ヴァレンタイン 2010年 準備号(?)
「…なにやってるんだ、風矢」
「なにって…」
言って、彼は読んでいた本の表紙を私へ向ける。
「ヴァレンタインの準備ですが」
「いや、それはいいが。なんでそんなに本借りてるの」
「…あげたい方がいると、ついついどれがいいかと考えてしまいまして」
照れたように彼は笑う。
それでも本はいらないと思うけどな…もう十分多いと思うぞ、レパートリー。
お菓子職人みたいだよ、既に。
しかし。そうか、なるほど。
「…そうか、お前今年は本命がいるんだよな」
彼のつれてきた彼女を(インパクトあるから)忘れていたわけじゃないが、こういうときに改めてそう思う。
一人さみしく自分チョコ作ってかなたに食われて騒いでいた彼とは別人のようだ。
「それなら、私はあげない方がいいのか?」
「…どうしましょうね。僕、緋那さんのこと女性と思ったことはありませんけど…」
「さりげなく失礼だよなお前」
「貴女もさりげなく失礼だからお互いさまでしょう? …まぁ、そうですね。遠慮しておきます。一応」
その分自分で作って食べます、と言う風矢。
そうして、彼は少しだけ意地悪い顔をした。
「…貴女には、僕にあげるより、あげるべき人いるのでは?」
「………知るか」
誰に、とは言うまでもない。
…あげないとも、思っていないわけではない。が、しかし。でも。なぁ……今更どんな顔をして渡せばいいんだ…
「今年も作ってましたよ、あれ」
「……」
かぁ、と頬が熱くなる。同時に、頭が痛む。え、また増えるの、あれ。みたいな。
「………なきゃいいのになぁ、あんな日」
「僕は大好きです」
色んな意味で、という彼はそりゃあもう幸せそうだった。
すごく幸せそうな風矢と悲惨そうな緋那のバレンタイン前夜。
くりすます
某月某日――――どこぞやの神様が生まれたと専ら噂のある日のこと。
ふらふらと町を歩き回ったあと帰ってみると、
「ただいま…あ?」
龍が皆で笹に飾り付けを行っていました。
それにしても、なぜ笹。
もみの木じゃないのか、普通。
そんな私の目線に答えたのは、磨智。
彼女はにっこり「おかえり」と言った後、
「マスター。クリスマスにはサンタが来るんだよね」
「ん。それは、」
「夢見る子供の親が扮装しているのでしょう。そのくらい承知の上です」
かさかさと笹に七夕の飾りとしか思えないものを施しつつ、風矢は言う。
これまたどう見ても七夕に飾る短冊にお願いごとを書き付けつつ続くのはメー。
「でもよ、俺たちの親はいないだろ」
…確かにそうだけど。
龍は交配して子供を残した時点で息絶えてしまう。
そういう生き物だから、特殊な事情でもない限り、産みの親とは同じ時間を生きれないわけだけど…それがなんなんだろう。
「で、私達の親代わりはかなたさんですよね、という結論に」
「…それは、そうかも、だけど」
「ということで、プレゼントちょうだい。サンタさん」
「…………」
珍しく頼られてるのに全く嬉しくないなぁ、なんて思いつつ視線を泳がせて見る。
やたらと達筆なベムがそっと短冊を掲げていた。
『緋那の写真を焼き増ししてください。燃やされてもいいように』
「……………………」
ああ、前怪談話した時に燃やされてたな、そういえば。
「……その短冊、皆書いてるの?」
「うん。緋那ちゃんは後で書くって言って、夕飯作ってるけど」
「…これ、全部叶えなきゃいけないの? …つか、なんで七夕仕様なんだ」
「お願い事といえばこれかなぁ、と思ったし。
こっちの方が受けそうだったから」
「…いやまぁ確かに…受けたけど」
「でしょ。ちなみに私のお願いはコレね」
『ミシンが欲しい』
「俺はこれだ」
『磨智を止めろ』
「………」
―――難問、だった。
どっちかの願いを叶えると、どっちかの願いが叶わなくなる。
「…風矢君は」
とりあえず保留しつつ、風龍の彼を呼ぶ。
彼はちょっぴり照れた顔しつつ短冊を差し出した。
『鍋いっぱいのカステラ』
「グ○と○ラ?」
「ええ、以前本屋で表紙を見かけて……忘れられなくて…」
「いや、その………うん、がんばる……
がんばるよ…全部」
…経済的にきついけど。
きらきらきらきらきらきらしたその目に抗う精神力は、私にない。
しかもそれが四対だ。
……こいつらこんな子だったかね。
…そりゃ肉体年齢を人間に変換すると…みんな十代だけど。
「……そういえば、緋那ちゃんは?」
「呼んだか?」
「うどわぁっ!」
「…奇声を上げるなよ」
「後ろに! 後ろに立たないでよっ」
「…そうか。すまん。
ところで、私も願いを書いたのだが、叶えてもらえるか?」
「うん、それは善処する方向…で…っ」
緋那の短冊に書いてある言葉は簡潔だった。
『まともなマスターが欲しい』
きっちりと綺麗な文字。
顔を上げると真剣な表情の緋那。
「うっ……」
どうせ、私は、マトモじゃないけどっ……
「…そんなこと言わなくてもいいじゃーんっ!」
「あ。マスターが泣いた」
「こら待て逃げるな! 俺の願いは本当に叶うんだろうなぁっ!」
「僕の! 僕のも忘れないでくださいね!?」
後ろの方でなにか言っているのが聞えたけど無視した。
その後、私は。
自室でひたすら沈み込んだ。
はろうぃん
某月某日。
126番地には、ハロウィンという行事を湾曲しまくって理解した人がいた。
「緋ー那ーちゃーんっ
とりっく、おあ、」
「かなた。お菓子は一日一袋だからな。」
洗い物のの手を休めずに、緋那は主人に言い切った。
「う……っ」
よよ、と崩れ落ちるかなた。
彼女は(恐らくハロウィン仕様の)魔女ハットを深く被り、わざとらしく目元を押さえつつ、
「緋那ちゃんがマスターを邪険に扱うわ。私一応ここの家主なのに、冷たいわ」
「うるさい。大体お前は甘いものを食いすぎだ。
お前に仕える者として使命は、その間食を防ぐことだ」
マジメな口調でそう言って、ぎろりとかなたの周囲を睨みすえる。
「…そしてお前らもか、お前らもそうなのか?」
睨まれたメーと風矢はすぃ、と目を逸らした。
「……たまには従僕っぽいことしようと思ってな。主人の願いに答えようと思ったんだ」
「嘘をつけ」
「…私は、甘いものが好きです」
「正直に答えてもやらないぞ、菓子は」
「そーんーなーことー言わないでいいじゃん!
私、これでも我慢してるのにっ!
持ち物をすべてチョコにしてみたいという野望、胸に秘めたまま我慢したのにっ!」
「だから、駄目だ。さっき食べただろ、カボチャプリン。
……それにお前悪戯なんてできるのか? 実は考えてないだろ?」
足元に縋りつく主人をべりっと引き剥がして、ため息交じりの言葉を投げつける緋那。
その顔は、なんだかとっても苦労人な顔だった。
「う゛…っ、いやいやいや、考えてるよ?」
「ほほう。例えば」
「緋那の部屋を散らかすとか!?」
「お前が、片付けてくれる、よな?」
「ううん。それじゃ悪戯の意味がないから放置する」
「なら実巣に帰る」
「ああっ! やりません! やりませんけどっ!
…ともかく私はお祭りを楽しみたいだけだよっ」
「だから、なぁ…」
放っておくと延々と続けそうなかなたに、こめかみを抑えた緋那はもう一度怒鳴ろうとする。
けれど、その前に、リビングのドアが開いた。
「ふふふ。やっぱりやってたね、マスター」
一人と三匹の視線を集めた磨智は楽しそうに笑う。
否、正確に言うと、視線の先にはなんか黒いかたまりがいた。
「コレ 私と彼で緋那を助けようと思ったんだよ」
その黒い塊…布で身体をすっぽりと覆った誰を指差し、磨智は楽しげに告げた。
「…なにしたいのか分からないんだが」
「今に分かるよ。
ってことでベム君、ゴー」
名を呼ばれると同時にばさ、と布を取った炎龍は、いつもと違う格好をしていた。
「――――ッ」
かなたは驚愕に目を見開く。
「燕尾服、ですね」
「なんで燕尾服? 結婚式でも行くのか? お前」
訝しげな風矢とメーにかまわず、ベムはかなたへ歩み寄る。
『僕が結婚してもいいのは緋那だけ』とか言ういつもの台詞をなしに、無言で歩いてくる。
そして、言った。
「か、…いや、マス、……じゃなくて……あー…えっと…
ご主人様、お茶の用意ができています」
「うっ……」
頬を赤く染めたかなたは、とてもいい笑顔を浮かべるベムから目を逸らす。
「磨、智、ちゃん。
…私が好きなのは執事というものは生き様であって、少々仮装したくらいで私は、揺らが、ない…っ」
「息も絶え絶えでそういう台詞言う?
とりあえず深呼吸することから始めなよ、説得力ないよ」
「―――…そういえば、昔、ご主人様は禁止とか言われたな。」
「…そういえば私も言われましたね。名前呼びかマスターのどちらかだと、真剣に」
「…こういう意味だったのか」
ふるふるとて震える執事好きの主人に、四匹は困ったような眼を注ぐ。
「…くっ…いや、その…あの……だってかっこいいじゃん」
「…じゃ、今日は僕のこの格好に免じて、お茶だけ飲んで寝る?」
「……」
「…ご主人様、そろそろお休みになられないとお体に障ります」
「う。」
「…本当にああいうの好きなんですね、かなたさん」
「…私のやったことだけど、こんな効果ある思ってなかったよ」
「それに、案外ノリノリじゃないか、あのアホも」
「『緋那が困っているのを助けるのは僕の使命』だそうだよ」
「……」
「それよりお前なんで俺にはアレで、あいつにはアレなんだ。」
「ふっ。ヤキモチ焼かなくてもメー君にはメイド服を作ってあげたよ」
「い、いらねぇっ!」
囁きあう間にも、かなたは執事姿の龍を前にふるふる震える。
彼女が大人しく寝ると決めるのに、さして時間はかからなかった。
ほわいとでぃ
「助けてかなた!」
「はい?」
名を呼ばれて振りむくと、真っ青な顔をした赤い髪の少女。
緋那はその髪と同じ色の瞳に涙をため、すばやく私の背後へと隠れた。
いつもクールかつ温和な彼女をここまで慌てさせる者は、彼なのだろう。
しかし…、怒るのでもなく厭うのでもなく呆れるのでもなくおびえる。
珍しい反応だなァ、など彼女を見つめながら考えていると、
「マスター。邪魔。」
「ベム君、一体君はなに―――」
聞えた声に再び振り向き、問いかけを唇に乗せ、
「を!?」
素っ頓狂な声をあげてしまった。
「マスターまでなんて顔しているの?」
服装も線の細そうなその顔立ちも、どこか眠たげな橙色の瞳も、常と変わらず。
しかしッ。
その朱の髪に包まれた頭に飾られているのは……、
滑らかな光沢を放ち、柔らかな曲線を描くリボン。色は綺麗な桃色。
リボン。
そんなもんそんな風に頭につけて許されるのはちっちゃくて可愛い女の子だぞ! ベム!
なにやってんだ、君は!
「…えっと、イメチェンかな? ベム君」
「いえ。ホワイトデーだから。お返し」
私の背後で、びくんと大きく緋那が震えた。
「聞きたくない聞きたくない聞きたくない聞きたくない……」とか呟いてるし。
いやマジで何事。
というかお返しするんだ 贈り物(セーター。防熱加工付き)はナベシキに使われ、彼女の贈り物はティシュだったというのに。
それでもお返しするんだ。
「緋那。受け取って、僕をv」
「ァァァァアアアアアアアァッ !
気色悪い台詞を繰り返すな馬鹿野朗っ!」
なるほどだから逃げ回ってたのね、緋那。
「…えっと」
とりあえず緋那の方を強制的に召還石に戻す。
そして、ベムと目を合わせ、
「駄目だよ、ベム君。
そんななんか一段くらいぶっ飛ばしたいい寄り方しちゃ。
緋那ちゃんは潔癖だから嫌われる」
「…そのようだ」
素直に認め。すっと瞼を閉じる。
あ、自業自得だけどちょっとだけかわいそう。
「…僕はじゃあなにをやれば…」
「私に聞かないでくれ、男いない歴=年齢の私に対するあてつけか」
三月十四日。ホワイトデー。
そんなこともあんまり関係なく、我が家は平和です。
ばれんたいんでぃ
「緋那、なにか買ってあげないの? ベム君に」
「買うよ」
「…チョコ、四つだよ?」
「お前とかなたとメーと風矢にな」
「やっぱりベム君の分ないんじゃん?
つれないね〜」
「だから買うよ、アイツには別のところで」
「別のところ?」
「……それで彼女が買ってきたのは……、ティシュ?」
「うん」
なんともいえない気分で繰り返す僕に、磨智さんは苦笑した。
「…その心は?」
「…『水に濡らすとすぐとける。それは私に言い寄るお前の気持ちに似ているだろう』
……と、言いたいらしいよ」
「……哀れですね、ベム」
「…それであのヒトが幸せならいいんじゃあないの? 楽しいし。
あ、そだ。はい、風矢君、チョコだよ」
「あ、ありがとうございます」
受け取りながら、顔がほころぶのが分かる。
いや、甘味の王者はカステラだけれど、それ以外が駄目だと言うわけではない。チョコレートも美味しい。
「さ、マスターにはあげたし、メー君にあげて来よっと」
「え? やるんですか?」
なんとなく、やらないのかと思っていた。
わりと複雑な感情をむけているようだし。
思わず目を見張ると、ふわりと笑う磨智さん。
それは、それこそチョコのように甘く、柔らかな笑み。
「うん。メー君に似合いそうなリボンとワンピを見つけて」
「女装用!?
というよりサイズ知っているんですかッ!?」
「細いから多少ごまかせるんだよ〜。
それにメー子ちゃんは私の玩具だから〜」
「メー子ちゃん!? それはいくらなんでも!」
「むー。風矢君には関係ないもん〜。いいじゃなーい」
「……」
にっこりと笑いかける笑顔は全然甘くも柔らかくもなかったです。
(傍で聞いてた)
「かなた! 止めてッ! アイツ止めて! 止めてあげろっ!」(顔面、真っ青)
「いや〜。いいじゃない、可愛い女の子からの贈り物袖にするなんて、
メー君ったら隅におけないんだ・か・ら☆」(爽やかな笑顔)
「…わぁぁぁあッ!
家出してやる! 実巣に帰る!」
「え? 夕飯までには帰って来るんだよ〜」
「……ッ!! このッ、アホマスター!!
帰るか馬鹿ヤロ―――ッ!!!!」 (やろー、やろー、やろー・エコー)
かなたと風矢は検索に。
緋那と磨智はどっかに外出に。
そして、俺とベムが留守番。
これはそう珍しい話ではないし、目の前でベムがやっていることも、 …別に珍しいわけではない。
のだけど。
赤い髪の少年は、器用に指を動かし続ける。
「〜〜♪」
鼻歌交じりに指を動かす彼は、本当に嬉しそうだ。
「…なにしてんの?」
「メー。
決まってるじゃあないか。緋那にプレゼント。
バレンタインだからね」
バレンタイン。
我がマスター(甘党)曰く、一年で有数に素晴らしい日。
俺としてはただチョコを食える日だと認識している。
「…それって普通、チョコなんじゃないか?」
「それじゃあ芸がないからね」
俺と喋る間にも、それはどんどんと出来上がっていく、ピンク色の物体。
…たぶん、大きさからしてセーター。
…どピンクに真っ赤なハートマーク。
「…趣味悪いぞ」
そしてきっと緋那は嫌いだと思う、そういうの。
アイツ、シンプル・イズ・ベストがモットーらしいし。
「え? 僕の愛がこもっているんだけど」
「愛……」
それは、ますます受け取ってもらえないだろう。
気持ちがないのに受け取るのは残酷だろう? とかそれこそ残酷なこと言って。
言ったところで、こいつは平然と答えるのだろう。
『挑戦することに意義がある』とでも。
ベム……フビンなヤツだ。
しかし、よくもまぁ…
「…よくもまぁ、んな頑張るな」
「頑張るのは、僕の、自由」
「…ま、だな」
するすると編み上げられていくケバイセーターを見つめながら。
俺は大きく頷いた。
その後。
ベムの押しの強さに負けて、緋那はセーター受け取った。
笑顔、引き攣ってたけど。
しかし、そのセーターをナベシキに使われてベムが泣くことになるのは、また別の話だった