それは、町中がイルミネーションに彩られはじめたある日のこと。
帰路につく少年は、同じく家に帰ろうとする幼馴染に声をかけられた。
「ケーキはなにが好きですか」
「……ケーキ?」
「もうすぐクリスマスですから。姉さんが張り切ってます」
「いや、姉さん張り切ってるのになんで俺に聞くの?」
不思議そうに尋ねる少年に、少女はふぅと息をつく。
あまり動かない表情が、それでも察しが悪いとでも言いたげなものへと変化した。
「だってどうせ来るでしょう?」
「うわあ、どうせとか言われると傷つくなぁ…」
少年は大袈裟に肩を落とす。が、少女はかまわずふいと顔をそらし、続ける。
「…どうせ来るなら、あなたも一緒に考えてくださいよ。姉さんは作りたがるくせに甘いものが嫌いです。兄さんも似たようなものです」
「…その前に、華菜は大好きだよね、甘いもの」
「…そうですね。だからいいんです。あの子は甘ければなんでも喜びますから」
淡々と、それでもほんの少し早口で紡がれた言葉に、少年はにんまりと笑う。
声に出さないまま、これ以上なく嬉しげに。
「…ねー智華ぁ」
揶揄の色をたっぷり含んだ声に、少女は答えない。
「俺も甘いの好きでも嫌いでもないんだよね。ねーさんと幸樹さんと一緒で」
「そうでしたっけ?」
「それなのに気使ってくれるって嬉しいなー、っていうか智華の手作りなのが嬉しいなー」
「いえ、作るのは姉さ」
「ならあの人直接俺に聞くよー。周りくどいの嫌いじゃん」
にこにこと言い放たれ、少女はみるみる頬を染める。
その表情は、これ以上なく彼の言葉を肯定していた。
「……君たまにすっげえ可愛いよねv」
「そんなことよりさっさと考えてください! 材料準備しなきゃいけないんですから!」
「え? もうとぼけないのー? とぼけてる智華もかわいーのに」
「ケーキにハーブつっこみますよ……」
どんどんと早足になる少女は、振り向かないまま少年に毒づく。長い髪を流した背中を見ながら、少年は僅かに笑った。
「なにそのささやかな復讐。すっげえ不評だし。…俺がああいうの駄目になったのって君がくれたハーブティから虫わいたせいなんだけど…」
「とっとと飲まないあなたが悪いんです」
「だってあれも君の作ってくれたもんじゃん。嬉しかったから、とっておきたくてさあ」
「………知りません!」
ついには小走りになる少女に、少年はくすくすと笑う。
町角のイルミネーションより、どんなプレゼントより。
彼にとっては、その小さな背中こそが。これ以上なく、眩しかったから。
それは、町中がイルミネーションに彩られはじめたある日のこと。
そのあかるさの届かぬ『街』の片隅で、ある青年は口を開いた。
「…君のサンタ姿がみたい」
「嫌です」
おもむろに、とでもつきそうな口調で付きつけられた要求に、智華はきっぱりと答えた。
「ミニスカートで恥ずかしがる君がみたい」
「気持ち悪いこと言わないでください」
より具体的になる要求に、智華はどこまでも冷めた目線をおくる。
「みーたーいー! みたい! いいじゃん恋人がサンタクロース! 去年プレゼントはわたしvをやってほしいっていったらぶん殴られたから止めたのに! それもだめなの!?」
「人にミニスカートをはけと要求する精神が気持ち悪いんです」
「気持ち悪い気持ち悪いって恋人にそんなことばっか言って…いいの…?」
「恋人がすべての免罪符になると思ったらおお間違いですからね」
溜息混じりに言って、彼女は背を向ける。
長い髪を流した背中は、そのままつれなく部屋のドアまで歩き―――ぴたりと立ち止まる。
「…そんなことより、ケーキはパウンドケーキでいいんですね」
「え?」
「好きでしょう。スポンジより、そちらの方が」
振り向いて、当たり前のように訪ねる智華。
それは、とても昔からはじまった、ささいなしあわせのやり取りで。
「…そうだね」
かつてのように、照れることはなく。ただ当たり前のように紡がれる言葉に、遥霞はふっと眼差しを和らげる。
「俺甘いのあんまり好きくないけど。君のことは大好きだよ」
「と、褒めてもミニスカートにはなりませんからね」
「…ちっ」
舌打ちしないでください。
うんざりと呟くその顔すら、彼にとってはやはり眩しいままだった。
僕らが幸せな幼馴染だった頃。もうすでに言ってることがおかしいという病を発症してる遥霞と今よりだいぶ脇が甘い智華でした。
ちなみに家はあんまり近くない。二人とも電車通学。遅くなると心配だから遥霞がつきまとってる。…この頃の彼は物事を口で解決しようとする人ですが。その辺りは変わってないのねというお話。