涙―Rui―

「慶!!」
雅が、慶に駆け寄る。

どうして、なんで。

疑問ばかりが慶の頭を過る。
「!お前怪我してんじゃねーか!!今すぐ止血を…」
「雅…どうして……」

わからない。傷つけたのに。殺しかけたのに。

止血をしようとした雅の手を、慶が掴んだ。
「慶…?」
「雅、なんで……」

なんで、お前は………

「俺は、人殺しだぞ…?」
慶の言葉で、雅の顔が険しくなった。
「…それが、どうした。」
雅は、震えた声で答えた。
「確かに、俺は人殺しが嫌いだ。だから、慶は許せない。慶を許したら……俺は俺自身の罪を許してしまうことになるから。」
慶の紅い瞳を真っ直ぐ見つめて、雅は言う。
「俺も、人を殺したことがある。だから俺は自分が許せない。だから俺はもう人を殺さない。だから人を殺した慶も許せない。でも……慶を信じてる。」
雅の言葉に慶は目を見開いた。
「過去の慶じゃなくて、今の慶を信じてる。」

「それだけじゃ、ダメか…?」
雅の表情から、切実な思いが伝わってくる。
雅の温かくて、心地良い優しさが、胸に染み渡る。
「雅…俺は……」

「俺は…皆と一緒にいて、いいのか?」
「当たり前だろ。」
雅は、笑顔で答えた。
「皆も、慶のことを信じてるよ。」
雅の言葉の後に、慶は後ろから頭を小突かれた。
「まったく…何やってんのよあんたは。」
「余計な手間かけさせんなよ。」
希羅と竜臣だ。
2人も、雅と同様、いつも通りに接してくれる。
雅の、言っていた通りだった。
「……ワリ。」
慶は、笑って、それだけ答えた。
「流……?」
何かに気づいた雅は、流がいる方へ目を向けた。
流の足元には慶が殺した少女の遺体が横たわっている。
瞬間、その少女の遺体が消えた。
否、蒸発した。何もかも。
「流!?お前一体何やって……!!」
流の理解できない行動を、雅が問い詰める。
雅以外の全員が、流の行動に驚いていた。
「何、って…遺体処理だけど?」
いつもの笑顔で答える流。
しかし、何かが変だ。
「処理って…だからって、こんな……」
「ここに置いたままにしても腐っちゃうし、埋めるにしても遺体運ぶのなんて嫌でしょ?だったら、燃やした方が早い。」
笑ってはいるが、どこか冷めた目で言葉を続ける。
「もう行こう。仕事は終わったんだから。慶の傷も治療しなきゃいけないし。」
流の言葉に、どこか釈然としないものを感じつつも返す言葉がなく、慶達は出口へ向かった。
「………だから薬は嫌いなんだ。」
流の呟きは、雅にしか聞こえなかった。



家に帰ると、雅が荒らされた部屋の真ん中で泣いていた。
『雅…?』
『流…!!泪が……泪がっ………!!!!』
荒らされた部屋と、雅の顔にある殴られた痕がただ事ではないことを物語っていた。
『泪が…研究所の奴らに連れて行かれちゃった……!!』
その言葉に、一気に体の血が冷えていくのを感じた。



シャワーを浴びながら流は昔のことを思い出していた。
『あの日』が近いせいもあるが、今日の薬物中毒の少女のことが追い討ちをかけた。
腕のいい薬師だった姉の泪。
そのせいで研究所の奴らに目をつけられ、研究に協力させられるために連れ去られてしまった。
守れなかった。
研究所に行ったときには陵辱され、殺された後だった。
「…俺のことあんなに弱いって馬鹿にしてたのに、何死んでんだよ……」
あれから何年経っても、この気持ちを拭い去ることはできない。
大切なものは失って初めて気がつくというが、それでは遅いのだ。
失ってからでは、何の意味もない。

流がシャワーから上がると、雅が部屋を訪ねてきた。
2人でベッドに腰掛け、コーヒーを飲んでいると、雅が口を開いた。
「もうすぐ泪の命日だな。」
そう、『あの日』とは泪の命日。
流と雅が泪の死を知った日。
「そうだね。」
「…今日、それで様子おかしかったんだろ。」
「別に、いつも通りだけど。」
「嘘。」
「嘘じゃないよ。」
「嘘だよ。わかる。」
雅を見ると、真っ直ぐに流の目を見据えていた。
他の嘘には疎いくせに、こういうことは聡いのだ。
「…そうだね。ほぼ八つ当たりだ。かっこ悪い。」
「そんなことないよ。」
自嘲する流を、雅は制した。
「誰だってそういう時がある。俺だって今も思い出すだけで辛い。流は優しいんだよ。でも、自分に厳しい。だから、自分を許せないし薬も憎んでる。心のどこかで、すべての人を助けようとしてる。……そんなに頑張らなくていいんだよ、流。」
優しい声音で、雅が言う。
流は、答えることができなかった。
雅が思っているほど、自分はそんなに立派な人間ではない。
そう思っても、声が出ない。
「今年も、あそこに行くんだろ?遥霞に休みもらってくるよ。」
そう言って立ち上がった雅の腕を、流が掴んだ。
「雅。」
「ん?」
「俺は弱い。」
「流は充分強いだろ。」
「俺は、弱いよ。誰よりも。だから、それを隠すために戦闘のスキルだけ磨いた。俺は…弱くて、小さな人間なんだ……」
「だったら、」
雅は腕を掴んでいる流の手に自分の手を重ね合わせると、静かに、それでいて力強い声で言った。
「俺が、流を守るよ。」



泪の命日の日。
雅は泪の墓の前に立っていた。
亡骸はここにはない、便宜上の墓だ。
雅と流があの日のことを忘れないように、以前住んでいた家の近くに作った、小さな墓だ。
流はまだここに来ていない。
先に来ているように言われ、花束を供えたところだ。
「泪、俺と流に、仲間ができたよ。」
雅は、泪を思いながら語りかける。
「皆良いやつで、流もすごく楽しそうなんだ。あんな流、初めて見るよ。泪にも、見せてあげたかった…」
ここに泪はいないが、どこからか「そんな流気持ち悪いわ」と聞こえてきそうだった。
「流は自覚ないみたいだけど、泪に似て、優しすぎるんだ。自分は関係ないような顔してても、どこかで心を痛めてる。俺は、流の助けになれてるのかな?泪。」
答えは返ってこない。
しかし、泪ならこう言うだろう。
「それは自分で考えなさい」
「…わかってる。だから、俺は流と一緒にいるんだ。流を、助けたいから。でも、今は違う気がする。」

「今は、流のことが好きだから…大切だから、失いたくないから、一緒にいるんだ。きっと。」

「泪、俺が、流を守るよ。だから、天国から、少しでいいから、俺に力を貸してほしい。」

「いつか、俺が流に自分の気持ちを伝えられる日に。」

「当たり前よ。」
そんな声が、聞こえた気がした。
雅が心の中で「ありがとう」と言うと、後ろで足音がした。
雅が振り返ると、そこには流がいたのだが…
「流…髪、染めたのか?」
以前の金髪赤毛ではなく、澄んだ、夕陽色に染まっていた。
髪も少し短くなって、爽やかな印象だ。
「うん。イメチェン?」
笑って答える流は、泪にそっくりだ。
「変かな?」
雅に歩み寄りながら流が問う。
「ううん。俺の、好きな色だ。」
大好きだった泪の色。
雅は目を細めて笑った。
「泪。」
流は、墓前で語りかける。
「俺は、いつまでも泪に勝てない弱い人間だった。戦闘面じゃなくて、心の方で。」
流の目には、決意のようなものが見えた。
「だから、俺はこれから強くなる。泪にも、雅にも負けないように。そして、雅を守ってみせる。生意気だって言われるかもしれないけど。」

「そして、周りの人間を誰も死なせたりしない。絶対に。」
流は、力強い声で言った。
「泪の思いを、受け継ぐよ。」
泪が教えてくれたことを思い出しながら、流は誓った。


一通りのことを終えた後、ふいに流が口を開いた。
「もう、ここに来るのはやめようか。」
「え?」
「泪はここにいないし。いつまでも泪に縋ってるわけにはいかない。それに、俺達には帰る場所があるんだから。」
「…そうだな。」
どこかしがらみがなくなったような顔をしている流を見て、雅は嬉しくなって微笑んだ。
「じゃぁ、帰るか。」



皆のもとへ帰ったら、案の定流のイメチェンに驚かれた。
「アレ?」
「流…随分変わったわね…頭が。」
「頭が可哀想な人みたいな言い方しないでくれる?」
「なんか新鮮だな…何かあったのか?」
「俺なりのケジメ?」
「え、雅のこと諦めたの?」
「君はそんなに寿命を縮めたいのかな?」
「ごめんなさい。」
「まぁ、前よりはいいんじゃない?ねぇ?」
「あぁ。変に目立たないしな。」
「前は目立ってたの?」
「えぇ、とっても。」
「アレで目立たない方がおかしいだろ。」
「そういえば、雅は?」
「あぁ、なんか今晩のご飯雅が皆にご馳走してくれるって。」

こうして、いつもの日々が続く。
流の強い決意は秘められたまま…

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