「社長、お茶です。」
「あぁ、ありがとう。そこに置いておいてくれ。」
スーツに身を包み、眼鏡をかけた雅が椅子に座っている初老の男性に、入れたばかりのお茶を出した。
「いいなぁ〜・・・・・俺も雅にああいう事されたーい・・・・・」
向かいの廃ビルから、双眼鏡でその様子を見ていた人物、流が呟いた。
「いつもされてるじゃない。ご飯とか。」
そんな流に、希羅は呆れの声を漏らした。
「そうじゃなくてー、俺もああいう風にスーツ着た普段とはちょっと違う雅にああいう事されてみたいって事だよ。」
「変態ね。」
「変態だな。」
「なんか最近流の変態度上がってないか?」
そんな希羅の言葉に同意したのは竜臣と慶だ。
この4人は、今回は偵察役である。
「それにしても・・・・今回は長引くわね。」
「パスワードがなかなか合わないんだろ?」
「遥霞さんがリストアップしたのにおかしいね。」
この仕事を始めてから、もう5日も経っている。
始まりは、6日前の遥霞の一言だった。
「雅、明日から潜入捜査ね。」
「は?」
仕事だと言われ、来てみれば唐突な遥霞の言葉。
雅は間の抜けた声を出した。
「潜入って・・・・・どこに?」
「この会社。ライバル会社がこの会社の機密文書が欲しいんだって。その機密文書はパソコンで管理されてて、パスワードを入れなきゃいけない。
これ、俺がリストアップしたパスワードね。」
そう言いつつ、何枚かの紙を渡した。
それには、意味のわからない文字の羅列が紙いっぱいに書いてあった。
「・・・・・これを全部試せって言うのか?」
「うん、そう。頑張ってね♪」
雅は何かを言いかけたが、諦めた。
文句を言っても、聞き入れてくれないことはわかっていた。
「でも潜入ってどうやって・・・・?」
「ここの秘書試験受かったから秘書として潜入して。秘書だと社長に一番近いでしょ?服とかは用意しておいたから。」
「どうやって受かったんだ・・・・・?それとこの眼鏡は・・・・」
渡された紙袋の中身を確認していた雅が袋の中から眼鏡を取り出す。
「年齢詐称したからちょっと年上に見えなきゃいけないんだよ。度はないから大丈夫。」
それじゃぁ頑張って。と、話は終わった。
そして、流達には、
「今回は、雅の偵察をしてもらうから。」
「偵察・・・・・?それって雅の朝から晩までの行動パターンを包み隠さず知れるってこ・・・・」
「流、激しい勘違いはしないで欲しいな。偵察は4人でやってもらうから。雅には調べ物してもらってるから、何か危ない事がないように見張ってて。」
遥霞の言葉に、なんだ・・・・・と肩を落とす流。
しかし、ある事に気がついた。
「それって、もしかして雅じゃなくてもできることじゃ?」
「まぁそうだね。」
「じゃぁ、何で雅をそんな危ない目に?別に希羅ちゃんでも充分じゃ・・・・」
「あんた私になんか恨みでもあんの?」
不意に出た自分の名前に、希羅は流にキッと、きつい眼差しをむける。
「希羅は武器が刀だから中に持ち込めないから不利なんだよ。その点雅は刀がなくても能力があるから多少危なくても何とかなるでしょ?」
「だったら事務に慣れてる智華さん・・・・・」
「殺すよ?」
まだ言いかけだった流の言葉を、遥霞は冷たい声で制した。
「・・・冗談だよ。いくら雅が大切だからって無力な女の人を犠牲にしたりはしない。だったら俺が雅を守るし?」
「そ。それは良かったよ。じゃぁ、頼んだよ?」
それが、雅達に告げられた仕事内容。
仕事を始めてから丸5日、なかなか進展はなかった。
パスワード画面には辿り着けるのだが、その肝心のパスワードが合わない。
そして、今日も・・・・・
「チッ、またかよ・・・・・」
雅はパソコン画面を見て呟いた。
画面にはパスワード不適合の文字。
社長室にしかいることのできない雅は、社長の目を盗んでハッキングしなければならず、これも仕事が進まない1つの原因だった。
そしてもう1つ・・・
「何やってんの?」
同じ秘書として働いている、深丞 明乃という女性。
女性というよりは少女に見えなくもないが、紹介の時は22歳だと言われた。
この女性の存在も、雅の仕事の妨げとなっていた。
「い、いや別に・・・・」
急いでノートパソコンを閉じる雅。
自分と同様社長にもっとも近しい存在の彼女に知られては面倒な事になるのだ。
「そろそろ昼休みでしょ?どっかに食べに行かない?」
「ワリ、俺行くとこあんだ。」
「そう?じゃぁまた今度。」
「あぁ。」
立ち去る明乃の後ろ姿を見て、安心したように息を吐く。
予想以上に疲れる仕事だ。
「あぁ、またダメだった。残り少なくなったからそろそろだと思うんだけど・・・・・あぁ、わかった。」
遥霞に連絡を終えた雅は眼鏡を外し、溜息をつく。
度は入っていないが眼鏡をかけているという意識をもっているせいか、目が悪くなったような気分になる。
そして、ふと、自分の隣に座っている男性に目を向けた。
その男性はブラックコーヒーと思われるものに、それは大量の、見てるこっちが胸焼けしそうな量の砂糖を入れていた。
そして、その様子をじっと見ている雅に、店の店主のライドが声をかけた。
「お客さん、見ないほうがいいぜ。見てるこっちが気持ち悪くなっから。」
「あ、あぁ・・・・」
雅が頼んだサンドウィッチを出しながらそう言うライドに、雅は隣の男を気にしながらも相槌を打った。
「・・・・そういえば、あのガキはどうしたんだ?やけに静かだな。」
ふと、雅が口にした。
「ああ、セレナなら・・・・」
ガシャンッ!!!ドゴンッ!!!グチャァッ!
「・・・・・・なるほど。」
「俺、逃げようかなぁ・・・・」
ハハハ・・と、涙を流しながら渇いた笑いをライドは浮かべていた。
「あれから、料理の腕の進展はないのか。」
「進展もクソもねぇよ。それよりか酷くなってるような気が・・・・この前なんて・・・・この前なんて・・・・・・!!!」
「ああ、いい。なんとなくわかったから。」
きっと、死にかけたのだろう。
本気で語りかけてくるライドが気の毒になり、雅はそれ以上語らせないようにした。
そのとき、店のドアが開き、1人の客が入ってきた。
「ちょっと、見てるこっちが胸焼けするからその砂糖の量やめてくれない?」
その客はつかつかと、雅の隣に座っている男性にまっすぐ歩いていくと、そう言った。
「・・・・明乃?」
雅は、聞き覚えのある声に、思わず声を漏らした。
すると、その人物も振り返る。
「・・・・雅・・・・」
2人の間に、気まずい空気が流れた。
「何だ、明乃も潜入の仕事だったのか。」
お互いに自分のことを話し、同じ仕事だということを知った。
先ほどとは打って変わって、穏やかなムードになっている。
「ええ。それにしても・・・・これは奇遇、と言っていいのかしら?」
「そう・・・だな。内容もおんなじだし。そんなにあの会社恨まれてるのか?」
「なんか強引な手口でいろんな会社を買収してるみたいよ。買収されるのが怖いから潰そうとしてるんじゃない?」
「ふぅん。なんか潰すことに手を貸してるみたいであまりいい気はしないな。」
「それはそうと、共同戦線張らない?そのほうが効率いいわよ。」
「そうだな。よろしく。」
「ええ。」
同盟を結んだところで、ふと、雅が思い出したように言った。
「そういえば、あの男と知り合いなのか?」
あの男とはコーヒーに恐ろしいほどの量の砂糖を入れていた男のことである。
ちなみに今は生クリームたっぷりのイチゴショートを食べている。
「ああ、兄よ、一応。」
言われてみれば、彫りの深い顔立ちとかは似てると言えなくもない。
「兄貴ねぇ・・・・・それにしても・・・・なんだあの砂糖の量は。」
明乃の兄がコーヒーに入れていた砂糖の量を思い出しながら雅が言う。
「気にしないで。ただのというか度が過ぎた甘党なだけだから。」
「俺思うんだけど・・・・甘党だったらコーヒー飲まなけりゃいいんじゃねえのか?」
もっともなことを口にする雅。
「あたしに言わないで兄に言って。」
初対面でそんなこと言えるわけないだろう。
雅は心の中で呟いた。
「そういえば、同じ仕事だったってことはそっちもパスワード持ってんだよな?どんなのだ?試してみたので被ってるのあったら消しておいたほうがいいだろ?」
「それもそうね。・・・・・これがあたしのパスワード。」
明乃はかばんから一枚の紙を取り出した。
それには雅のものと同じようにびっしりと文字が並んでいた。
「・・・・・地道な作業になりそうだな。」
「そうね・・・・・」
そして2人はパスワードの添削作業を始めた。
それから2日後。
仕事は何とか無事に終わった。
2人はそれぞれの依頼主に文書を渡して、仕事を終わらせた。
「で、いったいどうしてこんな状況になったんだろうな・・・・・」
「さあ・・・・」
脱力しながら呟く雅に、明乃も疲れたように答える。
今の状況とは、遥霞の組織と明乃の兄――深丞武行の組織とのドンちゃん騒ぎもとい飲み会である。
もともとは雅と明乃の2人で夕食をする予定だった。
そのはずだったのだがいつの間にか人数が増え、ライドの店「PANAKIA」は貸し切り状態の宴会になってしまった。
事の発端は自分が悪いといえば自分が悪いのかもしれない。
いつも白蓮の夕食を作っている雅は今日の夕食は食堂でとってもらおうと白蓮に告げるため、智華の部屋を訪れた。
そこに遥霞がいたのだが、今思えばそれが失敗だったのかもしれない。
白蓮に告げると「僕も行きたい」と騒ぎ出す始末。
雅は何とか説得して明乃との待ち合わせ場所に行ったつもりだった。
しかし店に着いてから数十分後、遥霞がいつものメンバー――流を含む――を引き連れて店にやってきた。
―――俺の仕事が長引いたからストレスが溜まってたのか・・・・?馬鹿騒ぎしたかったのか・・・・?
雅は密かにこんなことを思っていた。
そして武行たちの場合は、―――明乃は知らないことだが―――りおが雅と明乃が2人でいるところを目撃。
雅を男と勘違いし「明乃に彼氏ができた」と武行と紅也に報告。
「まさか」そんなことを口にしながらも明乃たちが入っていった店に赴いた。
そしてそこで初めて雅が女であることをりおは知った。
このようにして、今の状況が出来上がった。
「雅〜〜vv雅も飲もーよーv」
チューハイが入ったグラスを片手に雅に抱きついてきたのは白蓮である。
「いや、酒はちょっと・・・・ていうか白蓮飲んでんのか!?」
グラスの中の酒の大半がなくなっていることからだいぶ飲んでいることが想像できる。
「うんvなんで?飲んじゃダメだった?」
白蓮は不思議そうにたずねてくる。
「いや・・・・ダメってわけじゃないけど・・・・白蓮未成年じゃないのか?」
「僕の場合年齢不詳みたいなもんだからねー。大丈夫じゃない?」
―――そんなもんでいいのだろうか。
飼い主の雅はちょっと頭を悩ませた。
「雅ってお酒飲めないの?」
「飲めないっていうか、未成年だし・・・」
「律儀ねぇ。そんなの守ってんの雅くらいじゃないの?」
そういいつつグラスの酒を飲み干す明乃。
明乃もそこらへんで騒いでいるやつらに負けず劣らず酒に強いようだ。
「そうなのか・・・・?」
明乃の言葉でちょっと不安になる雅。
―――いや、でもたしか前酔った人間は何をするかわからないって流が言ってたしな・・・・
「大丈夫だよ雅。ちょっとくらいならvv」
そう言いつつ雅を煽る白蓮。
「何雅のことたぶらかしてんの?」
笑顔だがそれは底冷えする笑顔、を浮かべた流が白蓮の頭をぐわしと掴み、雅から引き離した。
「痛い痛い!!!頭が割れたらどうするんだよっ!!」
「化け猫の頭は割れないんだよ?もしくはすぐに再生するんだよ。知らなかった?」
「化け猫じゃないって何べんも言ってるだろ!それに飲むか飲まないかは雅が決めることだろっ!!!」
「雅に酒飲ませて何する気だ?飲み比べで俺に勝ったら雅に飲ませてもいいよ。」
「何で流にそんなこと・・・・まぁいいよ。いつかは流と決着つけなきゃなって思ってたし。」
そう言い、流と白蓮は向かい合わせにしてテーブルに着いた。
「おい、白蓮・・・・やめておいたほうが・・・・流ほんとに酒強いんだぞ。」
「大丈夫だよ、雅。僕、雅のために頑張る!」
――――どこら辺が俺のためなのかわからないんだが・・・・・
雅を尻目に、2人は飲み比べを始めた。(ちなみに遥霞と竜臣も別の場所で飲み比べている)
2人ともかなりのハイペースだ。
雅は止めることを諦め、明乃のところに戻った。
「大変なのね、雅って。」
「あぁ・・・・明乃のところはこういうことないのか?」
「ない・・・・と言える気がする・・・・様な・・・・しない・・・かもしれない・・・・」
明乃がチラッとりおに目を向けると、りおは無言でぼろぼろと涙を流していた。
「おい・・・・あいつ泣いてんぞ。なんかあったのか?」
あまりの泣き方にちょっと心配になる雅。
「ええ、大丈夫よ。酔ってるだけだから。」
「酔うと・・・・・泣くのか。」
――――流の言ったとおり、酔っ払いは何をするかわからないな、ほんとに。
「なんか・・・・・絡みづらい状況だな、これ。」
「別に絡まなくてもいいんじゃない?」
「いや・・・なんつーか・・・俺たちだけ浮いてるって言うか・・・・・」
そんな雅の言葉を破ったのは、意外な人物だった。
「みなさーん!私が愛情vを込めて作った料理食べてください!!」
皿を持ってきつつ笑顔でやってきたのはある意味最恐ウェイトレスのセレナだ。
大勢の客が来たことをチャンスだと思ったのだ。
「料理」という言葉を聞いた瞬間場が固まり、そして全員がセレナから目を逸らした。
皆、セレナの料理の殺傷力を知っているのだ。
「・・・やっぱり・・・・誰も食べてくれないんですね。」
しょぼんとするセレナを見て罪悪感がわく者もいるだろうが、皿の上の本人曰く「料理」を見るとそんな気持ちはなくなり、自分の命の保全のことだけを考えるのだ。
ちなみに今回の「料理」は相変わらず何を作ったかさっぱりわからないがとりあえずわかることは、焼かれているであろう生地の中では何かが呻き声をあげている。
ということだ。
その声は掠れているようで、しかし嫌に耳に残る気味の悪い声だった。
「あら?」
不意に、セレナの視線が白蓮へと向けられた。
ぎくりとする白蓮。
「あなた・・・初めてのお客さんですよね?どうぞ、これ食べてください。サービスですvv」
「い、いや・・・・そんなサービスいらないから!!!ていうかそのサービスの意味がわからないから!!!!!」
冷や汗を大量に流しつつ必死にこの場を切り抜けようとする白蓮。
しかし、そんな白蓮の努力を無に帰そうとする男がいた。
「食べてみたら?きっとおいしいよ?」
そう告げる顔はあくまで笑顔。
しかし今度は何かを目論んでいる笑顔である。
「嫌!!!絶対ウソでしょそれ!!!ていうか離してよ!!??」
いつの間にか自分を羽交い絞めにしている流に講義をするが、そんなことをしても無駄だった。
「ちょっ・・・・流!やめとけって!!白蓮体調崩すから!!!」
「あぁ、それはとても喜ばしいね。」
雅の言葉すら聞き入れない流を見て、周りの傍観者たちは「本気だな・・・」などと思っていた。
――――ていうかあの料理食ったら体調崩すどころじゃないんじゃ?
そんなことも思っていた。
下手な発言をすると自分に矛先が向く可能性があるので誰も口出しはしなかった。
そして、白蓮の運命の時が来た。
「さぁ、ちゃんと飲み込むんだよ?」
フフフ・・・・と笑みを浮かべながら「料理」をわしづかみして白蓮の口に押し込めた。
全員の視線が白蓮に行った。
ゴクンッと、「料理」を飲み込む音が響いた。
「びゃ、白蓮・・・・?大丈夫か・・・・・?」
雅が心配そうに声をかける。
「ふっ・・・・・」
「ふ?」
白蓮の言葉を、全員が繰り返した。
「ふふ・・・・・ふふふふふふふふふふ・・・・・・皆殺しだぁ―――――っ!!!!!!!!」
何――――――――!!!!!!????
急な白蓮の発言に驚きを隠せない一同。
そして白蓮は言葉通り皆殺しをするかの如く暴れだした。
倒れるテーブル、宙を舞うグラス。
当たらないようにと誰もが避けている中、ライドは店の奥で泣いていた。
「ちょっ・・・・白蓮やめろって!!!店に迷惑だろ!」
雅が白蓮を抱くようにして止めると、白蓮の動きがぴたりと止まった。
「ふえ〜〜・・・・雅〜〜〜〜〜〜!!!」
今度は雅の胸に顔をうずめて泣き始める白蓮。
周りの者は白蓮の行動の意味がさっぱりわからない。
「ったく・・・・・流のせいだからな!」
怒りの矛先を向けられ、ちょっといじける流。
しかし、こうなることは予想できなかったのだから不可抗力では・・・?とかも考えていたりする。
「ねぇ、雅vv」
今度はけろりとした笑顔で、雅を見上げてくる白蓮。
「これからホテル行こvv」
再び、場の空気が固まった。
「ホテルって・・・・そんなとこ行かなくても宿舎に帰れば寝るところはあるぞ?」
そして天然を爆発させる雅。
「んー・・・そっちのホテルじゃなくってぇ、僕と雅のあ」
「・・・っのもう我慢できないわ!!!早く離れなさいこの変態!!!!!」
我慢できなくなった奇羅が白蓮を雅から引き剥がしにかかる。
「あー・・・奇羅さん酷い・・・・あぁ、奇羅さん嫉妬したんだね?じゃぁ奇羅さん僕とホ・・・・」
「ギャ――――!!!??なんなのあんた一体どうしたの!!???ちょっ・・・・離れなさい!!!!」
今度は奇羅にしがみついて離れない白蓮。
あまりもの白蓮の豹変振りに傍観者たちは唖然とするしかなかった。
「これは・・・・・あの料理のせいか・・・・?」
明乃の隣で首を傾げる雅。
「もしくは酒と化学反応起こしたとか?」
続けて明乃も言う。
そのころ白蓮はといえば智華に抱きついて遥霞に発砲されている。
それを避けて雅たちのところに来た白蓮はいきなり明乃に抱きついた。
「もーいいもーん。明乃さんに優しくしてもらうーvv」
「おい、白蓮!初対面の相手に失礼だろ!!早く離れろ!」
半ば焦りながら言う雅の意見に同意する者がいた。
「そうですよ。うちの同僚に迷惑かけないでください。」
いつの間にか雅の隣にいた紅髪の青年―――古凪紅也―――は内の怒りを顔には出さないように注意して、白蓮を明乃から離れさせようと試みた。
思いの人が見知らぬ男に抱きつかれているのだ。
嫉妬などその他諸々の感情が沸きあがってくるのは当然だ。
「もう・・・いいもん・・・・どうせ・・・・・僕・・・・なん・・・か・・・・」
そう呟くと白蓮はばったりと床に倒れた。
そしてポンポンポンッ!という音を立てて、青年から少年へ、少年から妖精へ、妖精から猫へと姿を変えた。
「白蓮!!・・・・・寝てる・・・・だけか・・・・」
雅が猫の姿の白蓮を抱き上げると、白蓮が寝ていることがわかった。
一同は改めてセレナの「料理」の恐ろしさを思い知った。
そして、どっと疲れが出たのか全員が大きなため息をついた。
「ねぇ、雅。どうすんのよこれ?」
奇羅が指し示した先にはぐちゃぐちゃになった店。
雅はしばらく考えて、
「弁償する。」
そう言った。
「弁償って・・・・いくらするのかしらこれ・・・・」
明乃が呟いた。
給料をろくに払ってもらっていない身としてはほぼ全壊といってもいい店の弁償など考えられないことだった。
「・・・・金は結構あるし、もし足りなかったらここで働く。」
こんな時、料理ができてよかったと思う雅。
弁償額は思いのほか高く、雅は店で働くことになった。
しかし雅が働き始めた途端店は大繁盛。
すぐに弁償し終えた雅が店をやめると店はすぐにガラガラになったという。
ちなみに白蓮は1週間寝込んでいたようだ。