およそ世間にせつないものは 惚れた三字に 義理の二字
暗い、暗い。ひんやりと冷えた部屋のどこか。
影に溶けるようにたたずむ少年は、黙って彼の護衛対象を見つめる。
主と言い換えてもいいし、ただ単純に大事なものといってもよかった。
声にすることはないけれど、そう思っている。
そんな女ぐっと背を伸ばし、先を歩く姿に、唇が薄く開く。
言葉を紡がぬまま、強く思う。もう、止めてしまえばいいと。
細い肩に豪奢な鎧などに合わない。
桜の爪に、傷などつかぬように。
そうして平穏に生きてくれと、叫んでしまえば―――……
どうなるというのか。
どうにかなると、思っているのか。
人の世の中をどうにかするすべなど、とうに失った身の上で。
そことの唯一のつながりである彼女に、一体何を。
彼女に―――彼女を。
もしも誰かに愛しているかと聞かれれば、黙って首を振る。
それでは到底足りないと。
うずく胸のうちを、告げぬままに。
そんな言葉を口にすれば、なにもかもが壊れる。
いや、何が壊れても構わない。
ただ彼女のなにかが壊れる。
彼女と己を繋ぐ何かが壊れる。
きっと、なにかが、と。
ならば何も言うまい。
口をつぐむことなど、意識せずともできること。
黙ってかたわらに、彼女を守るものとして。
それが彼女へ悪意をもつもの以外を遠ざけると、知っていても。
「レン?」
知っていても、あるいは知っているからこそ。
彼女に名を呼ばれるその時が、彼の生きるすべて。
黙って傍に現れるその姿を認め、彼女はやわらかに目を細める。
「ああ、なんでもないけどな。なんだか元気がない気がしたから。
だから、今日はもう無理をすることはないよ」
彼は何も言わない。
―――だというのに、その声を拾ったかのように彼女は言う。
穏やかで、しみいるような笑顔を以て。
かれは黙って首をふり、小さく呟く。オルエン、と。
「ここにいる」
思いを告げることはかなわない。否、単純にできないでいる今も。
ただその言葉を、彼女にささげる。
やけに真剣な眼差しに、彼女は笑う。
困ったように、それでもやわらかい表情のまま。
ならいいよ、と彼の肩を軽くたたいた。