第一印象。頭のおかしい龍。
だから、関わることなどないと思った。むしろ嫌う種類の方の龍だと、そう思っていた。
第二印象。なにかと損してる娘。
それが、いつからか気になった。
変に儚く見えて、放っておけなくなった。
そうして、いつしか。あまりに短い間だというのに、いつしか、どうしよもないくらいに、愛しくなった。どうすればいいのか分からないまま、狭い心を埋めた。
だから、想いを告げた今、思う。
『…正直を言うと、…少し怖いのです。
…貴方は、変な女を珍しいと思って興味を示しているだけではないのかと考えてしまう』
想いを告げた時の彼女の言葉を、何度も思い出して、思う。
『想像が出来るから怖い。いつか夢が覚めるのが怖いんです』
ああ、あれは残酷な言葉だったと。何度も何度も、幸せだと思う度、思い返している。
だって、これが夢なら、なんて残酷な。
なんて残酷な―――幸せだろう、と。
これが夢ならなんて残酷な
「大宇宙の意思です」
それが、付き合ってひと月になる恋人が、僕の目の前で草をぶちぶち引き抜いてる理由だった。
見渡す限りの、二人きり森の中。けれど、とっても色気がない。…いいけどな。
それにしても―――大宇宙の意思。
彼女の背中を見ながら、その言葉を口の中だけで呟く。
大宇宙の意思。大宇宙の意思。大宇宙の意思。
何度繰り返しても胡散臭い。繰り返せば繰り返すほど怪しい。最初に言われたら自分の耳を疑う。自分の耳を疑わなければ、相手の頭を疑う。
疑って、探って、うっかり惚れた僕って一体。
思わんでもないけれど、もうそこは諦めた。仕方ないじゃないか、それ付きの小町さんなんだから。仕方ないじゃないか、変なもんついてても、好きなもんは好きなんだし。
だから、僕は黙って地面を見つめる。食べれる草があれば、ぶちぶちとむしってみたりもする。戦闘系は赤貧だ。自給自足の精神を忘れてはいけない。
ちなみに、今回、彼女の手伝いはしない。無造作にむしっているように見えるけど、指示は色々複雑らしいし、しない。
まぁ、怪しいことの手伝いなんてしたくない、というのも、なくはないが。
彼女の言うことを信じていないわけではない。ただ、好きな女に言われたからと信念を翻すのが嫌なだけだ。…もう、十分に翻してる気もするが。
なんて思ってる間に、すくっと彼女が立ち上がった。
「終わったんですか?」
「はい。ここは終わりました」
こくん、と頷く拍子に、銀糸の髪が揺れる。
ああ、綺麗だなぁ、と思うより先に、ほんの少し苦笑が漏れた。
「次もあるんですか」
「目指すは頂上です」
「…それも、アレの意思ですか?」
ええ、と言うのかと思ったけれど、彼女は静かに頭を振った。
「いいえ。抜いていて分かりましたが結界に綻びがあるようなので。修復しに行きます」
「…そうですか」
結界、というのは、この朝の町を包む結界。かなり強固かつある種閉鎖的なその結界。
誰に頼まれたわけでないのに、真面目と言うか、律儀というか。
モノ好きな女だな、と思う。
けれど、まぁ、いい。
これは、大宇宙とやらの意思ではなく、彼女の意思だ。
だから、良い。
「では、行きましょうか」
気取った動作で手を差し出してみる。片手に雑草の入った袋を持っているのだから、決まらないと思うのだが。
目を丸くした彼女は、やがてはにかんだように笑った。
「この町を包む結界は強固で特殊。手を加える必要などないとも言えます。しかし結界の綻びは早めに修復するに限ります」
度々そう言って(いや、これ要約で、実際はもっといろいろ言ってるけど)、彼女は色々奇行に走る。
タライを落としてみたり落とし穴をほってみたり。それっぽく怪しい呪文唱えてみたり変な印結んでみたり。そうかと思えば、ぱんぱんと手を打つだけで止める時もある。
ちなみに、今は、静かに呪文を唱える方。
その気になれば僕も覚えられそうだけど、その気にならないので、特に身を入れて聞いてはいない。
静かに響くその声自体は嫌いではないので、じっと聞いているけれど。
続いていた声が、ぶちりと途切れる。
だから、傍らの顔をひょいと覗き込んでみた。
「終わったんですか?」
「はい」
頷く彼女の顔が、赤く染まる。
別に、これくらいで照れてくれたわけではない。白い顔を照らすのは、沈みゆく夕日。
明日に向かい消えていくそれを眺めていると、彼女がぽつりとつぶやいた。
「日が沈みますね」
「ええ」
何を思うわけでもなくそう答えて、再度彼女と目線を合わせる。
彼女はなぜか僅かに首を傾げた。
「遅くまで付き合わせてしまいました」
「僕は好きで付き合ってますから」
言って、いや、と言いなおす。
「君が好きで付き合っていますから。そんな申し訳なさそうにしないで欲しいな」
「まぁ」
袖で口元を抑えるおなじみの仕草で、彼女が笑う。
「嬉しいと感じていますよ?」
ここで、御上手で、とか言われなくなった辺り、本当に幸せだなぁ、と思う。
そんなにあからさまに態度に出していたとは言わないが、あのスルースキルも今考えるとわりとすごかった。それだけ人に褒められていたことがなかったのだなぁ、とは、考えないでおく。考えても仕方ないし、ほんの少しどころではない嫉妬に悩まされるだけだ。
僕のいない間にも、あの怪しい意思は彼女の傍らにあったんだよな、なんて。そんなこと、思っても仕方ない。
今彼女に選んでもらえたのだから―――それで、いい。
際限ない欲には気付かないフリをしながらも、そっと手を伸ばしてみる。
夕日をはじく銀糸の髪は、さらさらと指の間を流れていく。
「くすぐったいです」
「いいじゃないですか。減るもんじゃありませんし」
勝手なことを言ってみた。
それもそうですね、と真面目に答えられた。
…天然だ。
「好きな方のすることですから。嫌ではありませんよ」
「……いきなりなんですか」
「『誰かにもさせてそうだなぁ』という顔で見ていらしていましたから」
あくまで真顔でそう言われて、頬の辺りが熱くなる。
「僕はそんなに分かりやすいですか」
「素敵なことだと思いますよ?」
…いや、君がそう思うなら、いいですけど。
そんなことを思ってしまうのだから、本当に重症だ。なんだこれ、不治の病か。直す気がないのだから、当たり前なのだろうか。
「…帰りましょうか」
「はい」
いたたまれなくなって、小さく呟く。
くるりと踵を返した彼女が、颯爽と歩いていく。
当然のように、手を取ってみた。
拒まれないことが、とても幸せだと思った。
手のひらの中のぬくもりを感じていると、性懲りもなく思い出す。幸福の裏に、その不安が付きまとう。
「…これが」
夢だなんて残酷なことを言う。
呟きそうになった言葉を、ぐいと飲みこむ。
それでも彼女には届いたのか、淀みなく歩いていた足が止まる。こちらを伺ってくる。
「なにかおっしゃいましたか?」
読みづらい、でも不思議そうな顔だと思った。
薄明かりで見たその顔が、不思議そうではあるけれど、不安そうな顔ではなかったから。
「…いいえ」
だから、僕は静かに頭をふる。
モノ言いたげな視線を、微笑んでかわす。
かつて、僕と歩む未来など夢だと言った彼女。いつか覚めるのが怖いと、そう言った彼女。
その言葉に、僕も怯えた。たぶん、今も怯えている。
だから、そっと祈る。
彼女の中で、この日々は“夢”でなければ良い。
否、夢であったところで、自分は。
この想いを切り離すことなど今更不可能だ。だから、これが夢だとしたら、2度と冷めることのできない残酷な夢。この命を奪う、夢。
「夜の森は物騒ですから、少し急いで行きましょう」
「はい」
笑った僕は、言わないままにした。
行きましょう―――のその続きを。
行きましょう―――どこまでも、二人。君の心から疑い晴れるその日まで。
2010/04/25