ねえ、知ってる?
椿の落ちる様は首がそのまま落ちているようで不吉なのですって。
でも、それって。
すごく、素敵なことじゃない?
ある少女の話 −椿に添えて−
それは、小雨の降りしきるある日。
小道を、セーラー服の少女が歩いている。
木に囲まれ薄暗い中、やけに映える白い傘に、赤い花が落ちる。
「…椿…」
傘を振って落ちてきたのは、花弁がしおれ始めた赤い花。
「そう、椿だよ」
声は、少女の背後から響いた。
つい先ほどまで彼女が歩いていた道から響いたのは、幼い少女の声。
セーラー服の少女はそっと振り向く。同時に、肩のあたりで切りそろえられた漆黒の髪がふわと踊る。
「…あなたは」
「私? 私は彩子。
お姉さんは?」
なにごとかを言いかけた少女に、みつあみの少女は朗らかに名乗る。
その無邪気な笑顔に、少女は一瞬顔をしかめ、すぐに真顔に戻った。
「…あなた、ここでなにをしているの?」
その口から紡がれた言葉が己の望む言葉と異なるからか否か、彩子は僅かに唇を尖らせる。だが、それ以上追及しようとはしない。
拗ねたような顔から一転して笑顔を咲かせ、目線をついとずらす。
「椿を見てるの」
彩子はうっとりと目を細める。
落ちた赤い花に心底愛おしげな視線を送る。
「お姉さん」
その視線を花から離さぬまま彼女は口を開く。
「椿、好き?」
「…好きでも嫌いでもない」
唐突な問いに一拍の間を挟んで答える少女に、彩子は笑う。
目を合わせぬまま、楽しそうに。大袈裟なまでに、ころころと笑う。
「無難だね。なら、なにが好き?」
「食べておいしい花」
今度はきっぱりと告げられた答えに、目を丸くする彩子。
幼げな印象の真ん丸な双眸が、一層幼げに映る。
「お姉さん、見た目に似合わず素朴な趣味してるんだね…」
「見た目に似合わず、以外は、素直に受け取っておく」
ようやくこちらを見つめる彩子に、少女は小さく笑った。
「わたしはね。この花がすっごく好きだったの」
「そう」
嬉しそうな言葉にも、相槌はそっけない。
それでも、彩子は嬉しげで楽しげだ。会話そのものが嬉しいとでも言いたげな様子で、クスと笑う。
「椿は花のまま落ちるから、首が落ちる様に見立てられて不吉って言われてたりするけど…そんなことないと思うんだ」
少女は無言のまま、彩子を見るめる。
その沈黙を先を促すものと受け取り、彼女は続けた。
「だって、潔いじゃない。
綺麗な姿のまま逝く…それって、すごく素敵」
「そう」
返るのは、あくまでなんの感情もこもらない相槌。
彩子はその姿に心地よさげに目を細めて…ふぅと大きく溜息をついた。
「けど、わたしはなれなかった」
「……そうね」
淡々と続くだけだった声に、ふいに抑揚が籠る。
漆黒の目が鋭く細められ、どこか厳しい表情になった。
「その姿は、潔い人間のなるものではない」
凛と響いた声にも彩子は笑みを崩さない。少女の不可解な言葉を問い詰めることもしない。
どこか気まづけな、いたずらのばれた子供のような笑顔で、小さく肩をすくめる。
「お姉さん、見た目通りに毒舌ぅ」
「ただ本当のことを言うことが毒?」
その言葉に、彩子は表情を捨てる。
目の前の少女を見つめながら、どこか遠くを見るような顔をする。
「…そう、わたしにとって、“本当”は、毒だったの。
ずっと、ずっと、苦しい毒…」
「だから、死んだの?」
少女はずっと気づいていた。
彩子の長い髪がピクリとも動かぬことに、この雨の中で全く濡れた気配もないことに―――彼女が、生者ではないということに。
少女の指摘に、彩子は眉をしかめる。
ひどく、恨めしげに、それこそ怨霊さながらに。
「お姉さんみたいな人には分からないよ…
一人でも平気って顔して、わたしみたいなモノにも動じない…そんな強い人に、私の気持ちなんて…分からない…」
イヤイヤするように俯いて、苦しげな吐息と共に告げる。
「わたしはずっと一人で、それがさびしくて死んで。そうすれば、仲間がいると思ったのに、誰もいなくて…すごくさびしい。
それが、どれだけ苦しいか分かる…?」
魂を吐くかのような暗い声にも、彼女の心にはなんの感傷も浮かばない。
死後の魂の安息を求めることはより良く生きる手段であり、死に急ぐためのものではないから。
彩子のようなモノを見るのが初めてでないから。
彼女の答えはどこまでも簡潔だ。
「人と人とは分かりあえるようには出来ていない。
わかり合うための努力が、会話と呼ばれるものではないの?」
顔色一つ変えぬ少女に、彩子は再度表情を消す。
しばしそうして彼女を凝視し、唇を歪めた。
「…ああ」
吐息と共に、彼女の瞳から滴がこぼれる。
ぽたぽたと流れるそれは、現の世界を濡らすことなく消えてゆく。
「もしそうだとしたら、わたしは、それを自分で放棄しちゃったんだね…」
「でしょうね。今のあなたの声は、普通は聞こえない」
聞こえない。見えない。届かない。
それは彩子が生きているうちにも何度も繰り返した恨み事。
けれど、こうなって見て初めて分かる。あの時なら、間にあったのに。
「わたしの声が聞こえるのは、あなたみたいな本当一握りの人だもんね」
フフ、と嗚咽交じりに笑って、彩子は首を傾げる。
甘えるような仕草だ。
「…ねえ、お姉さん…わたしがここにいることに、意味はあるのかなあ。
もう誰にも見えないし、もう誰にも届かない…生きている時からそうだったけど、今ほどじゃなかった…」
「…辛い?」
「辛いに決まっているじゃない」
当たり前でしょうと言いながらも、彩子は苦笑した。
「おかしいよね…辛いのが嫌で逃げたのに、今が一番苦しいの…」
自嘲して、苦笑して、彼女はすがるように手を伸ばす。
けれど、その手は誰にも届かない。目の前で言葉を交わす少女にすら、届かない。
「お姉さん……わたし、どうすれば、いいの…」
「分からない」
簡潔な答えに眉を下げる彩子。やがて、諦念したような呟きが漏れる。
「それを考えるのが、罰かな…」
自分で自分を殺した、罰かな…
儚く囁く声に、少女は初めて表情を変える。
少しだけ切なげに眉をしかめ、静かに瞼を閉じた。
その表情の意味することに、彩子は少しだけ安らかそうな笑みを浮かべた。
しばし目を閉じていた少女は、再び歩き出す。背後を振り返ることなく、椿の木に背を向ける。
彼女の去った地面には、椿の花が、ぼとりと落ちた。
あとがき
霊感少女と幽霊。好きなモチーフです。雪の中に落ちる椿。好きなモチーフです。
正直、ただそれだけの話とも言えます。ああ、個人的には、椿が不吉だとは思いませんよ?私、赤とか黒より、真白な方が不吉な印象受けると思うんですよね…
例えば病院とか。白紙のテストとか。雪かきとか、嫌なものばかり連想しますしね…
09/02/15
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