あなたが私のものにならないことなど、ずっと前から知っていた。
あきらめた方が楽だと、ずっと思っていた。
それは要するにずっと想っていたのだと、気づけたのはほんの最近のできごと。
それは、たぶん幸せなことだ。
でも、一緒に苦悩を持ってきたのも、本当だった。
貴方が私のものにならないのならば
自室のベットの上に転がって、そんなことを想う。
思い出してこみあげてくるのは、苦く甘い思いと、少し湿った苦笑。
「…大概馬鹿だったんだね、私も」
「なんの話だ?」
「別にー?」
にっこりと笑って身を起こす。そのまま、傍らに座るメー君の柔らかな髪をぐしゃぐしゃとかき乱す。
不思議そうに、少し不機嫌そうに顔をしかめたけど、とりあえず無視。
随分と背が伸びてしまってからは、こうしてお互い座っていないとできなくなった動作。
少し前なら、精一杯背伸びをすればどうにか届いたのだけど、今は無理だ。
その距離が、少しだけ悔しくて、それ以上に嬉しい。それは、理由が理由だからだろう。
乱された銀色の髪は、窓から差し込む日の光をはじいてキラキラと輝く。
銀色と言うとなんだか寂しい色だけれど、彼のそれは日の光が似合うと思う。
単純に、月なら闇龍だろうという先入観のせいかもしれないけれど、よく似合う。
「…いつまで人の頭かき混ぜてんだよ」
「そうだねなあ、飽きるまで?」
「飽きるまでって…」
そもそもどこが楽しいんだよ、ぶつぶつと呟きながらも、私の手を振り払うことはしない。ついでに、その頬がちょっと赤い。
うーん。相変わらず考えることただ漏れな顔だなあ。
だからからかうのが楽しいんだって、彼は気付いているのだろうか。気づいても治せないのかもしれない。
「楽しいよ?
髪弄るのって、なんかわくわくするじゃん」
「…そうかぁ?」
「うん、そうなの。あと、君のはちょっとドキドキするかな、最近。
でも触りたいとも思うんだよね。ほら、好きな人だし?」
にっこり笑って言ってみた。
途端、頬の赤みは耳まで広がる。唇は、「な」の形に固まる。
面白い。可愛い。男に可愛いは変かもしれないけど、それがメー君だから仕方ない。
「メー君は、思わない?」
「な」
「私に触りたいなあ、とか、思わない? 思ってくれない?」
髪に触れていた手を離して、逸らされた顔をぐりんとこちらへ向けさせる。
赤くなった顔を不機嫌そうにしかめた彼は、顔の代わりに目線を泳がす。むう。甲斐性がない。ヘタレだ。
「…思わないなら、別にいいけど」
ぱっと手を離して、わざとらしく溜息をついてみる。
すると、意味のある言葉を紡がなかった唇がとがった。
「髪触っても特に面白くねえよ」
触るならこっちだろ、との呟きの後に続いたのは、抱き寄せられた感覚。
とん、と顎にあたるのは、少したくましくなった肩。
「…触るなら腰の方が良いと?」
「腰つーか別に腰じゃなくてもいいんだけど…ともかくこうしてる方が好き……ってなに言わすんだ!?」
「毎回いってるけどさ。私、言えって強制してないよ? 君が勝手に言ってるの」
「お前相手じゃなきゃ言わねえんだから似たようなもんだろうが!」
「えー? 理不尽ー。横暴ー」
「お前には言われたくねえ、そういう言葉…」
どっちが横暴だよ…とぼやく声は、頭の上から聞こえる。
こうして抱き寄せられるのは、嬉しい。嫌がる理由はない。
けど、見えるのが壁と言うのはいただけない。しかたないけど、つまらない。
やっぱり身長がもうちょっと欲しかったなあ。そうしたら面白いことになったのに。でも、それはさすがに私も照れるから、駄目かな。
「…ふふ」
「なに笑ってんだよ」
「メー君の恥ずかしがる基準は分からないよ。こっちの方がよっぽどべったりしてると思うけど、恥ずかしくないわけ?」
「……人前でしろって言われたら無理だけどな。今は別にいいんだよ。恥ずかしくても」
やっぱりどこか不機嫌に言う彼の顔は、きっと例のごとく真っ赤なんだろう。
それを思うと、彼がこうして抱きしめてくるのは、顔を見せないためなのかもしれない。
彼の考えることはよく分からない。今更そんなこと気にしても無駄なのに。
それでも、そう口に出さないのは、こうしているのが心底幸せだから。
「ねーメーくーん」
「んだよ」
「呼んでみただけ」
「……そうか」
不機嫌そうに、でも少しだけ嬉しそうに答える彼は、間違いなく私の恋人だ。
けど、私の恋人はきっと一生私だけのものにならないだろう。たぶん、死んだって私だけのものにならない。
死ぬのならお前と一緒がいいとは彼の弁で、それを疑うつもりはないけれど、絶対そうだ。
彼はきっと、どこまでもマスターの相棒で、どこまでも126番地の看板龍だろう。死後の世界があるとすれば、鬱陶しいほどマスターの心配をするに違いない。その姿が目に浮かぶようだ。
愛されるなら一番が良いと、ずっと思っていた。今も、その主張を曲げたわけではない。
けれど、気づいてしまったのだ。
我ながら矛盾しているけれど、私が惹かれたのはそんな彼だ。
皆が大事な八方美人。マスター第一忠犬気質。それがないメー君などただの鈍くて無神経で血の気の多い考えなしの単細胞だ。
そんな彼が最後に見るのが私がいいと言ったのだから、もうそれだけで満足してしまったのだろう。
けれど。
それでも、たまにかすめる寂しさは、やっぱり拭いきれない。
貴方が私のものにならないならば――――その先に、安っぽい愛憎劇じみた台詞が浮かぶことだって、ある。
排除してしまおうか、その目に映るすべてを。
消し去ってしまおうか、いっそあなた自身を。
今でさえこんなことが浮かぶのだから、なにかが間違っていたら、そうとしか思えなかったのかもしれない。
あなたが私のものにならないなら、諦めようと思っていて。
諦めたつもりだったけど、できていなかったのだから、捻じれてしまうこともあったのかもしれない。
でも、今は、あなたが私のものにならないならば、それでもいいと思えるよ。
欲しいのは、支配するのでもされるのでもない関係。
君と生きて、そうして死ねるのならば、その関係などもう大して意味はないのだ。
こうして抱きしめる相手は私だけだと言うのだし、他のことは浮気とカウントしないでおく。たまにしたいけど、それは我慢。
「ねえ、メー君」
「今度はなんだよ」
クスクスと笑って、頬に唇を寄せる。
「愛してるよ?」
囁いた言葉は、彼の絶叫にかき消される。
ねえ、愛しいあなた。
あなたが私のものにならないなら、私だけに見せるその欠片を抱いて生きていこうと思うの。
2009/06/14