにか一服盛ってたらどうしますか」
 すい、と湯のみを指差し言う彼に、彼女は僅かに首をかしげる。
「風矢さんはそんなことなさいません」
「…そんなの、分からないじゃないですか。ふっと魔が差すかもしれませんし。…僕は優しくありませんし」
「…そういうことを言うところ、久々に見ました」
 困ったような顔をして、彼女はそっと手を伸ばす。
「なにがあったんですか?」
 熱を測るように手の平を額につける恋人を、風矢はじっと見つめる。
「なんでもありませんよ」
 でも、と言葉を継ぐ。じっと見つめて、伸ばされた手を掴み返す。
「…君の所為だ」
 いっそ泣きだしそうな心地で、低く呟く。
 え?と不安そうな声を遮って、唇を重ねる。
「…もう、戻れないじゃないですか」
 君が好きすぎておかしくなる、なんて。そんな言葉は言いたくなかった。冗談ではなくなってしまった今、あまりに情けなかった。
「君がいない頃には、もう、絶対戻れないから―――嫌がられようと離れられないみたいですよ、僕」
 それでも、今訴える言葉とて、似たようなものか。
 胸の中に抱きしめた少女に呟きながら、僅かに自嘲する。
「嫌にはなりません」
「…それも知ってますよ」
 それでも湧き上がる不安に、なんと名付ければよいのだろう。
 背中に回る手のぬくもりを感じながら、そっと目を閉じる。
「愛しています」
 意識せずとも甘くなる笑顔と共に、彼は再度唇を塞いだ。





あとがき
 思ったより裏っぽくならなかったけどこの後裏っぽいかぜこま。(待て)
 あんまりなネタかと思ってボツるつもりだったけど朱音さんが良いって言ったからお言葉に甘えました。
 それにしても若干思考回路がヤンデレじみてるなあ、と思ったけど別にヤンデレではないんですけどねえ。126番地で緋那の次にヤンデレ程遠いですよ。きっと。