死にたくなったら僕に言って。

 綺麗に殺してあげるから。

 私にそう囁いた男が、死んだ。

穏やかな殺意
 あれはいつのことだっただろう。
『死にたくなったら僕に言って』
 そう告げて、無愛想な君は笑った。

 その時は、爪先から頭のてっぺんまで、たっぷりと時間をかけて食べてあげる。そんなことしたら僕は顎とか身体の色んなとこにガタが来るだろうし、もう正気でいられないだろうから、死んじゃうかもしれないけど。あ、でも最後の晩餐が君って最高じゃない? 
 気色悪い? 知ってるよ。でも昔の人だって言ってるよ。『お前死んでも寺にはやらぬ 焼いて粉にして酒で飲む』ってさ。万葉集だったかな? そんなことはどうでもいい? ああ、そうだね。大切なのは、僕はそのくらい君が好きってこと。
 だって君は言うだろう? いつもいつも、死にたい。消えたいって。ほら、今だって切ってきたんだよね? その腕。それを見て僕がいつもどんな気分だと思ってるのさ。心配だよ、痛ましいよ、見たくない。けれどそれ以上にソレをすすりたいと思ってる。
 好きなんだよ、本当に。はじめてあった時から思ってた。君は本当に綺麗だって。
 勿論知ってるよ? 君は美人って方じゃないよね。審美眼は正常だから、僕。それだけじゃない、君のことなら何でも知ってる。クラスでも家でも何時いかなる時も口すら開かない。しかもどうやら、それに理由はなにはもない。君はただ人が嫌いだ。触られただけで吐いたこともあるって? 相当重症だよね。
 けど僕は好きだよ、本当だよ。だから、そういうところはいっそ好都合。まさしく病的に人を信じない君が、僕を選んだ。それが一時の気まぐれで仮初だとしても、選んだ。これほど所有欲を満たすシュチュレーション他にあるかい? 
 君の目を一目見たときから好きなんだ。その真っ黒い硝子玉のような目が大好きだ。
 だから本当に消えたくなったら僕に言ってよ。
 綺麗に消してあげる。
 怖くないよ、ずっと傍にいるもの。
 ねぇ、だからそれがいいだろう。そうしてよ。

 その言葉に、私は頷いた。

 消えたくなったら君に言うよ。一緒に死んでくれるんだよね。そんな風に念を押しながら。
 けれど、その約束は果されぬまま。
 私の世界から君が消えた。
 しかも自殺? 裏切りもいいところじゃない。
 でも薄々予感してたんだ。君も世界が大嫌いだったんだよね。だから死にたかったんだよね。硝子玉のような目? その比喩は君にこそふさわしかった。
 理由なんて知らないよ。君の事なんてなにも知らない。私は君と違って、君の過去になんて興味はなかった。ただあの生ぬるい現実から囲い守ってくれるその異常性が好きだった。ただ現在の君がすべて。あの時、私を食べてくれるといった君が全て。それだけでいい。
 それなのに、最後の最後で知りたくなった。
 君は、なにを諦めたの?


 ねぇ 僕らは前世とではおんなじ人間だったんじゃないかな。
 前世なんてないと思うけどあったとしたらそれは君だ。
 愛してるよ 愛してる。僕の大好きな君。僕が大好きな君。
 僕らは自分を愛せない。だから互いに求め合ったんだ。
 だから僕は幸せだったよ。幸せだった。嘘じゃない。
 今まで本当のことなんて何も言わなかったけど これだけは嘘じゃないから。
 君となら 一緒に生きているのも耐えられたよ。
 けど僕は もう


 もう、なんだったというの。
 駄目だったとでも言うの?

 ぐしゃり、と白すぎる封筒を握りつぶす。
 それは、私へ宛てられた彼の遺書。そこには肝心な内容が書かれていない。
 ああもう苛立たしい。腹が立つ。怒りで目の前がチカチカする。真っ白に見える。気になるじゃない。私はもう、君のことしか考えられないじゃない。気が狂いそう。
 君はいつだって勝手だった。初めて会った時も、初めてキスした時も、この私が初めて好きだよって口に出した時も。君はいつも同じように身勝手に振舞った。
 最後まで身勝手だなんてどこまで最悪な男なの。本当に憎らしい。

「……殺したいわ……」

 行き場のないこの感情は、幸福にも似た穏やかな殺意。



 あとがき
 こんなにも心乱す君を思い出せば穏やかだなんて、君好みの皮肉だね。
 もう殺意と言う形にしかならないのに、おかしなほど穏やかなのよ。

 穏やかな殺意って聞いて連想したのは「空気のように自然な感情」でした。
 いっそそれがなければ狂ってしまいそうなくらい自然な感情だから、穏やかかなと。
 気持ち悪くなるような話を目指して書きました。(目指すな)
 君サイドからの話も書きたいです。
 08.02.15