校内の図書館ので、叶多はぱらぱらと本をめくる。
その目はきらきらと輝き、どこまでも楽しそうだった。
知識の詰まった図書の本。
そんな幼馴染を、緋那は呆れたように見つめた。
緊張感ないよなあ。こいつ。
腕いっぱいに重たそうな本5冊ほど抱える彼女に受験生の自覚があるようには見えない。
志望校のため日夜合格ぎりぎりの偏差値を引き上げようとしている身としては、時に苛立ちすら覚える。
けれどまあ、彼女が本を読むことで自分に不利益があるわけでもないし、幼馴染の幸せそうな姿に苛立ちを覚えるのもよい気分ではない。
波立った心を落ち着けるため、緋那はふぅと息をつく。
最近、かりかりしすぎてるかもしれない。
その理由は明白で、解決するためには、まあ、合格するしかない。
「……」
堂々めぐりの思考に、軽く頭を押さえる。これは本当に疲れている。
再度ふぅ、と息をつき、軽く館内を歩き始める。
ぼんやりと本を物色しているうちに―――本棚の間に、あまり見たくはないモノを、人影を見つけた。
緋那は無言で顔をしかめ、気づかれぬように軽く身を隠そうとする。
だが、その人影の持つ本のタイトルに気づき、思わず足を止めた。
それは、ばりばりの恋愛小説だった。
今巷で人気、映画にもなって中高生の間でヒットを記録した名作だ。
だから、それが図書館にあることは不自然ではない。それを読んでいるのが男子高生だということも、別に不自然と言うほどではない。
そう、この光景には何一つ不自然な要素はないのだ。
けれど―――
「お前…何読んでるんだよ…」
その本の持ち主が同級生と言う名のストーカーだということは、彼女にとって良く分からないが不自然なことだった。
不自然と言うよりは、不愉快なのだろうか。
あの、自分に向けられる歯が浮くこと確実な台詞の数々がこのような光景から生まれているのかと疑ってしまうと、とても不愉快だった。
不意にかけられた声に、ストーカもとい弘修はぱあと顔を輝かせる。輝かせたものの、どこまでも怪訝に見られていると気づいたらしく、その表情を真剣なものへと改めた。
「…別に、参考にしてはいない」
言い切る弘修。緋那の不審の眼差しは変わらない。
「ただ、こういうの映画をいつか貴女と見に行けたら幸せだなvって想像して読んでる。」
淡々とした彼の言葉の後、重い沈黙が落ちた。
その沈黙を破るのもまた、淡々とした言葉。
「いいこと教えてやろうか現代文学年トップクラス。そう言うのは想像じゃなくて妄想って言うんだ」
「もうそう…」
「または夢想。…いや、やはり妄想だ。いかがわしいから」
「いかがわしい…とまで」
切なそうに繰り返す弘修の姿を緋那は冷めた眼差しで眺める。
脈のみゃの字もないその様に、彼は一瞬肩を落とし、すぐに首をふった。そして、言い聞かせるように。
「…でも、諦めたらそこで駄目になるんだよ」
「むしろ駄目になれ、お前は」
「それは嫌」
苦々しい呟きにも彼はめげなかった。
どこまでも真剣な顔で言う彼に、緋那は強張った顔をますます強張らせ、続ける。
「つきまとわれると迷惑だ」
「つきまとってない。ただ、会いたい思いは行動になるだけ」
「世間では付きまとっているというんだよ!」
言い争うとも言い難いその声は、徐々に大きくなっていく。
そのことに、二人はちっとも気づいていなかった。
―――図書館の本には、知識が山となりつまっている。
それでも、そこで得る知識が万人の役に立つとは限らない。
彼に必要な知識は『加減』とか『慎み』とか、本からは得られない何かなんだろうな。
叶多は2人を眺めながらそう思い、小さく息をつく。
図書館の静寂を守るため、彼女が彼らを連れ出す決心をするのはその2秒後のことだった。