白い白い部屋で、ただ正しい道を探す。
 そうしないと、狂ってしまいそうだった。

沈黙は同意

 私がいる部屋は白い。
 昼も夜もなく、人口の明りでしらじらと白い部屋。
 ただただ白く、広く。
 目に映るのはたくさんのお洋服。
 とてもキレイだと思うけれど、それだけ。
 心が震えることも、疑問を持つこともない。
 やめて、しまった。
「御機嫌よう。俺のお姫様?」
 目の前で新しいドレスを広げるその人が、あんまりに幸せそうに笑うから。
 やめてしまった。
「今日は白いドレスにしてみたの。キレイ?」
 私の目の前で笑う人の名前は知っている。
 この部屋に来る前から知っている。
 この人は、私を助けてくれた人だった。
 口減らしに森に捨てられた私を、拾い、助けてくれた人。
 生きていくための術を教えてくれた人。
 この人が教えてくれたのは、縫い物だ。それは母やたくさんの姉がやっていたような、ぼろを作ろうためのものじゃない。
 嘘みたいにキレイな布を、夢みたいに素敵なお洋服に生まれ変わらせる。
 それがこの人の仕事で、それを手伝う私に、この人は笑ってくれた。
「あんまり、って顔してるね」
 あの頃から、今みたいに笑ってくれたけれど。今と昔は、あまりに違う。
「ああ。君は白が嫌いだったよね。明るすぎる、って。汚れいるから、似合わない、って」
 あの頃、私が新しいことを覚えるたびに笑ってくれた人は、今。
 少しでもこの部屋以外のことを考えようとすると、笑顔を消す。
 ああ、違う。外のことだけじゃない。
 私はどうしてここにいるの?
 あなたはどうしてこんなことを?
 私はこれから、どうなるの?
 そんな、疑問のすべてを。この人は無駄なことだという。
「君はなにも気にしないでいいのに」
 そう、私は何も気にせず。
「ただ笑って、ここにいてくれたら。
 なにも気にする必要なんてないんだよ。ねえ?」
 ただ、ここで笑っていればよいといわれた。
 ―――今はもう、少なくとも日に一度は聞くようになったこのセリフ。
 これを初めて聞いたのは、私が彼の元から離れようとしたとき。
 彼にたくさんのことを教わった私は、一人でも生計を立てれる程度のことはできるようになっていた。
 彼はまだまだ子供だといってたしなめたけれど、なんのアテもなかったわけじゃない。
「ねえ、もうわかったよね?」
 彼のもとを訪れているお客さんが、私の腕を買ってくれた。
 優しいマダムは、ぜひ娘のドレスを仕立ててほしいといってくれた。
 ちょうどあなたと同じ年頃の娘なの、けど少し病弱で。話し相手もかねて、一緒に住んでほしいの、と。
 そんな風に言ってくれたから、決めたのに。
 この人から離れて、生きていかなきゃ。
 優しいこの人に、これ以上迷惑をかけちゃいけないから。
 私は一人で平気で、平気じゃなきゃいけなくて。だから。
 いつまでもここにはいられないって、言ったのよ。
 そうしたら。
「君は何も気にせずに、ここで笑っているのが一番。
 もう、そうわかったよね?」
 そうしたら、こうなった。
 何もかもを取り上げられて、閉じ込められた。
 先方には君は体調を崩したと伝えたと教えられた。
 あの頃はやっていた伝染病に犯され、闘病中だと。そんな風に言ったのだと。
 ―――そんな風に言われた私が、彼の店に顔を出さなくなったことを、誰も不思議に思わない。
 元々そんなことをしなくたって、私を気にかけてくれた人なんていないもの。
 こうして彼の着せ替え人形になるのなんて、簡単だった。
 彼の手が伸びてくる。
 むきだしの肩を温めるように添えられる手のひら。
 長くてキレイなその指先から、キラキラしたドレスが生まれるのをみるのが好きだった。
 そのキレイな手のひらが、キレイなものに触れるのを見ているのが、とても。
 幸せだったのよ。
「…ああ。わかってくれているんだね。うん、俺もわかってるよ。
 君にことなら、なにもかも。
 わかっているよ…」
 尊いこの手の平が。
 やせっぽっちの子供に憐れみをかけて、薄汚れた肌に触れて。
 この人の幸せの邪魔になるなんて、あっちゃいけないから。離れようと思った。
「間違えだってわかったよね。反省しているんだよね。だから何も言わないんだろう? ダメだね、君は。いつまでたっても恥ずかしがりやで。
 俺じゃなきゃとてもわからないよ」
 この結果がこれなら、私はどうすればよかったの?
 私はどうすれば―――どうすれば。
 どうすれば、私は。あなたを。
「ねえ。でも俺はわかるから。
 全部全部、わかるから。だから、君の全部を愛してる」
 今、何も言わない私を抱いて。
 幸せそうに笑うあなたに、正しい道を示せたの?
「ああでも、君が汚いっていうのだけは、わからないかな」
 あなたの幸せはまがい物。
 あなたの幸せは汚れ物。
 だって私は、こんなにも汚いのに。それのわからないあなたは、とてもかわいそうね。
「君はこんなにもきれいなのに」
 君はきれいだと。
 愛していると。
 聡明な彼は、顔を合わせばそればかり繰り返す。
 私以外を見ずに、ただ。ただ。そればかりを。
 壊れたばかりに、何度でも。
「だから、ほら」
 そればかりを繰り返すあなたを。
 この上なくいとおしいと思う私の、どこがキレイ?
「この服も、こんなに似合うよ」
 座ったままの私に、ドレスが触れる。
 かるくあてがうようにそのキレイなものを押し付けて、彼が笑う。
「まるで、花嫁みたい」
 彼の用意した椅子に、座ったままで。言葉もなく。
 ただただ息をするだけの私に。彼は笑う。
 私が幸せにしたくて、でもいつのまにか壊れた彼が、笑う。
 その笑顔に、私は決して何も言わない。
 何も言えない。
 言いたくもない。

 それはきっと、笑みの形に吊り上がる唇に忠実な言葉だろうから。




ついったでですね。さかのぼってたらお人形趣味で囲って衰弱エンドっていう言葉をきいてね。
なんかぴーんと来て書いた。きっともう狂ってる。
そのうち膨らませられたら続きを書きたいなあ。ねっとりと。
2014/04/20
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