最初に見た時は、どうしようかと思った。
苛立っていたと、そう思う。
けれどそれは間違っても小さな赤ん坊に対してではなく、それを抱いて罰が悪そうに笑う父に対して。
それでも。
それでも、初めて弟を抱いたその時。全てを忘れて、思ったことはただ一つ。
ああ。僕は。
この子を命ある限り慈しみ、守ろう。
とてもうれしくなって、そう思ったんだ。
痺れた腕に愛の重さが加わった
…知ってはいるんだ。こんな町にいるにしては、父はまだマトモな方だ。…善人ではないが、自分の子供に金銭的な援助を惜しまない程度には、情のある人だ。ろくでなしで飲んだくれで女にだらしがなく脱いだものは脱ぎっぱなしとにもかくにもあらゆるものがだらしない人だが、別に感謝の情を抱かぬほどではない。
しかし、やはり、だらしない。
どこで作ってきたんだ、その子供。しかも産ませるな。育てるの僕だろ、たぶん。あんた自分で言ってたじゃないか。
母がいなきゃ僕は途中で死んでいたと。もうあの人はいないんだけどなあ。随分前に出て言ったきりなんだけどなあ。
「……和臣。色んな意味でオレが悪かったとは思うがまずは包丁を下ろすところから始めないか」
「とーさん。それは無理というものです」
「にじり寄るな。お前には悪かったと思ってはいなくもないんだ」
「……」
舌打ちして、言われるまま包丁を置く。別にどうこうするつもりなど欠片もなかったが、勘違いを正す気持ちにはならない。下ろしたのは、ただ。父の腕に抱かれた赤ん坊がかわいそうかと思ったからだ。
「…名前は」
「あ?」
「それ、僕の弟か妹なんでしょ? …名前ないなんて、言わないよね」
「…………」
「まさか言わないよなこのダメおやじ」
「…竜臣とか」
「とかってなんだ。ダメおやじ」
「だーっ! 細かいこと気にすんなよ! お前とそろいっぽくていいだろ! 今決めたそう決めたこいつ竜臣! ちなみにタツは竜な! 強そうだし!」
無責任極まりないことを叫んで、父は弟―――これで妹だったら不憫だ―――を僕に押し付ける。
ふにゃりと柔らかい、赤子の身体。
小さいのにずしりと重いそれに、胸の中の文句は全てとけてしまった。
残るのは、ただ。じんわりと胸に染みいる感動。
父はとてもろくでなしだ。僕がいなければ、どこまでもすたれた生活をするに違いない。
けれど、父はそれなりに強かった。ちっぽけな子供1人を、害されずに守れる程度には。
それでも、もう悟ってしまっていた。
僕の生まれた場所は、とても無慈悲で。誰か、支えられる相手と寄りそわなければ、死んでしまうだけだ、と。冷たい死体が増えていく、そんな場所なのだと。
だから、そんな温かさは、それまで知らなかった。
なんとなしに手を伸ばせば、きゅっと指を掴まれる。
眠たげに伏せられつつもこちらに向く瞳は、僕と同じ色をしている。僅かに生えた髪は…どうやら銀髪だ。これは、この子の母の色なのだろう。
「……ぁ」
声にも満たない小さな声。意味などないその声に、胸をつかまれる。
…ああ。守ろう。
僕の全身全霊で。命ある限り、慈しみ守ろう。
思い、ぎゅうと抱き込む。
小さくて柔らかい身体は、ひどくあたかかった。
―――そんなこんなで、もう、何年たったけ。
考えるまでもない、今年で10年目。ああ、色々あったなあと思いつつ、アルバムをめくる。
「…可愛かったなぁ…小さい達臣は」
「兄貴…うっとりと言われるとさすがにきもい…」
耳聡く聞きつけた弟が、ぼそりと呟く。ああ可愛くないこと言うなあ。でもまだ可愛いなあ。本当可愛いなあ僕の弟。
思い、ぐしゃぐしゃと髪を撫でてみる。細い銀の髪の感触も、幼い頃から変わらない…とまではいかないが、伝わるあたたかさは同じだ。
「…楽しいの? これ」
「すっごくね」
わけわかんねえ。小さく毒づく声を聞きながら、口元がほころぶのが分かる。
ああ、本当に。可愛くて生意気な僕の弟。
遠い昔、強く思った。
なにがあってもこの子を守ろう。
そうすることは、きっと僕の生きる意味だから。
そして今も、思っている。
「…兄にとって弟はいつまでも弟ってことなんだよ」
「…いつまでもかよ」
不満げな声に、いっそう笑みが深くなる。うん、元気なのはいいことだ。
ああ―――幸せだな。
胸の奥に、あの日のあたたかさが甦った気がした。
ということで弟のためならガチでなんでも出来る兄貴こと西園寺和臣。どうでもいいけど名づけの親は彼の母親。彼がまだ小さい頃に離婚…という概念がないけど、まぁ離婚して。それから父は一瞬息子放りだそうかと思ったりもしてるんですが情がわいたのでどうにか養ってました。親子という概念が希薄な中、お人よしというかなんというかな人なのかもなぁ。現在も元気に(?)飲んだくれてます。
竜臣とは所謂腹違い。だけど誰も気にしていない。竜臣は若干気にしていたかもしれないけど。本当若干だしなあ。兄は弟の兄であり姉であり母であり父であり(待て)なつもりでいたし。達臣が今なにかと辛くともどーにか自棄おこさないでいれるのは、小さい頃愛情たっぷりこってりに育てられた自覚があるせいなんだろーなあ。