昔、欲しいと思ったものは、決して多くはない。
 けれど、願いはずいぶんと多かったように思う。
 こうなればいいとか、このままでいたいとか、そんな願いばかりがあった気がする。
 そのために何をしたかと言えば、成長の放棄で、そんなことでそこそこ叶ってしまう俺の願いは、もしかしなくとも歪んでいたのだろう。

願いことばかり抱えてた

 彼女のベッドに腰をおろして、そんなことを思った。
 思い出してこみあげてくるのは、ただ重い痛み。だけど、その痛みは日に日に薄れて行って、いつか消えてしまうと思う。
「…頭でも痛いの?」
「…へ?」
「眉間にしわなんか寄せちゃって。まるで悩みでもあるような似合わない顔してたよ」
「…お前、なにげに俺を馬鹿にしたよな? 少し悩むことくらいあるつーの」
「なにげに、じゃなくてわりとびしっと馬鹿にした」
 てめぇ、と言いかけて、言葉に詰まる。よしよしと言わんばかりに頭をなでられ、体温が上がる。
「…で、本当になにかしたの。君がぼーっとしてるのはわりといつもだけど。変な顔だったよ?」
「んななにぼーっとしてるか、俺…?」
「おひさまみてぼーっとしてる、とかどこのお年寄り? みたいなことは結構してるの」
「そ、それは、…光龍だから!」
「…そーゆことにしといてあげるよ」
 まぁ、信じてないけどぉ、とでも続けそうな顔をして磨智は笑う。楽しそうに。
 …性格悪ぃ。
 なんでこんなのに惚れたんだ。
 …いや、こいつにしたって、なんで俺でよかったのか分からないけど。
 意を決して聞いてみたら「からかい甲斐のあるところv」とか言われたけど。それはそれで分からない。
 からかい甲斐のある男なんて他にいるはずなのに、俺を選んだのはなぜだろう、と。
 種族―――は、あるだろう。ない方がおかしい。
 けれど、俺はそれでいい。
 別にそれが理由でも、悲観することはまったくない。
 だって、それは。『からかい甲斐』と似たようなものだ。メイベルドーは他にもいる。探せばもっといる。その中で、俺がいいと言ってくれたのだから…俺は、それだけでよい。
 それが嫌で嫌だったころもあったけど…不思議と今は心地よい。
「……メ―君、君、本当にどっか悪い?」
 そうして物思いに沈んだ時間は長くなかったはずなのに、先ほどよりずっと気遣わしげな声を出された。
「具合悪いんなら、ちゃんと言ってね?」
 先ほどと同じように伸びた手は、今度は頭ではなく俺の手をとった。
 繋いだ場所から、じんわりとあたたかい体温が伝わる。僅かに伏せられたまつ毛が、日の光を反射して、きらきらと輝く。
 …性格悪ぃ、のに、なあ。
 こういうのは素でやってくるのだから怖い。…いや、今は怖くないが。
 以前は、ひたすらに怖かった。
 その裏に打算がありそうで…ではない。不思議と、そんな風に思ったことはない。だからこそ、怖かった。
 ―――このまま惹かれれば、俺は変わってしまう。
 それが嫌で、ずっと磨智が怖かった。怖くて、逃げて……それでも、振り払えなかった、大切な。
「…なんでもねぇって」
「そう…それはそれで心配しなきゃだよね」
「どーゆー意味だよ」
「君が3秒以上一つのことに悩むなんて…体調崩す以上に、すごいよ…」
「またそうやって馬鹿にすんのか、お前は!」
「えぇー。しんがーい。私、ものすっごく心配してるのにぃ」
「にぃ、じゃねぇ!」
 いつのまにか楽しそうに笑い始めた磨智。けど、俺はあんまり楽しくない。
 楽しくないのに、こいつが楽しそうならいいか、なんて思ってしまうからまた怖い。違う意味で怖い。
「…っとに」
 本当に、好きなんだなぁ、なんて。
 とても口にはできないけれど、そうなのだろう。
 認めてしまえば、なんて楽なことか。
 それは新しい痛みを呼んだけど…それでも。
 とても楽で―――幸せで。
 きゃらきゃらと笑う磨智の手は、まだ俺のそれと繋がれたままだ。
 つなげたまま、ぶんぶんと振り回される。
 それなりに勢いがあるが、それに振り回されるようなこともない。ああ、背伸びて良かったなぁ、なんて思うのはこういう時だ。体格差が出たから、もうそんなに振り回されない。少なくとも身体は。
 しみじみと思いながら、繋がれた場所に力を込めてみる。
 すると、せわしなく動いていた腕がぴたっと止まる。
「…なぁに?」
 驚いたような、でも少しだけ嬉しそうな声に、それまで言おうとしていた言葉が喉の奥に詰まる。
 真っ直ぐに見つめ返され、どうしよもなく照れくさい。
「あ…」
 りがとう、と続けるつもりだったのだけど。
 何に対して?とか言われそうだし。
 それに―――言わなくとも、きっと。
「…んでも、ねぇよ」
「そう?」
「…そう」
 言わなくとも、きっと伝わっているだろうから。
 くすくすと笑い始める磨智に、俺も顔がゆるむ。
 かつてのように、ごまかしではなく。
 心の底から、笑う。

 願いことばかり抱えてた。
 腕いっぱいのそれはこぼれて広がり、きっとこいつを傷つけた。
 けれど、それでも。君は許してくれたから。
 最後まで残った願いは一つだったから。
 繋いだままの手に力をこめる。
 それを握り返してくれることに、くすぐったそうに笑う声に、これ以上なく幸福になった。


2010/01/21


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