授業を終えて部屋を出ていく教師を見送って、軽く伸びをする。
 そうして立ち上がり、肩を軽くたたく。と。
「いいなあ」
「え?」
 背中から聞こえた友人の声に、くるりと振り返った。

「ノノはいいよねえ。背ぇおっきくてさあ。すらっとしてるの」
「……確かに大きいけど。背が高い人はね、低い人がうらやましいんだよ」
 そう、今わたしをうらやんでいる友人くらいが良かった。ちまっとしてる方が絶対かわいい。
 大体背が大きいせいか、手足も大きいし。そのせいで靴探すの大変だし。うん、小さい方がかわいいよ。
「そんなこと言われてもうらやましいんだから仕方ないでしょ。
 その上ノノは胸もおっきい。なにそれ。意味がわからないんだけど。分けてよ!」
「分けられないよ! 第一友達にそんなこと言われてもどうしろっていうの!」
「なら彼氏に言われなさいよう! ノノいたでしょ彼氏! 応援部の! なんかあっさりした顔の人!」
「な…に、言って……!」
 何言ってるの!と声をあら上げてみても、ふと想像してしまう。
 その、えっと、スタイルを褒めてみてもらっているところを。
「………」
「ノノ? なんで泣きそうな顔で俯くの? な、なにかあたし悪いこと言ったの?」
 ううん、違うの。
 悪いこと言うのはあなたじゃなくてね。
 わたしの好きな人だから。


 その後、帰り道。
「能々子さん」
 待ち合わせていた真木彦君は、唐突に言いました。
「僕は能々子さんの背が高いところ、好きだけど」
「…聞いてたの?」
「……大声だったから。聞こえちゃった。あんまり大声でするような話じゃ、なかったと思うよ」
「気をつけます」
 微妙に赤い顔でお説教をされると、気まずい。
 そんなに変な話だったかな。途中から変な話になったかも。うん。
 なんて思っていると、彼は小さく咳払い。そして、そっぽをむいて続ける。
「ともかく、好きだよ。姿勢がしゃんとしててかっこいいし……その、視線が合いやすくて。嬉しい」
「真木彦君………」
 どうしよう。理由がまともだ。すごくうれしい。きゅんとした。
 ああ、疑ってごめんね。わたし最近追い詰めらられてた!
「それにこういうの似合うと思うし」
「わたしの感動を返して!」
 彼の取り出しちゃった本にはとってもせくしーっていうかなんか鞭に頬ずりしたおねーさんがいました。
 やっぱりわりと予想通りのことをいったこの人!
 わたし全然間違ってなかった! 泣きたい!
「それにどこから出てきたのその本…」
「普通に。鞄からだけど」
 うん。そうだね。鞄に入る大きさだね。
 でもなんでそんなシュビって出てきたの。手品なの。準備してたの。
 あの嬉しい発言の裏で、そういうことしてたの?
 それに、そんなことより。
「わたし着ないよ! そんなゲームの悪の女ボスみたいな服!」
「大丈夫。これ、戦隊モノの女幹部」
「なにが違うの! なにが大丈夫なの!」
「ゲームは絵だけど戦隊モノは実写じゃない。つまり実際来ても似合うようにできてるよ?」
「似合わないよ!? 似合ってもやだよ、恥ずかしいよ!」
「絶対似合うのに! 恥ずかしいなら僕も付き合うし!」
「こ、この格好に……!?」
「いや僕は別に好きな人色々してほしいだけで。自虐に喜びは覚えないよ。嫌だろう、男の黒ビキニ」
「女の子だって嫌です!」
「ちなみに着てくれたら僕はこれをするんだけど」
 肩で息をするわたしに構わず、彼がマイペースに指差した先を見る。
 黒ビキニっていうか黒ヒモビキニみたいな(もうもっている鞭の方がブラ紐より太い。どういうことなの)格好の女の人の傍。っていうか、腰掛けているところ。
 なんか緑の豚っぽい怪物。
「なんでそんなに豚が好きなの! 前世なの!? 仲間なの!? 真木彦君は今日のお弁当で共食いしてたの!? 生姜焼きは兄弟!?」
「はいその通りです豚と呼んでください!」
「ああこれ喜ぶ流れなんだ! でも呼ばないから!」
 っていうか道の真ん中でこんな話をするの止めよう!
 人通り好きないところだけど、時間帯によっては小学生とか来るしね! 犬の散歩とか来る人もいるからね!
 ………ああ、でも。
「真木彦君、は……」
 ふと気付いた事実に、止めたいはずの話を進める。話を広げてしまう。
 だって。
「こういう人が、好きなの?」
「うん。能々子さんがこういう格好してくれたら木にも東○タワーにも上れるよ」
 ○京タワーには登れないと思うよ。どう頑張っても。
 もしかしたら突っ込み待ちなのかもしれない言葉に、がくりと肩が落ちる。
 なんだか悲しくなって、鼻の奥がツンとした。
「…じゃあ…こ、こういうこと、してくれる人が、その…好き、って言ってきたら…そっちに…いっちゃう…?」
 その原因の言葉を吐き出すと、彼はへ?と声をあげる。
 それから目をまんまるにして、じっと眉を寄せた。
「……能々子さん」
 まともというか平静な感じに戻った声に、わたしは何も答えられない。
 今更ながら気づいたことにずきずきと胸が痛む。
 こんなに色々言ってくる人だけど、その。やっぱり、好きなところの方がいっぱいあって。
 …あの、告白したのもわたしからで。頷いてもらえた日は眠れなかった。
 けど、その日。彼がどうだったのか、知らない。
「あの、ごめん。そういうつもり、全然ないよ。…その、…えっと、……僕やっぱり能々子さんが好きだし」
「………そういうところは照れるの。もう、全然分かんないよ」
 知らないから不安で、ついとトゲトゲした声が出た。
 こういうこと言うと、また喜ぶのかな。
 そう思ったけど、案外困った顔のままだった。
「……能々子さんも、かっこいい俳優の出る映画とかドラマとか好きでしょ?」
「うん」
「実際傍にいたら、きゃーきゃーいうでしょ?」
「……うん。言っちゃうかも」
 彼のそれはそういうきゃーきゃーとは別だと思うけどな。黄色いというより、なんかもっと怪しい色だよ。あだるてぃな色だよ。
「そういうのと一緒だから。ほら、別物でしょ」
 なんて、文句をつけてもやりたかったけど。
 いつになく慌ててわたわたする姿に、気持ちが落ち着いてきた。
 落ち着いただけで解決はしてないので、なんとも言えない気持ち、ともいう。
「それは、そう。だけど。わたし、真木彦君にドラマっぽい振る舞いしてほしいとか、整形してほしいとか言わないもん」
 整理できない気持ちを言葉にして見た。
 ずっと困った顔だった真木彦君が、ふいに笑う。
 ……ああもう、ずるい。
 わたし、君のそういう顔。好きなんだから。ずるいよ。
「……僕はふつーに能々子さんと付き合っても結構かなり幸せだったけど。欲が出てきたんだよ」
「しまおうよ。戻ろうよ。ノーマルな道」
 鼻の下が伸びてないとまじで大好きなんだけどな。やっぱり悲しいな。
「幸せだったけど、好きになった子が思いのほかこういうの似合いそうな見た目だったから。つい」
「つい、じゃないよ! っていうかお返事は!? ノーマルに戻ろうっていうお誘いは!? 聞いてくれないの!?」
「はは、仰せのままに!」
「そういう返事はダメなの! スキあらば土下座しようとするのもやめてね!」
 ぎゅっと手をにぎってお願いすると、彼が露骨に膨れた。
 そのほっぺをぺちんと軽くたたいて空気を抜けば、もう少し強く、とか囁かれた。
 思わずもれたため息に、正直な感想が混じってしまう。
「真木彦君の変態………」
 聞こえないような呟きだっていうのに、うっとりとされました。
 正直予想していたので、そこまで悲しくはなりません。
 でも、悲しくなれないわたしに、ちょっと落ち込みました。

 わたしの好きな人は、自分では好きになれないところを、好きって言ってくれる人。
 そういうところが、とても好きで。
 …でも見てる世界が違いすぎてたまについていけません。くすん。






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