メーは、なにをするわけでもなく椅子に腰かけていた。
 ただ単にぼうっとしているわけではない。よく晴れた日は日光を浴びるのが好きなのだ。
 メーが内心呟いていると、バタンと扉が開く。
 なんだか肩を落としたベムが入ってきた。
「…どうしたんだ?」
 思わず声をかけるメー。ベムはゆったりと顔を上げる。なんだかひどく恨みがましい顔だ。
「…なんだよ」
 メーは眉をしかめる。そんな顔をされる謂われはないと思う。
「磨智は」
 ベムは続ける。恨みがましい瞳のまま。
「本当に緋那にべったりだね。今日も先越された。今、二人で買い物中」
 その一言で、メーは大まかな事情を察する。彼女は今日も彼のアプローチの妨害に余念がないらしい。
 自分まで恨みがましい目で見られる意味は分からないが、そういうことなのだろう。
「どうしてあんなに僕の邪魔をするんだ、彼女」
 心底悲しげな彼に、一瞬悩み様な顔をするメー。
 そして、やけにしみじみとした口調で言う。
「…あいつは緋那が大好きだからなー。お前が来る前とか、よく『緋那のお嫁さんになる!』とか言ってたし。
 うまくいかれるのが嫌なんじゃね?」
「君はそれでいいの?」
 椅子に腰掛け、向かい合う形で問うベム。
「…? 別にいいけど」
 その真剣な顔にメーは首を傾げる。
 ベムはずい、と身を乗り出す。
「妬かないの?」
「なんで妬くんだよ」
 顔に疑問符を浮かべるメーに、ベムはわずかに不思議そうな顔をする。
「…君は彼女のどこが好きなの」
「どこって……」
 真っ直ぐに問われて、メーは口を開く。
 そのまま続けそうになり、目を見張って顔を紅潮させる。
「…お前には関係ないだろう」
「関係はない。興味はある」
 言って、ベムは微かに笑う。ほんの少しだけ、意地悪げな顔。
「君達が今の形に落ち着くまで、僕は色々苦労したことも忘れないでほしい」
「…それ、風矢にも言われた……って、いや、お前はいい思いしただろ、緋那と旅行」
「死ね。」
「死ね!?」
 眉ひとつ動かさず吐かれた言葉に色をなくすメー。
 ベムはどこか虚ろな目をして呟く。
「叶うなら君にも味あわせてやりたい。天国と地獄と往復しまくるあの日々を」
「……緋那になんかされたのか?」
「緋那はなにもしない。だから辛い」
「なんで」
「……もう、いい。ともかく興味があるんだ。
 …君がそこまで枷を課しているとも思わなかった。ましてや、それを解くのが彼女になるとは思わなかった。だから」
 その一言に、メーの表情が変わる。
 ひどく気まずげに苦笑して、溜息と共に告げる。
「好きなとこね…どこもなにも…理由、って…理屈になるか?」
 どこか遠い目をして問われて、ベムはふと考え込むような顔をする。
「…しようと思えばいくらでもできるけど」
 言葉をきり、軽く笑う。
 朴訥とした表情が常の彼の、静かな微笑。
「求められない限りは、しなくてもいいな」
 恥ずかしいとか照れくさいとか、そういうことではない。
 ただ、口にするのがもったいないような。
 ただ、胸に秘めておくのが幸せなような。
 そんな、気持ち。
「だろ」
 苦笑する彼も同じことを思っているのかは分からない。
 ただ、幸せなのだろうなとだけ思う。
「あいつはそーゆーの口に出せってうるさいけどさ…」
「…言ってあげるの?」
「……関係ねーだろ」
「言ってあげるんだね」
「関係、ないだろ…!」
 重ねられる問い毎に赤く染まっていく顔に、ベムは溜息をつく。
「…君は学んだ方がいい。そうやって顔にでるから冷やかされる」
「う」
 呻くメーの頬は、やはり赤く染まっている。
 けれど、その顔は決して不快そうではない、むしろ、幸せそうな表情。
 ベムは微かに眉を寄せる。その胸の内に、穏やかとは言えない感情の波が生まれる。
 目の前の光龍と地龍が両想いとなったのは喜ばしい。嬉しくないか否かと訊かれれば、前者を選ぶ。
 けれど、なんというか。
 トントン拍子にうまくいきやがって僕は何年片思いしていると思ってるんだ。
 と腹が立つというか、うらやましいというか、せめて磨智の妨害どうにかしろと言いたくなるというか。
 ともかく、心が乱れる。
「…お前こそ!」
「なに」
「お前こそ、緋那のどこが好きなんだ!」
「すべて。」
 即答され、言葉に詰まるメー。
 信じられないものを見る目で凝視されたベムは、憮然とした顔で追加する。
「真面目で正義感が強いところも、情に厚いところも、少し厳しいところも、家事が趣味と化してるところも。凛々しい切れ長の瞳も、たまに馬鹿らしいことで悩む姿も、全部大好き。それが欠点につながろうと、構わない。欠けたもののない生物に興味はない」
「…お前、それ言ってて恥ずかしくない?」
「恥ずかしくない」
 再び即答されて、メーは苦笑する。
「改めて…すげー奴だな、お前。俺はいえねー」
 揶揄の色無く笑う彼に、はあ…と溜息をつくベム。
「…アリガト」
 どこか疲れを感じた彼は、このまま会話を切り上げようとした。
 けれど、ふと再び湧き上がる疑問。
 それは、今なら、あっさり答えを得ることができる気がした。
「…君もそう思ったりするの?」
「ん? いや、直してほしいとこが多いぜ」
 けど、とメーは笑う。
「それでも俺はあいつがいい」
「…君も相当恥ずかしいよ」
「褒めるのは恥ずかしいけど、当然のことを言うのは恥ずかしくねーよ。磨智に聞かれたらはずかしいけど」
「…あっそう」
 呆れたような声を残してベムは立ち上がる。
 その顔にあるのもまた、呆れに似た表情。
「……磨智は、幸せだね」
「は?」
「こんなきっぱり面白おかしく愛情しめしてくれるヒトがいて幸せだね」
「面白おかし…!」
 面白おかしいってなんだ、面白おかしいって!
 声を荒くするメーに、ベムは小さく溜息をつく。
 ああもう本当に―――自覚がないのは、恐ろしい。
 浮かんだ皮肉を投げつける代わりに、静かな一瞥を残し、彼は自室に向かった。

「…本当、先越されるとは思わなかったなあ…」
 少し前なら、考えられなかったと思う。
 ―――もっと前なら。自分が誰かをこんなにも思うことができるとも思っていなかった。
「………」
 ベムは静かに自室の扉を開ける。
 幸せそうな彼を羨ましいと思う。
 けれど、自分はこれでいい。
 なにがあっても、彼女がいい。
 自然と浮かんだ言葉に、ベムは一人苦笑した。

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