獣の耳が生える

「谷川、これ、読み終わったか」
 から返すな。
 当たり前に紡げるはずの言葉が、喉の奥で凍る。
 声を、全てを失くして。オレはただ立ちすくむ。
 目の前にいるのは、見飽きた悪友。
 見慣れて見飽きたそのつら、いや、頭には、実に珍妙なものがはえていた。
 口元を押さえる手が震える。肩が、全身が、どうしよもなく震える。
「あっはっはっはっはっは! おま、……おま! お前なによそれ!?
 隠れた趣味? 持病? つーか自前!? ああ動いてるから自前だよなどっから映えたよそれ!?
 新手の嫌がらせの案かなんか!? 確かにすっげえ視界に毒だしはらいてーけどオレはのらねーよ? その芸。
 つーか耳なくなったわけじゃないのな! 4つあるのな!? あーっはっはっは! マジ似あわね―! 受けるわあー!」
 必死につっこんでみたが、もう限界。笑えて笑えて言葉にならない。苦しい。死ぬ。
「るせえ黙れ見んな消えろよお前は――――!」
 身体を二つに折るオレの前で、黒い耳がぴくぴく震える。たぶん、怒りで。
 でも余計に受けるから。マジ受ける。
 オレがまともに喋れるまで、谷川がうなだれるほどの時間を要した。

「…で。なに失敗すれば猫耳はえるのさ」
 直視しないように目をそらしつつ問いかける。
 谷川は深く息をついた。
「いや、もうすぐ仮装パーティじゃん? でさ。獣耳はやしたーいと盛り上がってる奴らいてさあー。ついつい高値で売り付けようと作ってみたんだ」
 …まあ、学校であるけどさ。そういうもの。あるけどな。
「…また無許可でんなことすると懲罰モ…いや、お前に限ってそれはないな。
 で、なんで誤飲したんだよ」
「いや、かぶったんだよ」
「なんでかぶるんだよ」
「机から落ちそうでさあ…受けとめようとするじゃん? したらな、こけたんだよ」
「とろいな」
「うっせえ」
 背中を向けられた。背を丸めているとこう、一層間抜けくせーと言わない程度にオレは優しい。
「……ま、成功じゃない? ヨカッタネ。もう最高にこれ以上なく生えてるぜ。ヒゲも生やせばもっと宴会芸向けだと思う」
「宴会向けじゃないし。純粋な下ごころと金儲けのために結構頑張ったのに。これだよ」
「いいじゃない。とれないというわけじゃあるまいし」
 軽い気持ちで笑ってみる。ぴこぴこ揺れる耳にもだいぶ慣れて、普通に笑えた、けど。
「…試作品」
 けれど、深く暗い声が響いた。
「これ、試作品で。まずはラットで実験するはず。だったんだ。…解毒剤、きく…かな………」
 その声は、とても悲痛だった。悲痛で、今にも消え入りそう…だけど。
「ごめん猫耳で泣かれても笑いしかわかない」
「薄情者!」
「分かった。もしもの時は焼き払ってやるよ」
「お前にだけは絶対たのまねー!?」


 ・男の猫耳はそんなに嬉しくない。けど書く。ええ書く。ファンタジーの無駄遣い。

女体(男体)化する

 朝起きたら。
 胸が生えてた。
 いつもより一オクターブほど高い悲鳴は、近隣に響きまくったらしい。
 ショックでもう一度寝てしまった俺には、良くわからないことである。

「やっだメー君超可愛い。すごく可愛い。最高可愛い…」
「うっとりというなよ! なんで俺だけだよ!? 呪い!? かなたの呪い!?」
「なんでうちの呪いさ!?」
 たまに俺に「…女の子なら可愛かったのにー」とか囁いてくるからだよ。
 訴えるのが億劫で、うなだれる。
 うなだれていると、よしよしと頭を撫でられた。
 磨智。お前さ。いいの、それで。俺女でもいいの? お前の好きってそういう意味でもよかったの? 泣くぞ。泣かないけど。
 ちなみに、見た瞬間、風矢は呼吸困難で召喚石にまでひっこんだ。笑いすぎだ。
 しかしかわいそうな目で見られても辛い。辛そうな顔でもしていたのか、緋那はどっか出かけたけど。当然のようにベムついていったけど。
 ああ、なんかこう、それがなんだっていうな。
 なんでこんなことになっているんだろう。日頃の行いが悪いんだろうか。俺、好きで女物きせられてるんじゃないんだけど。なんで。こんな。
「…朝町結界の不備、…の影響、かも、しれないけど…」
 なんで、と声に出していたらしく、かなたがぼそりと呟いた。
「…きっと理由なんてないよ。だってほら、朝町ってカオスだし」
 呟いた内容は、あんまり役に立たなかった。
 うん、お前、そういう奴だよな。
「いいじゃなーい。すごく可愛いっ」
「抱きつくな!」
「今女どうしだし。…てれなくてもよくない?」
「女にするな! 泣くぞ!」
「やっだいっつも鬱陶しいけど今その格好でされると可愛いーv」
 ぎゅううとより強く抱きつかれた。…なんだろう。この。こみ上げるこの気持ち。
「…磨智……。俺が女でもいいの……?」
 やるせないというかかなしいというか。空しいと言うか。泣きそう。あとくっつきすぎ。
 じんわりと視界がうるんだりしていると、ぱっと手を離された。見つめあったその顔が、にっこりと笑う。
「私はかっこいいメー君もいつものメー君も可愛いメーちゃんも大好きだよ」
「一瞬感動したけどメー子言うな!」
「じゃあ、メー絵?」
「いやいやいやそういう問題じゃねー!」
「私君が女の子ならサツキでもいいかと思ってたんだよねー。メイだから」
「そっか、五月だね」
「ぼそっと恐ろしいこというなあああ!?」
 楽しそうに笑いやがる磨智の肩をガッと掴む。
 そうして近づくと、磨智が俯いた。
 …え、なに。反省した? いきなり? なんで?
「微妙におっきいし………」
「え?」
 小声で呟かれた言葉は、意味が分からない。
 意味が分からないと言う間に、ぺしっと手を払われた。
「…やっぱり戻った方がいいと思うよ」
「うん、そりゃ勿論だけど…。え、何その顔」
「いいよ」
「え、気になる言葉残していくな!」
 予想したよりずっとあっさり解放されたのに、すごく釈然としない。
 釈然としないままに何事もなかったかのように戻ってしまったから―――その理由は、分からないままだった。


 

理屈? 知ったことか! って感じに書きたかったらやりました。メーしかしてないのは愛です。ええ愛です。愛なんですたぶん。

浮気と誤解する

 これ、と差し出された写真に写っている人は、しかめっ面で背が高かった。
 ―――昔の同僚で。気付いたら告白してしまったのよ。
 バイト先の店の裏で女の人に泣きつれている男の人は、他人事のようにそう言われていたその人にとてもよく似ていた。
   更衣室に入ると、祐絵ちゃんが着替えてた。
 そういえば、彼女、今の時間、バイト上がりだったわ。
 …バイト上がりなら、会っちゃう、かも? むしろ待ち合わせしてたとか?
「美苗、顔色が悪い。体調悪いならこのまま続けてもいいわよ?」
「あ。うん。ごめ、ちがう。…あのね、驚かないで。…今そこでー。すごくー。わけありっぽい女の人にー。泣きつれてたんだけど…たぶんその」
「…? 金髪で髪結ってた?」
「…え、うん、…知ってるの?」
「拓登がここに送ってくれた時。会った。元カノだった」
 そう、まだ話が終わってないなんて、随分長かったのね。どこか行ってたのかしら。
 首を傾げられて、あたしは思わず顔がひきつる。
「……え、いいの?」
「いいって。なにが」
 心底不思議そうに聞かれても。こう。…え? いいの?としか、ねえ。
「えっと、ほら。…いい感じになっちゃうかもしれないし」
「つまり復縁するかもと」
「うん、そんな淡々と言われると。そんなこと心配しているあたしがアホなのかしらと思うんだけど。一般的には。そんな空気が。流れてました」
「どうして悲しそうな顔するの?」
「なんで平気そうなの…」
 脱力気味に尋ねる。
 答えはすぐには帰ってこなかった。僅かに目を伏せた彼女は、なにかを考えるように間をとって、やっぱり淡々と言った。
「…別に。どうでも思わないから?」
「………」
 思ってあげようよ。あるいは起ろうよ。
 つっこむ気力は残っていなかった。

●その後の話
 店を出て帰ろうとすると、拓登が待っていた。
 買い物袋片手な辺り、買い物にでも行っていたんだろうか。例の人と。
 そんな状況でこみ入った話ができるものなのか、わたしにはよくわからない。
「…復縁しなかったの」
「はあ?」
「今、さっきの人に泣きつれてて。
 復縁でもしそうな雰囲気だと友人が言っていたんだけど」
「お前、俺より友人を信用するわけね……」
 わたしはどちらもそれなりに信用しているのだけど。口に出すことは億劫だ。
「だって。元彼女でしょう?」
「………そうだな」
「泣きついて抱きついてるのみたら、たぶんわたしも復縁するのかと思うわ」
「…そうだな」
 違うけど、と苦笑された。
 それはそれは苦そうな笑い方だった。
「喧嘩別れだったんだよ。わりとつかみかかられたりして。超罵られた」
「そう」
 たぶん、ひきはがすこともできなかったのだろう。彼は。そういうことすると、人ってなぜか怒るわよね。
「で。今度結婚するって」
「そうなの?」
「そういう世間話、してきただけなんだけどさ…別れ際おめでとうって言ったら泣かれた」
「……好きだった?」
「…言いづらいこと聞くな」
「わたし、気にしないけど」
 気にしてくれ、と言えば。少し気にするくらいはするだろうけれど。
 彼は何も言わないまま、淡く笑った。 「…好きだったよ。すごく。
 でも今、お前にそういうこと気にしないとか言われると傷つく心情なんだろ。結局」
「そう。ごめん」
「謝ってほしいわけじゃねーけど」
「けど?」
「…なんでもねーよ」
 その顔は、なんでもなくないのだろうけれど。
 なんでもなくしてほしいのだろうと結論づけた。

 浮気っぽく見えて大騒ぎするような人は別にここじゃないところで書ける気がして。死ぬほど盛り上がらない二人で。
 美苗さんはちらっと本編に出てきてます。まともな感性でちょっと喋り方たるい人です。
 

子どもになる(身体的)

 目が覚めたら縮んでた。
 もう、叫ぶ気もしなかった。


「可愛い…超可愛い…。メー君超可愛い……!」
 手をぎゅうっと握りしめられても、もう騒ぐ気もしない。いいやもう。かなただし。
「もう一生このままでいなようー。かーわーいーいー!」
「このままでたまるか!」
 けれど聞き捨てならない台詞を聞き、思わず怒鳴る。子供特有のきゃんきゃんした声が非常に耳に痛い。自分のなのに。
 それにしても必死に叫んだと言うのに、かなたはぷうと頬を膨らませるだけだった。
「そうねえ。考えてみればそのままじゃ磨智ちゃんといちゃつけないもんねえ。じゃれられはするだろうけど。あんまりいちゃつかれてもこう。ねえ」
「いやそうじゃな、いやそうじゃなくないけど! そうじゃないし! 違うんだ! 色んな意味で! 違うんだ!」
「あはは、冗談じゃなーい。…リア充はてろ」
「いや、そんな切ないこというなお前は! ともかくこのままは嫌だ! 嫌なんだよ!」
「えー。でも。しばらくはそのままでいてあげたらあー? 磨智ちゃん、大喜びで服買いに行っちゃったよ?」
「姿見えないと思ったらそんなところに!?」
 俺が風矢と喧嘩(というか色々言い返してる間に)に見えなくなったのは、その所為!?
 どんだけ張り切ってんの!? あいつ!
「俺さあ。実は嫌われてるわけ?」 「やだな、私は君が大好きなのに。磨智ちゃんに至っては疑ったらバチがあたるレベルだよー?」
 笑顔がうさんくさいよかなた。
 あと疑っちゃいけないと思うけど神経を疑うというか。俺、扱い悪いよね。ていうか。
「叫んだら喉が渇いたねえ。アイスコーヒーでも飲もう。
 メー君、牛乳がぽがぽいれると飲めるよね? あ、あんまりお腹冷やしちゃ駄目だから、氷少なめでね」
「子ども扱いするなー!?」
 あははと笑って背をむけられた。
 いつもこんな扱いだよなあ、と呟くことも空しかった。

 理屈なんかやっぱり知らない。楽しければそれでいい。犯人はそう供述を繰り返しており。みたいな話です。

惚れ薬

 魔術師は呪文を自分で組めて一人前―――といっても。
 それが満足するできになるまでは、それなりに試行錯誤とか諸々の犠牲とかが必要なわけで。
 オレが森でちょっと適当に燃やしてみたり凍らせてみたり繰り返しているある日、仕事中らしい舞華と鈴に会った。
 会って、ついノリで行動を共にしてしまい。
 まぁなにかと色々あって。狭い室内で槍ふりまわしやがった単細胞の穂先が、彼女達の得物であった犯人の薬品棚をかすめた。
 かすめて、瓶が倒れて。こぼれおちた液体に、単細胞は気付かないで。
  「舞華ちゃん、あぶな……っ!」
 声が届くより早く、あやしげな液体をかぶった舞華は、そのまま意識を失った。

 ―――失って。治療のために背負って帰っていた途中に。目覚めたと思ったらこれですよ。
「はい、あーん☆」
 普段の彼女なら死んでもオレに向けなさそうなあまったるい声ときっらきっら輝きまくる笑顔で、フォークを差し出される。
 バカップルがやると都市伝説で聞く、はいあーん。
 実際目にすると頭が死ぬし、自分が対象だと死にたくなる。死にたくなるが、死にたくない。こんなあほなことで。
「食べて、くれません?」
 こくんと首をかしげる可愛らしい動作が死ぬほどにあってない。顔にはあってるけどな。中身がな。中身があれだと萎える。
 誰かに助けてほしいところだが、医者と鈴は別室で対策練り始めちゃったし。オレも加わりたいところだが、これ見ててとか言われるし。
 ぎゅっと腕を組まれて、全然逃げれなかったし。
 離れたと思ったら、お茶受けの菓子で、こんなことをやりはじめやがったわけだしこの神宮舞華であって神宮舞華じゃない生命体。
「……………いや。オレ、自分で食べたいから。構わないで。お願い」
「えー。私は食べさせたいのに」
 ああ、この人の話を聞かない辺り、すっげえいつもの彼女っぽくて安らぐ。けどそのいつもっぽさのギャップで余計にこう。ダメージが。
 ああ、わけのわからない薬に充てられたと言うのなら、オレに従順になってくれるくらいのおまけがあってもいいものを。
「食べてくれたらおとなしくしますからー。もうやりませんよー?」
「いやそういう問題じゃなくてね」
 純粋に心の奥底から嫌で嫌で仕方ないんだ、もう泣きそうなほどに。
「食べさせたいんです…」
 しゅんとしょげる彼女は客観的に見て可愛い女の子だ。犯罪者とはいえ人のこと馬鹿すかなぐる女には見えない。
 大きな目が伏せ目がちな辺りは、中々ぐっとくるものがあるかもしれない。その中身が脳みそ筋肉な女でも。
 ぎゅっと握られた手のぬくもりとかは、色々そそられるかもしれない。オレがその裏拳何度かくらっていなければ。
 …うん、気持ち悪くて硬直するオレ、なにも間違ってない。
 しっかし…
 はたからみたら、オレが悪いことしてるように見えるんだろうなあ――――
 半分死んだ脳そんなことを思い、ただひたすら救援を待った。

 どの組み合わせよりお互い嫌がってくれそうだからやった。実は楽しかった。…これそのうち続き書こう。
 正気にかえったら嫌がってくれそう度は風矢に一服盛ってメーにとかも考えたのですが。目が楽しくないし誰とは言わないけど仕掛け人がどう考えても命の危機にさらされることとか色々考えた結果マスター死ぬな。となりまして。
 当人が嫌がるだけの組み合わせになりました。

○その後の話
 惚れ薬なんてアホなもの実現したんだな事件より、30分。
「せーじさーん。
 もう食べません?」
「許してください。」
「…ただいま」
 控えめに響いた声が、救世主に思えた。

 のは、一瞬だった。
 今、舞華の形したなにか違う生命体はうきうきうきうき台所(病院の借りた)に向かっている。
 ご飯を作ってくれるために。
 …ご飯を作ってくれるために。

「………死にそうだ」
 オレのためにという事実に、目に熱いものがこみあがる。
 ああマジ泣くわ。泣かせて。びえーって。
「大丈夫。死ぬようなもの作らないから、そいつ」
「気持ちが。死にそうだ」
「…なぜ?」
 傍らの鈴は、不思議そうに問いかける。半分以上死んだ頭は、勝手な言葉を吐き出した。
「オレは。こういうことが。そうじゃなくても。嫌いだし。
 舞華ちゃんと。付き合うくらいなら。その辺りの犬拾って俺の嫁ってふれまわったほうが。マシ」
「いや。今の状況だって付き合ってやってるわけじゃないだろう。ただちょっと。薬に充てられてるだけだし」
 医者は匙投げたけどな。
 匙投げたというか。身体に異常ないなら大丈夫だろうと。相手にしてくれなかった。
 曰く、症状からして幻覚を見る薬の一種。その薬の成分が分からないことには、中和のための薬も危なくて試せない。飲んで出して自然に抜けるのを待つのが、一番安全。
 もしなんらかの中毒症状が出た時が怖いから、定期的に健診は来てください――――
 …それは、もっともらしいけれども。この症状のアホらしさにとりあってくれなかったのではないかとおもってしまうくらい。あほらしい。
「私は製薬が苦手だが。人の心を操る術は魔術の悲願。
 それがこんなぽんぽん実現してたまるかという話だ。本当にただの幻覚見てる状態なんだろう。そのうち治る」
「治らなかったらどうするの」
 オレは首をくくってしまうかもしれない。突発的に。暗い現実に耐えかねて。
 だというのに、鈴は鷹揚に頷きやがった。
「私、成冶になら舞華任せられるから困らない」
「オレ困るし。あと、彼女の人権。彼女、死ぬほどオレのこと嫌ってるだろう!?」
「まあ嫌っているが。憎んでるわけじゃない」
「いやいや。なんで諭す体勢なんだ!?」
 何を言い出すんだこの女。
 頭がいい割に馬鹿な類だと思っていたけどここまでだったのか。意味がわかんねーよ!
「というのは冗談で。
 大丈夫だ。舞華は基本的にお前のこと嫌いだから。根性でそんな薬ぐらい破りそう」
「魔術師が根性とか言わないで…!」
 そして冗談に聞こえなかった。真顔でそんなこと言わないで。
 諸々の恨みを込めて唸れば、鈴は不満げな顔をした。
「…根拠はあるぞ」
 ソファで姿勢をただし、彼女は続ける。
「舞華の魔力は無駄にある。あの槍振り回してあんなに切れるのは自力じゃない。組み込まれてる術の効果だ。
 あいつがその術使いこなしてるのは―――術の元々の作りが丁寧というのもあるが、気合のようなものだ。
 切れると思えば切れる。だけど理屈は分からない。
 その言葉を聞いた時、私は舞華に魔術を教えることを諦めた」
「うんそれはオレも諦めるわ…」
 それで納得してしまっている人間に理屈を覚えさせるとか、それなんて苦行?
 金もらってもためらう種類の苦行だ。それは。
「斬ろうと思う意思がもはやアイツの『術』だ。そう呼べるほど強いわけではないから、単なるぼうっきれを強化したところで効果は高が知れているが。
 だから、嫌だ気持ち悪いどうにかしたい。そう思うのも、十分『術』になるだろ。かけ続けられるものでもなんでもない、ふざけた薬を消す程度なら、な」
「……ふぅん」
 つくづくあらゆる意味で素材がいいのに残念な女だな。
「……それはいいけど、いつまで続くんだろうねえ」
「大丈夫。一緒に寝ようとしたら止めるから」
「縁起でもないこと言わないで。」
 というか、不吉な予言をしないで。

 それが当たったのか当たらないのかは、もう思い出したくない。
 無事に薬が抜けた彼女を襲った後遺症は、深い深い心の傷だったらしいとだけ記しておく。


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