誰かの泣いている声で目が覚めた。
 ベッドから半身を起した少年は、小さく溜息をつく。
 耳に届くのは、泣いていると言うよりは、震えているような。ひどく細い声。
 それでも、静かな寝床によく届く。二人きりの家にはよく響く。
 少年―――ライドは黙って立ち上がり、隣の部屋の扉を開けた。
 鍵をかけていなかったらしいそこは、あっさりと開き、より鮮明に細い声を届かせる。
 部屋の真ん中で嗚咽する当の少女は、彼が近づいてきたことに気付かない。

「セレナ」
 うずくまってい身体で、顔だけが上がる。見開いた目の焦点が、ゆっくりと合わさる。
 がたがたと震え、強張った身体から、妙な力が抜けていく。
「……ラ………」
 それでもロクに声も出せない少女の前に、少年はそっと膝をつく。
「セレナ。
 息、吸え。ほら、…大丈夫だから」
 背中をさすり、僅かにためらい。
 ためらいの後に何度も繰り返される言葉に、少女はほっと息をつく。
「………ごめんなさい………」
「…うん」
「ごめん、な、さ…っ」
 繰り返される謝罪は少年へのものではない。誰のものでもない。
 彼女の目にだけ映る、誰かに向けてのものだということを、彼は知っている。
 そんなわけが分からんこと言うな、と。切って捨てれる類のものでもないことも、理解した。
「ごめんなさい………」
 少女は人の過去が、記憶が見えるのだといった。
 強い感情を残した人間程よく見えると。―――こんな街で、そんなもの。殆どよくない感情だ。
 そんなものを見るのは、さぞやつらかろう。
「ご、めんなさい…………」
 特異な力を持つ人間は、何人か見てきた。その大半が、その力の所為で儚い運命をたどるところも。
 人に利用され、あるいは自分を過信し。破滅に向かうだけの人間を見てきた。
 だから、だけど。この少女の平穏を祈る。
 自分が一番苦しかった時、悲しかった時、一番に欲しかったものを与える。
 だから。
 泣きじゃくる少女へ、大丈夫だから、と繰り返す声は、だからその日も途切れなかった。


 彼女が泣く度、彼は繰り返す。
 大丈夫だからと繰り返し、何度も何度も背をさする。
 そのうち彼が危うい目にあっても泣くようになったから、危ういことからも少し遠ざかった。
 そうして二人暮らしてから、こういったことは少なくなったのだが。
 完璧にはなくならないものなのか、と。
 今は目をはらし、床に座る少女を見、ライドは少しだけ哀れに思う。
「……歴史を語る人間が大切だったんですよ。私の故郷は。だからわたしのようなものが必要でした。あの場所は」
 赤い眼尻を隠すことなく、ぼんやりと宙を見る少女が言う。
 故郷を失くしたという彼女の口から語られる過去は、いつも湿っぽい。
 しっとりと優しいこともないけれど、大抵は涙でぬれている。
「自らの正当性を、手放さないため。
 でもね、やっぱり、間違っているのは確かだから」
 けれどその日、珍しく乾ききった声で、セレナは続ける。
「『だから、我らはこうなった……』」
 続く言葉の意味は、彼には分らない。
 懐かしい母国の言葉で吐き捨てて、彼女はじっと目を伏せた。


 誰かはそれを因果と呼び誰かはそれを呪いと呼び誰かはそれを祝福と。
 続く血筋と、流れる血。
 それは同じ赤。
 交わらない色。
 絶えていく命。
 続いていく命。
 それは同じ色合いで、
 幾度となく繰り返される、物語。




 別名――――UISと黄昏になんの前触れもなくやたらとファンタジーな出来事が起こる後付け設定集。(後付け言い切った)番外編なのに一番上にくる暴挙。
 神様の末で魔法使いの末のお話。
 それぞれ本編登場人物を思わせる設定がある人々がいますが、別に直接血が繋がっていると言うことはないのでしょう。なにしろ遠い昔のお話です。
 それでも、誰かはそれを因果と呼んだり呪いと呼んだりしているお話。あるいは、もっと直接的に、魔法のお話です。きっと。
 行き場のない人達のはじまりは、そもそも追放者とかもう中2を極めてもいいんじゃね?と思って書いてみる。未リンクが執筆中。
 2014/10/25