唐突に、呼び鈴がなった。
晩御飯のハンバーグが焼けるのを今か今かと待つ私が、いやいや玄関に向かったその時。
「北の山中で『鼠』が観測されましたので。貴重品などをお手元に置いて、速やかに避難をお願いします」
出迎えた黒子さんは、静かにそう告げてきた。
○身の振り方を決めましょう。
「……鼠……」
呟くと、それだけで口の中がにがい。
鼠というとあれだ。私は実際に遭遇したことはないけど、あれ。話しは聞いたことがあったんだ。
…密猟者。
「おい、かなた。思い悩んでいる場合じゃない。逃げるか逃げないか決めろ」
「いや、なんにしろハンバーグ……」
メーに尋ねられると、ついつい漏れる本音。
さっさと身支度を整えた緋那にぽかと殴られた。
「この状況で食べようとするな。って言うか作り続けるわけないだろ」
「は、ハンバーグ…」
「べそべそと泣くなよ…泣いている場合か…?」
「ハンバーグ……」
「ぶ、無事帰ってきたら。たくさん作ってやるから。な、落ち込むな」
ぽんぽん肩をなでられた。ああ、なんてあやす反応…、お腹がすいては戦ができないのに…
く。こんなにいいにおいだけしている状況で、殺生な。
許すまじ鼠達……!
「―――かなたさん」
色々と泣きそうになっている私の肩が、ぽんと叩かれる。
振り向けば、にっこりと笑顔の風矢がいる。
にっこりと。
目の奥が凍った笑顔の、私の風龍。
「あなたが避難を選ぼうと、戦う道を選ぼうと。私はあなたを守りましょう。私はあなたの従者ですし、なによりあなたが1人でそんな相手に勝てると思えない。あなたが誰かに売り払われでもしたら、こちらも自動的に身の破滅だ。
けどね、かなたさん。
68番地は、恐らく避難を選んではいるのではないかと思うんです」
ぽん、ぽん。
肩をたたかれる私は、何も言えない。舌がもつれる。
「ならばとりあえずは例のカフェに籠城するのではないか。そんな風に、思っています」
ぽん、ぽん。と肩をたたくだけだった手に、ぎゅっと力がこもる。
いや、なんっていうか。こもるって、いうか!
「私の言いたいこと、分かりますね? マスター」
「はい即避難しますお腹が空いたとだだもこねません決して寄り道などいたしませんごめんなさいすぐに出ます一秒で!」
ぎりぎりと握りしめられた肩がマジ痛い。
そんなことを言うことも許してくれな目に、とりあえずひたすら頷いた。
○ということで避難です
…いや、まあ。
あんなにも脅さなくたって、前線に出るつもり、なかったんだけどな…
そりゃあ戦闘系だけど、そこまでとっても強いというわけではない。
せめて前線のひとに支援物資でも届けるべきか、と思いもする。
…もしも、1人ならば。
「……」
悩んだ末にいつものいち―――胸元にしまった召喚石を握りしめる。
私が一度死ぬくらいなら、いい。いつものことだ。
でも、その間にこれをとられでもしたらどうしたらいいのか。
……龍は強い種族だ。戦闘種族だ。
でも、相手も同じようなものを抱えていたら?
…家のメンツは、たぶん、心もとない。
なによりも、私に守りきる自信がない。
前線に出ている人達だって、たぶん、大事な人達だ。
比べることなんてできない相手だ。
でも、この子たちの身柄を第一に守らないと。
そうしないと、きっと。
万が一のことなんて、あった日には……
「…(緋那や磨智になにかあった日には)……いろぼけーずに……たたり殺される……!」
とりあえずあるだけの武器を抱えて、思わず呟いた。
嫌な汗が背中からひく気配なんて、ちっともなかった。
○その頃メマチ
「…俺、いった方がいいのかな」
前線に向かう顔見知りの闇竜というかメフィストを見つけ、思わず呟く。
ただ避難というのも、なんというか。…自分達の命運を他人にばかり任せるのは、なんかなあ。
「―――っ」
なんて思っていると、手を引かれる。
なんだ、と尋ねるつもりで見やった磨智は、真っ白い顔をしていた。
「ま、磨智?」
よわっちいくせに何を言うの。
言われると思ったのは、そんな言葉。
事実でもその、好きな女に言われたい言葉ではないから。勝手に想像して、腹が立っていたんだけど。
「…ごめん」
白い顔は強張って、いつもは明るい声は沈んでいる。
「私、今。君を離したく、ない……」
すう、と頭が冷える。
それは、たぶん。
「……分かった、いかない」
自分たちの命運を、ほかのものにだけ預けるのは嫌だ。
けれど、嫌なだけだ。
誰よりもなによりも、ほかのものなんかに任せたくないのは―――
「…お前の傍から、離れない」
俺が守りたいのは、こいつだから。
○その頃ベムヒナ
「……」
「なに難しい顔してるんだ」
「緋那。…緋那は、いかないよね。前線」
「…そこまで強いわけでもないからな。私は。第一そんなことをしてかなたが泣きわめいたらどうする。下手したらついてくるだろう、あいつ」
「それでも貴女がいきたいと願うなら僕はマスターを守るよ。そもそも、言わわれなくても、非難までの間になにかあったら、それなりに要だと思っているけれど。…今風矢をあてにするのは酷だし」
「………」
「緋那?」
「…あ、いや。案外、その、冷静なことを言って…驚いた」
「……ここで緋那を一番に守るとか言ったら、緋那は僕を嫌うでしょう」
「分かってるじゃないか」
「…嫌われたくないし、僕も同感だよ。こういうときにマスターをほうっておいたら、探しに出てろくでもないことになりそう」
「……(…いつも、このくらいきりっとしてたらな…)」
○わりと分かりやすいメーの愛情の差のお話
すごい音と共に、イソレナさんが入ってきた。
すさまじい音と共に、ネズミがはいってきた。
「あうう」
その数分後、まあ解決はしたんだけど。
…ううう。ううう。こう、言葉にできないね色々と。
「かなた、お前、腕」
「…なに」
「斬れてる。…ベム」
「治す前に洗い落としてもらわないと。衛生的に怖いよ」
「……大体な、お前怪我なんかしてるんじゃない。するくらいならスミでがたがたしてろ」
「…そんなに怖い顔しなくてもいいだろ」
「するよ! 称号負け犬が張り切るな! 馬鹿!」
「な、な、…何でそんなこと言うの! こんな時に! 緊張感がないね!」
「どっちもどっちだよ。ほらマスター。ちゃんと着替えてきれいにして腕も治そうねー」
「いやだからそれは嫌な予感がああああああ!?」
【もしマスターが怪我でもしてたら:心配してぐちぐちと御説教モード】
「……磨智」
「ん? なあに?」
「かなた掃除する前、なんか自分の手ちょっとかばってたよな」
「疲れただけだよ」
「…治せばいいと思うなよ。心配するだろうが」
「…マスターにきゃんきゃん言ってたくせに」
「そりゃあ、あの馬鹿はちゃんといわないとまた張り切るかもしれないじゃねえか。
で、誰」
「え?」
「むしろ、どれ。下手人」
「い、いや、あのメー君。そう、もう既に仕返しようとかないからね?」
「別にんなとしない。っていうか、できないじゃん。でも、どれ。顔覚えておくから。もしもの時のために」
「いや、たぶんこれこのまま蘇生対象にならな」
「どれ?」
「ちょ、落ち着こうよ! 顔怖いよメー君!?」
【もし磨智が怪我でもした日には:俺の女になにしやがるんだこの野郎がとものごっつうきれる。すごく切れる】
「……メーは、こう、不誠実に誠実だね」
「君ほど脇目を振らない生物は珍しいのであれを不誠実言うのもかわいそうなのかもしれませんよ」
「君がメーをかばうなんて。明日が嵐だったら困るからやめようよ」
「かばってなくて事実ですよ。まあ、確かにそうなったら困りますね。では私らしい言葉を添えておきましょうか」
「…人前であそこまでいちゃつけるなら、今にっこり微笑まれたくらいで赤くならなくても、ねえ?」