骨からでまかせ

 君なんて嫌いだよ。告げる声は歌うようで、笑む唇も大きな瞳も、悪戯っぽい色を零れおちんばかりに含んでいる。
 君なんて嫌いだよ、鈍いし。大袈裟だし。へたれだし。
 やけに楽しそうに己の欠点を上げられて、彼はむっと眉を寄せる。いきなりなに、と文句を言う。
 だから、大嫌い。甘く微笑まれた言葉に、彼はますます眉を寄せる。言葉と顔が合っていない。ちぐはぐだ。
 一体何が言いたいんだと頭を悩ませる彼に、彼女はなおも笑いかける。甘く、とろけるように。
 大嫌いなのに、不思議だね。ぎゅっと抱きついて、彼女は告げる。それでもこうしたいみたい。

・心の底からのでまかせに本音をこめて。メマチ。



葉桜の燃ゆる頃

 貴女はこういうのが好き。呟くように、それでもやけにはっきりと。恐らくは問いかけている彼に、彼女は振り向く。
 まあ、好きだな。綺麗だ。ぽつりと答える彼女の目線の先には、青々と生い茂る木の葉。
 その輝きを眺めながら、彼女は尋ねる。それが? 間髪いれずに彼は呟く。植えようと思って。
 貴女のためにと告げる彼に、彼女は大いに眉を潜める。お前、やることスケールでかすぎるよ。
 心の奥底からつかれたような言葉に、彼は首をかしげるだけだった。

・燃えているのは恋心っぽい。ベムヒナ。



この手に武器などありません

 この手に武器などありません。肩をすくめた男がおどけた口調で言う。武器など握っても仕方ない。君みたいなのにオレは勝てない。だから必死で知恵を巡らせ、生きのこる。それのなにが不満かな、君は。
 お前が生き残っていることだ。冷ややかにしてもいきすぎな悪態をつきながら、女は眉をしかめる。お前の手に武器がない。足元に死体があるというのに。それがどれだけ気味が悪いか、分からないわけではあるまいに。嫌悪を隠さない言葉にも、彼は小さく笑うだけ。
 騙される方が悪いんじゃない?
 騙した人間には言われたくないだろ。
 吐き捨てて背を向ける女に、男はゆるく頷く。悪いことのなにが悪いのだか。囁きは風にまぎれて、静かに消えた。

・玲人と紫音。いつかの会話。



めくらの蜉蝣

 本当は、つきつけてやりたかった。
 大切なものを失くしてから気付いて。それで戻ってくるほど世の中は甘くないと。
 本当は、思い知らせたかった。かつてこいつに無意識に踏みにじられたものがあるから、こそ。
 それでも彼女はこいつがいいと言う。盲目で鈍感で情けない、この竜が。こいつがいいのだと、いつだって。いつだって言葉もなく叫ぶような少女だったから。
 つきつけるのは、悪意ではなく単なる真実。
 歪む顔を見れただけで満足してやろうなど、寛大だと思いませんか?

・風矢とメー。何も見ていなかった彼に真実を。



「巧く騙して」

 私はあなたがいなくなっても、泣かないでいますから。
 その時は、素振りなど見せないでね。どうか、綺麗に信じさせて。
 あなたがどこかにいるって、死んでなどいないって。あなたが信じさせようとさえするなら、私、いくらでも騙されてあげる。
 でもね、とても寂しいから。
 できれば、せめて。巧く騙して。
 生真面目なあなたがつく嘘なら、私、生涯暴かないで抱いているから。

須堂じゃない頃の須堂咲子。もしもあなたが突然消えても、笑っていられますように。





君聞かずや遠つ声

 ねえ声が聞こえたことはないかい? うん、頭の片隅。いいや、頭の上かな。自分を俯瞰しているなにかがいる気がするんだ。
 聞いたことがないなら、それでいいんだけどね。僕は聞こえるんだ。
 あーあ。って。そんなことしたって、無駄なのになあ、って。
 うん、君に人が良いと言われるようなことをしている時とか、すごく聞こえる。
 でもさ、やらないと―――怖いんだよ。できることをやらないと、後悔してしまう。後悔すると、その声は一層近くなる。
 だから追い立てられるように、無駄なことをするってわけ。
 良心? そう、そうかもしれないね。でも、相崎君。たぶん、こんなものはね。
 聞こえない方がいいんだよ。

・いつかの拓登と葛木。それはまだ彼が幸せだったころ。



秒針は君の指、魔法が解けても1時までには迎えに来てよ

 指先が、目尻をなぞる。ゆるゆると降りるその先は、涙で化粧も剥げた頬。
 濡れに濡れた両側をそっと手の平で挟みながら、男はうなだれる。
 遅くなった。
 遅いわね。
 迎えに来た。
 …遅いわよ。
 常より低い声に滲むのは、紛れもない落胆の色。落胆はあってもなじる色はないからこそ、男はうなだれる。何も言わない。ただ黙って、未だ流れる涙を拭う。
 だから女は数度瞬き、鼻をすする。ぺしりと男の手を払い、ハンカチで顔をふく。
 でも、迎えにきてくれたから。
 許してあげると厳かに告げる顔は、すこぶる嬉しげな笑顔だった。

・須堂夫妻夫婦未満。待ちぼうけの奥様と遅刻した旦那様。



そこに星がいる

 彼女の見ている世界。僕の見ている世界。それが笑えるほど違うことに、もどかしい思いはある。
 けれど彼女と同じものを見たいかと言われると、首を傾げたいところだ。
 同じものを見なくてもよい。僕の思い通りになどならなくていい。その意思とやらと同じものになど、なりたくないから。その所為で目の前が真っ暗に見えても、構うものか。
 僕の隣には星がいる。
 星よりまばゆく映える銀糸を撫でながら、小さく笑った。

ポエマーな風矢が書きたくなった。あと星と言えば小町さん。



檸檬殺人事件

 ごはっ。
 非常に苦しそうな声が居間に響いた。
 口元から滴をしたたらせて俯く女の顔は、辺りからは伺えない。
 ただ辛そうな声のみが漏れ聞こえ、部屋へと響く。
 誰。
 虚ろな声が、響く。
 誰だコーヒーレモンで割った奴!? なんでレモンっていうか何個入れた――――!?
 涙目で叫ぶ彼女に、答える声はなかった。

・犯人→ベム。ターゲット→風矢。巻き添え→かなた。



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